多彩なパフォーマンスを披露する、魔法使いアキット多彩なパフォーマンスを披露する、魔法使いアキット

多彩なパフォーマンスで独自のショーを展開する、パフォーマーの魔法使いアキットさん。

某有名テーマパークやさまざまなメディアにも活躍の場を広げていますが、2022年10月19日、自身のYouTubeで自らがトランスジェンダーであることを明かし、今後は「アキット」としても、女性としても生きていくと語りました。

今回の取材には女性の「愛樹」さんとしてお越しいただき、アキットさんの生い立ちや、10代の頃の苦悩や葛藤、カミングアウトに至る経緯を語ってもらいました。(1回目/全2回)

■女子に混じってゴム跳びや交換日記

――肉体的には男性として生まれ、ご自身の性別に違和感を覚えたのはいつ頃だったんですか?

アキット 今考えれば、4歳くらいだったと思います。保育園で「◯◯ごっこ」をするときは女の子の役しかやりませんでした。でも、先生が男の子と女の子でグループ分けをすることがあっても、「自分は女の子なのに」とはまだ思っていなかったような気がします。

――「ツラい」とか「嫌」という、ネガティブな感情はまだなかったんですね。

アキット そうですね。「この子、女の子の役ばかりやるね」という大人の反応に対して、少し違和感を抱いていたくらいで。

――小学校に上がってからはどんな子でしたか?

アキット 1、2年生のころは中性的でしたね。3年生くらいからは、仲良くなるのは完全に女の子ばっかり。女の子のグループにひとり混じってゴム跳びや交換日記をするような子でした。男の子がやるドッジボールとか、絶対やらなかったですね。初恋は4年生のときかな、同じクラスの男の子が大好きでした。

――クラスメイトはどんな反応でしたか?

アキット 「お前女っぽいな」とか、からかわれることはなかったです。ただ、「変わった子」「女々しい子」みたいな感じではあったと思います。

今回はアキットではなく、「愛樹」としてインタビューに応じてもらった今回はアキットではなく、「愛樹」としてインタビューに応じてもらった

■林間学校での入浴

――小学校のときには、もうマジックをやっていたんですか?

アキット マジックに出会ったのは4歳のときです。保育園の先生が、キャラメルが出たり消えたりするマジックや、鉛筆がハンカチを貫通するのに穴があいてないというマジックを見せてくれて。どうやっているのかわからなくて、それが悔しくて調べ出したのが最初ですね。

――そんなに小さな頃からマジックに興味があったんですね。

アキット マジックばかりやっていたので、流行りにあまり乗れていないんです。マジック番組を見ては真似てみるの繰り返しで。保育園での催しや、敬老の日のイベントで披露したりしていました。

ただ、篠原ともえさんの「シノラーファッション」が流行ったころ、カラフルなアクセサリーをいっぱいつけているあの感じは「いいな」って思って、マネしたりしていました。

――小学生のころは、違和感を覚えながらも特にツラいと感じることはなく過ごしていたんですか?

アキット 精神的にはわりと安定していました。ただ、みんなと一緒に裸になるのはどうしても無理で、林間学校など泊まりの行事ではお風呂の時間をみんなとずらしていました。体を見られたくないし、見たくない。目の前で好きな子が脱いだりするのは、やっぱり小学生でも耐えられませんでした。

中学生くらいからは、自分で自分の体を見たくないという感情も生まれて、家では電気を消してお風呂に入っていました。

アキットのショーアキットのショー

■違和感が膨れ上がった中学生時代

――中学に入って違和感が大きくなってきたんですね。

アキット 違和感の塊でした。みんな異性を意識するようになってくるし、グループも分かれていくので、どうしてもクラスに馴染めなくて。いじめがあったわけではないけど、教室に入れなくなってしまったんです。

――学校には行くけど、教室には入れない。

アキット 弱い子にはなりたくなくて「学校に行かない」という選択肢はとりませんでした。中学1年生の後半くらいから、授業中も休み時間もずーっと廊下にいて、ひたすらトランプを触っていました。

頑張ってたまに教室に入ってみると、よりによって保健体育の授業で「男性と女性の体」みたいな話が始まってその場にいられなくなったり、トイレも授業中の誰もいないタイミングでないと行けませんでした。

――そのときには、感じる違和感の原因が性に関することだと気づいていたんですか?

