『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、"社会に物言う熱い有名人"はもう成立しない、と指摘する。

* * *

世界はタイムラプスのような速度感で変化し、驚くようなことが次々と起きています。プーチンのロシアが極めて不条理にウクライナを全面侵攻し、ウクライナはそれを受け止めて徹底抗戦し、フィンランドやスウェーデンはNATO(北大西洋条約機構)に加入しようとしている――そんなことを半年前の自分に話しても、とても信じられないでしょう。

一方、巨大な変化を前にしてもなお、過去に隆盛した世界観に閉じこもったまま自説を語る論客や文化人も珍しくありません。ロシアを悪と決めつけるのは問題がある、NATOの東方拡大がロシアを窮地に追いやった元凶だ、最大の責任はアメリカにある......。

私もある仕事先でご一緒した高齢の文化人の方に、ロシア政府の言い分を代弁するような熱量の高いお話を聞かされました。主張の根本にあるのは強烈な反米主義で、「そりゃプーチンも悪いが、アメリカが歴史上やってきた大罪に比べてみろ」と言わんばかりです。

アメリカの罪はまた別の機会に検証されるべきかもしれません。しかし、まさに今、ウクライナで無辜(むこ)の民間人が大量虐殺されているときに、そのご高説を開陳することになんの意味があるのか。

長年、同じ価値観の人とばかり対話し、打ち返しのある議論に参加せず、正確な情報をつかみに行く知的努力を(たとえ無意識的にせよ)放棄してきた人でなければ、粗い解像度で堂々と「平和」を語ることはできません。

例えば、「一方を悪く言うのはよくない」などと主張する人が、中国やロシアの国民をマリネのように漬け込んでいるプロパガンダ報道をチェックしている様子もないとしたら、それは知的怠慢というしかありません。自分たちが信じてきた高潔な世界観や価値観の「美しさ」を維持し続けることに、自尊心を見いだしているのかもしれませんが。

逆に言えば、人は一度ステークホルダーになった業界の価値観、人生をかけて信じてきた世界観をなかなか否定できないものです。世界金融危機において、大手金融機関は「Too Big To Fail(=大きすぎて潰[つぶ]せない)」といわれましたが、人間の価値観にも同じような側面はあるでしょう。

長い時間を投じてきた分だけ、それを失うことの心理的負担も大きい。だから外の人から矛盾を指摘されても、「正当性」を強弁し続けてしまうのです。

かつてメディアには"社会に物言う熱い有名人"という特別枠があり、かなり偏った、あるいはトンデモな言説でも許容されていた印象があります。しかし、2022年の今、そんなものは成立しません。

テレビでも雑誌でもSNSでも、大学の入学式の祝辞でも、毒性のある言説はさらされ、きっちり検証される。もちろんその検証がいつも正常に機能するとは限りませんが、一部の特権的な有名人による「言いたい放題」がまかり通っていた時代よりはだいぶマシだと個人的には思います。

もっとも、生涯をささげた価値観や長年どっぷり漬かってきた世界観から引き返せない人たちを愚かと笑うことは私にはできません。自分も遠くない将来そうなる可能性がある。果たしてそのとき、そぐわなくなった荷物を「捨てる」ことができるだろうか? そんなことを考えてしまいました。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』、TBS系日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』への出演でも話題に!

★『モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画』は毎週月曜日更新!★