西村まさゆきにしむら・まさゆき
鳥取県出身、東京都在住。めずらしい乗り物に乗ったり、地図の気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしている。著書に『ぬる絵地図』(エムディエヌコーポレーション)、『押す図鑑 ボタン』(小学館)、『ふしぎな県境』(中公新書)、『そうだったのか!国の名前由来ずかん』(ほるぷ出版)など。
「新語」とはその名のとおり、新しく作られた言葉。それまでにはなかった事物や、新しく問題になった概念などが表現される。つまり、新語がわかれば時代がわかる! 中には辞書に載るほど定着したものも多いという。
この10年間ではどんな新語が生まれ、辞書に載ってきたのか? 3人の識者と共に振り返る!
年末にはその1年を振り返るイベントが多数開かれるが、中でも毎年12月1日頃に発表される「ユーキャン新語・流行語大賞」(以降「流行語大賞」)はニュースとしても大々的に扱われる。
2023年の大賞は「アレ(A.R.E.)」、22年は「村神様」、21年は「リアル二刀流/ショータイム」と、野球の言葉が続いているが......。
片や、2014年から開かれている「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語』」(以降「今年の新語」)というイベントもある。大賞となった言葉を見ると、23年が「地球沸騰化」、22年が「タイパ」、21年が「チルい」......と、流行語とはちょっと違う、最近使われ始めた絶妙な言葉が選ばれている。
そんな「今年の新語」も今年で11年目! そこで、『三省堂国語辞典』編纂者で、「今年の新語」選考委員の飯間浩明氏と、国語辞典マニアとしてさまざまな活動を行なう稲川智樹氏、見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)氏の3人に 10年間の新語を振り返ってもらった!
――そもそも「今年の新語」はどう始まったのでしょう?
飯間 2014年の初回は、私が個人的な試みとして始めたんですよ。ツイッター(現X)で「最近耳にするようになった、使うようになったことばをお教えください」と呼びかけたんですね、なんでそんなことをしたかというと、その年に急にみんなが「それな」って言い出したなと思って。
――「それな」は、今でもよく聞きますね! 10年前からあるのか......。
飯間 素数ゼミがある年に大量に羽化してジャージャー鳴くみたいに、それまでまったく使われなかった言葉が急に使われ出すことがある。それを記録しておきたかったんです。
翌年も似たようなことをやろうかなと思ってたら、出版社の三省堂の目に留まりまして、これは面白いから三省堂主催でやりましょうと、主導権を譲ることになりました(笑)。
そして実際にやってみると、私たちのような辞書を編纂する側が考えもしないような言葉がどんどん集まってきました。
例えば14年の「ぽんこつ」。これは古い機械という意味じゃなくて、ちょっとおマヌケな人という意味。こんな言い方が最近増えているのかと驚きました。これは「流行語大賞」を見てもわからないでしょうね。
――具体的に、「流行語大賞」と「今年の新語」の違いってなんでしょう?
飯間 14年の初回は、「今年"から"の新語」と言ってたんです。この"から"が重要で、その言葉の登場によって去年と今年で明確に違う世界が広がっている。そういう言葉を選んでいます。15年からは、わかりやすさを優先して"から"を省いてしまいましたが。
――なるほど、一時の流行ではなく、今後も使われ続けるであろう言葉を選んでいると。
飯間 そうですね。ただ、以前からの「今年の新語」ファンにとっては、その根本精神が近年は生かされていないそうです......(見坊氏のほうを見る)。
見坊 うーん......いやいや(笑)。
――そういう点では、確かに昨年の大賞「地球沸騰化」は最近はあまり聞かないような......。
飯間 はい。地球沸騰化、全然使われてないんですよ。
全員 (笑)
飯間 今年の夏頃に新聞の投書欄で「地球沸騰化防止を最優先して」という文章を見て、「1年間よく覚えていてくださった!」と感動しました。
――「頼む! みんな使ってくれ!」って祈る感じなんですね。
飯間 そう(笑)。当時は「地球沸騰化なんて流行語選びやがって!」とか、各方面から言われたものでしたので。
見坊 実際、「流行語大賞」のほうにも入ってますからね。
飯間 ですが、なぜ選考委員がこの言葉を大賞に選んだかというと、まさしくこの言葉こそ、昨年と今年以降を画する言葉だと考えたからなんです。
1960年代に「宇宙船地球号」という言葉が使われるようになって、環境問題や消費行動などに関して、人々の考え方が大きく変わりました。地球沸騰化は、これに匹敵する言葉だと判断したんですね。
――その新語が定着するかどうかの見極めは難しそうですね。
稲川 私も、「タイパ」が22年の「今年の新語」大賞に選ばれたときは、大賞はないだろうと思いました。当時、タイパを意識しているという当の若者自身はタイパという言葉をほとんど使っておらず、もっぱら若者の行動を説明するときにだけ用いられていたからです。
しかし、地球沸騰化とは逆で、その後にものすごく広まった。これに関しては「参りました」って感じですね。
――ちょっと意地悪な質問ですけど、21年の「マリトッツォ」はどうでしょう?
飯間 それも時々揶揄(やゆ)されるんです、「マリトッツォ全然使われてないですよね?」って。
でも、ちょっと前にイタリアでマリトッツォを食べたというSNSの投稿がバズったこともありますし、グーグルトレンド(その言葉がグーグル上でどれぐらい検索されたかわかるサービス)を見ると、マリトッツォは、ナタデココ、パンナコッタ、ティラミスよりは少ないが、タピオカドリンクよりは使われているというデータがあります。
――そうなんだ!