アキット 「トランスジェンダー」や「性同一性障害」という言葉はまだ私の中にはなかったので、「これだ」とは思えていませんでした。「なんで自分は男の人が好きなんだろう」「なんで学ランを着たくないんだろう」って疑問ばかりで。

自分は異常者だと思っていました。クラスメイトが声をかけてくれることもあったけど、それが「男子に対しての声のかけ方」だとわかるんです。それがもう無理でした。ずっと廊下でマジックばかりやっているので、校内では有名で、あだ名は"マジシャン"でした(笑)。

――他の生徒からしたら不思議な存在ですよね。

アキット 先生にとってもそうだったと思います。誰ともつるまなかったので、悩みを打ち明けることもしませんでした。好きな子が前を通ると心の中で「ギャーッ」てなるけど、自分なんかが好きって思っちゃうことが申し訳なくて、死んでしまいたくなるんです。

存在しているだけで自分を害虫みたいに感じてしまう。感染しちゃいけない病気にひとりだけ感染していて、みんなにうつしたらいけない、みたいな感じですかね。

■腕に自傷をしたことも

――ご両親に相談は?

アキット 中学生のときはまだできなかったです。女の子っぽいなとは感じていたと思いますが。

初めて打ち明けたのは、学校のカウンセラーの方でした。私があまりにもずっとひとりでいたので、学校側が付けてくれたんだと思います。「何かあるの?」って言われたので「好きな子は男の子で。私はたぶん女なんです」って言いました。

そうしたら、言った瞬間に涙がバーッと出てきて、床が水たまりになったんです。そのとき、人に言うって浄化にはなるなと思いました。

でも生活は変わらないので、悩みが解消することはなくて。いきなり頭から水をかぶったり、死のうと思って深夜に線路に寝転んだり......おかしい行動をとるようになっていきました。

――何かで気を紛らわしたかったんですね。

アキット 教室の外でジャグリングをひたすら投げていることもありました。それはリストカットのような、自傷行為の一種だったと思います。好きでのめり込むというより、ツラすぎてその思いをぶつけるように、ずっとボールやラケットを投げていました。

――純粋に楽しい、上達したいという感じではなかったんですね。

アキット そうですね。疲れても、給食も食べずにやっていました。あえてヘルプの意味も込めて、みんなから見えているところで投げてみたり。あのときの猛練習でうまくなりましたけどね(笑)。

――当時、アキットさんにとってマジックはどんな存在だったんですか?

アキット 救いでした。将来マジシャンになることは決めていたし、これしかないとも思っていました。あの頃、感情をぶつけられるものがなかったら、危なかったんじゃないですかね。

初めて言いますが、実は腕に消えない傷があるんです。中学生のとき、自分で鉛筆で刺したり、切ってしまった傷です。精神的にしんどすぎて、異常行動でごまかしていたんだと思います。ただマジシャンになるという夢はあったので、マジックをするときに腕をまくっても見えないところを傷つけていました。死にたいわけじゃないんですよね、当時がツラすぎただけで。

――ご両親にはいつ打ち明けたんですか?

アキット 15歳くらいのときに打ち明けました。それまでは母に「女の子みたいなことしないで」と言われたこともあるので、「何かあるのかな」とうすうす気づいていたとは思います。

もともと母のお腹の中にいたときに、私は女の子だと言われていたそうなので「お医者さんは間違ってなかったよ」「愛樹(※ご両親が、女の子につけようと考えていた名前)なんだよ」って伝えました。そうしたら、わりとすんなりと素直に受け入れてくれました。

■母との花火大会

――「トランスジェンダー」というものを知ったのはいつでしたか?

アキット いつっていうはっきりした認識はないんです。ただ、IZAMさんが出てきたとき、男性が女性のようなファッションやメイクをするということに衝撃を受けました。『すみれ September Love』の頃ですね。「どっちなの?」みたいな。そういう方がいるということ自体、私にとっては一つの情報でした。そういうことが積み重なって、徐々にわかっていったんだと思います。

あとは、シンガーソングライター中村中さんの存在です。彼女の歌には何度も救われました。今もずっと聴いています。

――実際に自分で女性的なメイクやファッションをしてみたことはありますか?

アキット 15歳くらいから、足の爪は見えないのでいつも真っ赤に塗っていました。中学を卒業してからは、マニキュアも塗って、つけまつげを付けて、メイクをして歩いたこともあったけど、知っている人に見られていろいろと言われるのが嫌で、やめました。

それで「メイクやネイルを変に思われないキャラクターを作ろう」と、濃いメイクをした「アキット」というキャラクターが生まれたんです。でも、アキットのキャラクターは女性ではないので、男性っぽい動きをしなくちゃいけない。バレてはいけない。でもやっぱり心の中では「私は女なのにな」「他の子が着てるようなかわいい服を着たいのにな」と思っていました。

――女性としての自分がしたいメイクやファッションとは違ったんですね。

アキット 普通の10代の女の子たちがやっている、好きな子に思いを伝えるとか、友達とワイワイ遊ぶとか、それが何もできないことに対する心の叫びが限界になってしまって。ある日、浴衣を着てメイクをして、母と2人で花火大会に行ったことがあります。

――そのときは楽しめましたか?

