医療ジャーナリスト村上氏の「国際予防接種証明書」(WHO公認、発行元は米CDC)


医療ジャーナリストの村上和巳氏は3月、自らに課したワクチン接種プロジェクトを完了した。ここ3年間で打ったワクチンは20種。日本国内で接種可能なほぼすべてである。彼が勧める、新型コロナ以外にも打ったほうがいいワクチンとは?

■1000人にひとりが麻疹で死んでいる

――村上さんはここ3年間で20種におよぶワクチンを打っています。

「子供向けのロタウイルスワクチンなど、成人が打つ意味のないものを除いて、日本国内で打てるものはほぼすべて打ちました。ワクチンといえば、乳幼児期の予防接種のイメージが強いと思いますが、一般の成人が打ったほうがいいものも少なくありません」

「イエローカード」ともいわれる「国際予防接種証明書」。積極的にワクチン接種を行なう医療機関などに置いてあり、村上氏は海外渡航する際には常に持ち歩いているという。2018年4月の麻疹・風疹(2種混合)に始まり、狂犬病、腸チフス、日本脳炎、コレラ、A型肝炎、B型肝炎、破傷風・ジフテリア・百日ぜき(3種混合)、インフルエンザ、HPV(ヒトパピローマウイルス)、髄膜炎、ポリオ、おたふくかぜ、肺炎球菌、帯状疱疹、黄熱病、ダニ脳炎と、20種類の感染症のワクチンを打っている

――そもそもなぜ、こんな多くのワクチンを?

「きっかけは2018年2月4日にさかのぼります。この日は語呂合わせで『風疹(ふうしん)の日』で、私は当時流行していた風疹の予防接種を呼びかけるイベントを取材しました。

そこで、妊娠中に風疹に感染し、『先天性風疹症候群』を患う娘さんを産んだ女性が講演していました。娘さんは目、耳、心臓に重い障害があり、闘病の末に18歳で短い命を終えた。愛娘(まなむすめ)の写真を手に話す女性の姿が胸に刺さりました。

風疹ウイルスは飛沫(ひまつ)感染し、成人の場合は発症すると高熱や発疹が長引きます。しかし、より重要なのは妊婦への影響で、今でも先天性風疹症候群の子供は少ない年でひとり、ふたり、多い年では30人以上生まれてくる。

現在、風疹ワクチンは公費による定期接種となり、乳幼児期に2回打つことで99%の確率で抗体が得られます。しかし、1962年4月2日から79年4月1日の間に生まれた男性はその機会がなく、抗体保有率が低い。この世代の男性は来年3月末まで無料で抗体検査と予防接種を受けられるので、この機会にやっておくべきでしょう」

医療ジャーナリスト・村上和巳氏

――村上さんご自身は風疹の経験は?

「かかった記憶はなく、風疹よりもリスクの高い麻疹(はしか)にもなっていませんでした。先述のイベントで無料抗体検査をやっていて、それを受けたらやはり抗体がなかった。そこで、知り合いのクリニックで風疹・麻疹混合ワクチンを打ちました。

かつて麻疹は、一度罹患すれば二度とかからない『二度なし病』といわれていましたが、必ずしもそうでないことが最近の研究でわかってきた。かつては流行が起きると知らず知らずのうちに体内にウイルスが入り込み、その都度、免疫機能が復習して抗体がつくられていた。

ところがワクチン接種が広く行き渡って流行が少なくなったためにこれが機能せず、十数年たつと抗体が失われることがあると考えられているんです。

麻疹は非常に感染力が高く、接触や飛沫だけでなく、空気感染もします。肺炎や脳炎を合併すれば命の危険があり、先進国でも感染者の0.1%、つまり1000人中ひとりが死に至ります。

ところが、感染症法の改正を契機に麻疹患者が全数報告となった08年以降の統計から私が集計したところ、日本での死亡率は13年では0.9%だった。かなり高いですよね。この混合ワクチンを受ければ、麻疹による自分の死亡リスクを減らせるし、先天性風疹症候群の子供が生まれる可能性も減らせる。なので、一番のオススメはこのワクチンです」

――接種記録を見ると、日本ではなじみのないワクチンもいろいろ打ってますね。

「19年に家族とブータンを旅行する際、現地で流行している感染症を調べたら、狂犬病、腸チフス、日本脳炎、コレラがありました。6月に先ほどと同じクリニックでこれらのワクチンを打った後、『先生のところではほかに何が打てるんですか?』と聞いたら、けっこう豊富な種類があった。

自分は災害現場や海外の紛争地の取材などもするので、この際、いろんなワクチンを打っておこうと思ったんです。先生と相談して打つ順番を決め、同年10月にA型肝炎、B型肝炎、破傷風(はしょうふう)・ジフテリア・百日ぜきの3種混合を打ちました。

