今後、定年が70歳に延長されつつある一方で、役職定年制度を導入する企業が増えている。「肩書」「年収」「モチベーション」をなくしたときにどう働けばいいのか?

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■世代交代が必要、だから役職定年に賛成!

「役職定年」とは、例えば「55歳になったら、部長や課長の役職からヒラ社員に戻る」といった制度のことだ。

なぜ、この制度ができたのか? 組織コミュニケーションが専門で『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』(アスコム)などの著書がある「ツナグ働き方研究所」所長、平賀充記さんに解説してもらった。

「役職定年導入の背景には定年制度があります。昭和初期からずっと55歳だった定年は、日本人の平均寿命の上昇とともに法律によって1986年に60歳に引き上げられました(努力義務)。このときに、組織の新陳代謝や活性化、人件費の削減などのために役職定年を導入した企業が多いと思います。

その後、94年には60歳未満の定年が禁止され(施行は98年)、このときには社員の高齢化に伴うポスト不足の解消などの理由で導入されたケースもあります。そして、2013年に定年は65歳に引き上げられ、現在は70歳までの雇用が企業の努力義務となっています。

役職定年を導入している企業は、2019年の時点で全体で28.1%(「独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構」の調査より)。また、従業員500人以上の企業では30.7%でした(平成29年度人事院の調査による)。従業員数が多い企業ほど導入率が高いことがわかります」

ここで週プレが20代から50代の男性サラリーマン500人に聞いたところ、自分の勤務先に役職定年が「ある」と答えた人の割合は52.8%。これは企業ではなく従業員に聞いたものだが、半数以上の人たちの会社に役職定年があるということで、役職定年はすでにかなり浸透しているようだ。

さらに「役職定年制度に賛成か反対か」という質問に対しては、賛成が65.4%と多数。その理由を聞くと、「世代交代が必要」「会社の将来を担う次世代の社員に活躍の機会が必要だから」「老害を避けるため」と組織の新陳代謝が主な理由だ。

「役職定年は若い人に管理職の経験を積ませるというのが、最大の目的です」

そう語るのは、『役職定年』(マイナビ新書)の監修者で、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授の野田 稔さんだ。

「若い人に管理職を任せることで、よりエネルギッシュな経営ができるのではないかということ。そして、人件費の削減です」

企業も労働者も管理職の若返りを求めているのだ。

では、役職定年の年齢は何歳が一番多いのか? アンケートでは60歳が1位で、2位が55歳だった。また、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査(平成27年度)では「平均で54.0歳。50歳で役職定年が導入されるケースもあります」(平賀さん)という。

現在、定年が65歳から70歳へと後ろ倒しになりつつあることを考えると、役職定年後に10年から15年のヒラ社員人生が待っていることになる。そして、「役職定年になると部長や課長という肩書と共に役職手当もなくなるため、一般的には収入が約3割減るといわれています」(野田さん)

地位とお金が同時になくなるわけなのだ。

■第二の人生を考えるきっかけに

肩書がなくなり、収入は減り、モチベーションが下がる「三重苦」の役職定年。しかし、第二の人生の準備期間としてポジティブに考えることが重要だ

では、実際の役職定年経験者はどう感じているのか。3年前、55歳で役職定年を経験した大手印刷会社に勤めるKさんに聞いた。

「私は係長で役職定年してヒラ社員になりました。年収は2割減ですが、これは毎月10万円くらいの残業代がついた額なので、今後、残業代がなくなったらかなり不安です。

係長時代は営業で外回りをすることが多かったのですが、今は営業事務になり外回りをする人たちのサポートをしています。だから一日中デスクでパソコンに向かっています。かつての部下が上司になったことは気にしていません。割り切って仕事をしています。

年下でも上司なので敬語を使っています。上司も気を使っているのか敬語で話しかけてくれます。ただ、最近は社内で『役職ではなく"さんづけ"で呼びましょう』と指導されています。社長も"さんづけ"です。役職定年があるので、社内の雰囲気が悪くならないようにということなのかもしれません」

同じく55歳で役職定年を経験した電気メーカーに勤めるSさんが話す。

「役職定年は課長が55歳で、部長が57歳、所長が59歳です。ただ、最近は定年で辞めていく人が多いので、役職定年の年齢が少し延びているようです。私は55歳でリーダーからヒラ社員になりました。

年収は残業がなければ約600万円から約400万円に下がります。役職定年はほとんどの人が経験するので、年下の上司に使われることがいやだとか、プライドが許さないとか思ってもしょうがないでしょう。50代、60代になると頭が凝り固まってしまうので、40代の若い人が新しい考え方でやっていくのは悪いことじゃないと思います。

先日、45歳定年制がニュースになりましたが、個人的には45歳くらいで自分の第二の人生を考えたほうがいいと思います。そのきっかけをくれるのが役職定年だともいえますよね」

このふたりは役職定年をすんなり受け入れたようだが、多くの人はそう簡単に気持ちを切り替えられないだろう。では、役職定年がジワジワと広がっている時代に、われわれはどんな働き方をすればいいのか。前出の平賀さんはこう語る。

「役職定年は、働き手からすると『肩書を失う』『給料が下がる』『仕事のモチベーションも下がる』という三重苦です。しかし、まずは『今はこういう時代なんだ』ということを理解しておかなければいけません。

一方で会社側は、50歳になる人を集めて『役職定年になるとこれくらい給料が減ります』など、事前にきちんと情報を開示しておくべき。

私は以前、リクルートに勤めていたのですが、リクルートには早期退職制度があって、そのなかでも41歳、44歳、47歳のときがほかの年齢のときよりも退職金がポーンと高くなっていた。すると41歳で辞めなかったら、3年後の44歳のときに辞めるかもしれないということを想定して仕事をする。

そして、自分の人生の後半の生き方を考え始めるんです。そうした機会を会社が提供することは必要ですし、自分でも考えながら働くべきでしょう」

さらに、「役職定年制度」を逆手に取ってうまく利用すべきだというのは野田さんだ。

「役職定年になると第一線を退くわけですから、ハッキリ言ってかなり暇になります。そのときに黙々と仕事をしているだけでは時間のムダです。必要最低限の仕事をして、10年ほどある定年までの時間で、次の働き方を模索する。

見方を変えれば、会社からお金をもらいながら、定年後の準備ができるのです。資格を取ってもいいし、奥さんと一緒に自宅の一部を小さな喫茶店に改装して営業してみるのもいい。起業した友人の手伝いをするのもいい。最近は副業を許可している会社もあるので、ダブルワークをしてみるのもいい。とにかく、定年後に自分が働く準備をする期間だとポジティブに考えれば、気持ちも切り替わると思います」

今後、役職定年を導入する企業はさらに増え、その年齢も下がっていくと予想されている。肩書がなくなり、収入が減ってしまうことがあっても慌てないように、今からしっかり心構えをしておいたほうがよさそうだ。