アキット ものすごい恐怖で、花火どころではありませんでした。その姿で地元の駅を歩いたのですが、誰かにバレるんじゃないかというのもあるけど、それ以上に「自分がこんな格好をしてここを歩いてる」っていう恐怖。巨人が歩いているというか、裸で歩いているというか......何かすごく悪いことをして、隠れて歩いてるみたいな怖さがあって。それからはもう、「女の子の姿ですごそう」とは思えなかったです。

――それほど怖い体験だったんですね。

アキット そうですね。いい経験になったとは思ったけど、これからの人生は「アキット」で行こうと思いました。

■アキットのメイクでも、人前に出られるのが嬉しかった

――その頃は、今回のように公にカミングアウトする日がくるとは思っていましたか?

アキット 想像もしていませんでした。でも、どこかで女性として過ごしたい欲求を発散していかないと、絶対に生きていけないと思ってはいました。だから舞台に上がっていないときもメイクやつけまつげをしてみたり。知らない人からしたら「ビジュアル系かな?」と思われるような感じだったと思います。

――お客さんから気づかれることはなかったですか?

アキット アキットの「魔法」を壊さないために、たくさんのルールを作っているので。着替えているところを見せない、メイクしてるところを見せない、トイレに行くところは見せない、帰るルートや時間をずらすとか。ショーの時間以外で会う可能性を徹底的につぶすことを、お客さんがあまりいなかった頃からやっています。

でも、パフォーマーとしてでもメイクをしてみなさんの前に出られるのは、本当に嬉しかったんです。ほっぺを赤くしてタレ目にして、眉毛長くして。お客さんが「写真撮ってください」って来てくださる時間は、恋人と触れ合っているくらいの喜びがありました。

■カミングアウトの理由

ーー今回、動画での突然のカミングアウトだったわけですが、なぜ打ち明けようと思ったんですか?

アキット 「ラクになったでしょ?」とよく言われますが、ラクになれる、幸せになれると思ってカミングアウトしたわけではないんです。してもしなくても大変だから、言ってもいいんじゃないかと考えてみました。でも、それをしたら「アキットは消えちゃうな」とも思いました。

私の中で「アキット」が一番大切なので、消えてしまうのは許されません。でも「そもそも消す必要ないじゃん」って気づいたんです。アキットは私の生きる"術(すべ)"で、嘘じゃない。「アキットと愛樹、両方いてもいいじゃん」って。

それに、打ち明けることで世界が広がるかも、とも思いました。性自認のことはパフォーマーの仕事とは別の、超プライベートな問題だったはずなのに、自己プロデュース脳が働いて。「アキットの役に立つかも、面白いかも」って思っちゃったんですよね。

――もしアキットさんが中学生のころの自分に声をかけるとしたら、何と伝えたいですか?

アキット 「大丈夫だよ」っていうのは、もちろん言いたいです。でも一番は「時間が解決することがあるよ」って教えてあげたい。これは「今死ぬな」とかいうことじゃなくて、時間がただただ解決することもたくさんあるよと。

――カミングアウトを経て、今後やってみたいことはありますか?

アキット アキットとしては、もちろん変わらずに舞台を作ったり、今はまだ想像し得ないエンタメをどんどん作っていきたいです。アキットが進化する一方で、私は本当にゼロからスタートの状態。でも私にもできることはある気がするので、私が女性として生きてこれなかった34年間を取り返していくところを発信できればと思っています。

――今後は愛樹さんのプライベートが見られるかもしれないんですね。

アキット 今、あきらめている人に対して発信できることがあるかもしれないと思っています。女性としていろんなことに挑戦する私の動きが響くこともあるんじゃないかなって。

今回のカミングアウトでも「女って何だろうってあらためて考え直しました」「子どもを産んで育てて、気づいたらこの年齢だった。私も同じです」と言ってもらえたり。なんか分かるんですよね、その感じ。

あと、密かな夢ですが、大きい女性服を作れたらいいなと思っています。大きくて可愛い服、少ないので。これは内緒ですが、ものを小さくするってマジシャンの中では結構使う技術なんです(笑)。この技術を、そういうことに使えたら最高ですよね。

【後編に続く】

魔法使いアキット
〇長野県出身。
4歳でマジックに出会い、その後、独学でパフォーマンスを学ぶ。
そのパフォーマンスの多彩さから「人間遊園地」とも呼ばれている。
今年、自身のYouTubeでトランスジェンダーであることを告白。
今後の活動にも注目が集まっている。
公式HP【
https://akitto-magic.com
YouTubeでトランスジェンダーをカミングアウトした動画はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=gZ2OQ4ZWrv4

【魔法使いアキット公演情報】
STORY MAGIC LIVE『魔法使いの頭の中〜雪の降る音〜』
松本公演
20221224日(土)、25日(日)
東京公演
202317日(土)~11日(水)
大阪公演
2023128日(土)、29日(日)
予約・詳細は公式サイト【https://www.tbsradio.jp/event/60622/】でチェック!