破傷風は、ケガをしたときに傷口から菌が入ると、それが原因で神経が侵され、けいれん、呼吸困難、脳炎などを起こしたりします。災害現場で瓦礫(がれき)の中を進むとくぎなどを踏み抜いたりするので、災害支援の自衛隊員、医療従事者、ボランティアの人たちはけっこう打ってますね」

■子宮頸がんワクチンは男性のがんも予防する

――19年の年末にはHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンを打ってます。

「ワクチンにまつわる問題が語られるときに必ず出てくる、いわゆる子宮頸(けい)がんワクチンですね。

13年4月、子宮頸がん予防のため、国は小学6年生から高校1年生の女子を定期接種の対象としました。しかし、副反応疑いが相次いで報告されたことで、たった2ヵ月で国は方針を変え、積極的な接種勧奨を中止した。

国際的に見れば、特に日本の副反応発生率が高かったわけではないのですが、国の衝撃的な方針転換にメディアが過剰に反応し、副反応を訴える方々の姿を連日報じたことで、HPVワクチン=危険というイメージが刷り込まれた。その結果、接種率は1%以下まで落ち込んでしまいました」

――そのイメージは今も根強いですよね。

「だから現在、メディアがHPVワクチンの安全性が特に問題ないことを報じると、医療従事者の方々は『今さら何書いてるんだ』と憤慨しますよ。私自身は、当時は国際情勢をメインに活動していたので、この過熱報道を横目で見ていただけです。ただ、『HPVワクチンは打ったほうがいい』と言うためには、自分が打ってないと説得力が出ないじゃないですか。接種したのはジャーナリストとしての覚悟を示すためです」

――HPVワクチンは男性も受けたほうがいいんでしょうか?

「そうですね。私の場合、打つ意味はあまりないんですけど。50代で、性的に不活発な年齢なので(笑)。

HPVは性感染症で、女性の場合は子宮口でウイルスが繁殖してがんができます。一方、男性では主に中咽頭(ちゅういんとう)がんの原因になる。オーラルセックスでウイルスが口に入って中咽頭でがんができるんです。

通常、がん診断には家族が付き添いで来ることが多いのですが、中咽頭がんをよく診ているドクターいわく、『次はおひとりで来てください』と伝えるそうです。で、感染経路を調べる際に、『ここだけの話、奥さん以外の方と関係がありましたか?』と聞くと、たいてい『ある』と答えるらしい。

ただ、不倫であれなんであれ、人から性生活を取り上げるのは、メシを食うなというのと一緒。だったらワクチンで防げばいいじゃないか、という話です。

中咽頭がんが進行すると、手術や抗がん剤と並行して化学放射線療法を施すのですが、手術後に発声が悪くなったり、化学放射線療法で味覚障害が起きて、食べ物の味が感じられなくなったりする。生き延びたとしても、生活に多大な影響が出てくるんです。

また、自覚症状が出にくく、胃がんや大腸がんのように定期検診もないので、見つかった段階でかなり進行しているケースが多い。そして運が悪ければ命を落とす。

HPVワクチンの接種率が高い国では、子宮頸がんや中咽頭がんはいずれなくなるといわれています。つまり、撲滅が可能かもしれないがんなのです」

――ほかにオススメのワクチンは?

「帯状疱疹(たいじょうほうしん)ワクチンです。特に水疱瘡(みずぼうそう)の経験がある人は受けたほうがいい。水疱瘡は治癒した後もウイルスが神経の根元に潜伏していて、免疫機能が落ちたときに再活性し、皮膚表面に水疱をつくるのが帯状疱疹です。

発症した段階で激痛を伴い、顔まわりに出てくれば聴力を失うケースもありますし、人によっては後遺症の神経痛で一生悩まされる。体力が低下してくる40代以降の人にオススメです。

あとは、おたふくかぜワクチンですね。私は子供の頃におたふくの診断を受けているんです。ただ、臨床診断といって、採血してウイルスの有無を調べたわけではなく、症状を確認されただけ。けっこう誤診もあるようなので、念のため調べたら抗体がなかった。おたふくは無精子症の原因になります。

子供の頃、熱が出て頭が痛いのに、母親が私の陰嚢(いんのう)に氷嚢(ひょうのう)を当てていたのを覚えています。これから子供をつくろうとしている人は打っておいたほうがいいかもしれません。ほぼすべてを接種した私自身は、残る新型コロナウイルスワクチンを心待ちにしています」

●医療ジャーナリスト・村上和巳(むらかみ・かずみ)
1969年生まれ、宮城県出身。中央大学理工学部卒業後、薬業時報社(現・じほう)に入社し、学術、医薬産業担当記者に。2001年からフリージャーナリストとして医療、災害・防災、国際紛争の3領域を柱にさまざまなメディアで執筆。著書に『二人に一人がガンになる 知っておきたい正しい知識と最新治療』(マイナビ新書)など