飯間 ティラミスが90~91年にかけてはやったときはみんな食べてたんですが、1年後には「ティラミス食ってるやつダサいよね」みたいな感じになりました。その後、小さなティラミスブームが何度かあって、今はコンビニでも定番商品になりました。ですから、マリトッツォも今が冬の時代なんです。
稲川 今は懐かしいスイーツ扱いだが、そのうち定番になるだろうと......。その点、16年の「スカーチョ」はまったく使われていないですね。
全員 (笑)
稲川 スカーチョは16年以降に改訂されたほとんどの国語辞典に載ってないですね。
飯間 スカーチョは、当時スカートとガウチョを合わせた言葉自体の意外性から選んだと思います。ファッションは一時期流行して、その後それがまったく普通になることがありますよね。その始めのところをうまくつかまえようとしたんです。
見坊 ファッション用語はサイクルが早くて、その言葉が定着するかどうかの見極めもかなり難しいと思います。
飯間 例えば17年の「オフショル」なんかは今でも使われていますね。「パンタロン」は一時期ダサい時期に入ってましたが、最近は似たような形状のズボンを総称して「フレアパンツ」が使われています。ファッション用語の見極めは本当にわからないですね。
――ファッション用語は流行語に近いものが多いですしね。
飯間 「今年の新語」では、「流行語のような、すぐに忘れられる言葉を選ぶな!」という意見もありますが、これはちょっと責任転嫁するようですが、人類が忘れっぽいだけなんです。
見坊 それを言っちゃあおしまいでしょう(笑)。
――スカーチョはほとんど載らなかったそうですが、「今年の新語」で選ばれた言葉は、その後に改訂された国語辞典にどれぐらい掲載されてますか?
見坊 『三省堂国語辞典』と『三省堂現代新国語辞典』の2冊はイケイケというか、新語を積極的に載せているので、発行後に選ばれた新語以外はほとんどが載ってます。
その点、同じ三省堂の小型辞書でも『新明解国語辞典』は独自路線だなと......。「今年の新語」の大賞発表後に、ランク入りしなかったものも含めてエントリーした新語の一覧が公開されるんですが、『新明解』編集部はそこでもけっこう面白い言葉、例えば近年だと「呪い」(23年)とか「マイクロアグレッション」(22年)とかも選んでいますね。
稲川 確かに、「各選考委員が選出した10語」ってすごく面白いですよね。各国語辞典の特徴が出ていて『大辞林』は百科事典のような言葉が多いし、『新明解国語辞典』は文明批評を感じるような言葉が多い。むしろあれが「今年の新語」のトロの部分というか......。
見坊 あ、「トロの部分」は今年の新語かもしれませんね。
稲川 あんまりそういう意識で使ってませんでした(笑)。
――まさしく「今年の新語」っぽいですね! そもそもなんですが、なぜ新語を辞書に載せるのか不思議に思う人も多いと思いますが、どうですか?
見坊 辞書に載るのは「"みんな"が使っている言葉」で、それが新語の場合もあるというだけだと思います。
飯間 つまり、一部の非常に狭いコミュニティの中でしか使われていない言葉は載せる必要がないということになりますね。例えば、「全裸待機」とか。逆に、「最近みんな『バエル』とか言うけど、どういう意味だろう」と辞書を引いて「映える」のことだとわかる。そんな言葉を辞書に載せたいわけです。
見坊 一部の内輪でしか使ってなかった言葉も、その外で普通に使われはじめる臨界点みたいなタイミングがあるんですよね。「これみんなわかるでしょ?」という感じで。そのタイミングで"みんな"が使ってるなと判断されて、辞書に載る。
――「"みんな"がわかるだろうと期待されている言葉」ということですかね。
飯間 そうですね。例えば、17年の「草」は若者だけでなく、中高年の男女も含めて幅広い年代の人が割と使っていると判断したわけです。
――それまでに使われていても、何か注目されるきっかけがないと「今年の新語」に選びづらいというのもありますよね。
稲川 19年の「にわか」なんかもそうですね。これはけっこう前からネットスラングとして使われていましたが、ラグビーW杯の時期に「にわかファン」が注目されて、一挙に浸透した。
飯間 あと、それまでにわかは蔑称でしたが、「私はにわかだから」と自称するようになった。
稲川 そうですね。「にわかでも歓迎」みたいな言い方もありました。20年の「〇〇警察」も、「今年の新語」ウオッチャーの間では、しばらく前から入るんじゃないかといわれていましたが、コロナ禍で「マスク警察」が隆盛を極めて、満を持して入選しましたね。
――2024年の「今年の新語」は間もなく(12月3日開催)ですが、どうでしょう? 「トロの部分」以外で気になっている新語はありますか?
稲川 「トナラー」が気になってますね。
――それはなんですか?
稲川 電車の席や駐車場などで、ほかが空いてるのに隣に来る人を指します。言葉としてはけっこう前から知ってたんですけど、今年に入って急にウェブメディアで取り上げられたりして、「オナラー(あえて人前でオナラをする人)」とか派生形も出てきたりして、そろそろ来るかなと思ってたんですが......ここで「なんですか?」ってなるぐらいだとまだまだって感じがしますね。
飯間 まあ、必ずしもみんなが知らなくてもいいんですけどね。時代を画する言葉であれば。
――オナラが時代を画するというのも面白いですね。
稲川 確かに最近は「触らない痴漢」みたいなものも注目されていますし、迷惑行為の一種としてトナラーやオナラーが社会的に良くないと認知されれば、時代を画するかもしれない。
――見坊さんどうですか?
見坊 そうですね......強いて言えば「JTC」とか。
――またまた、それはなんですか?
見坊 Japanese Traditional Company、要するに古くからあるような日本の企業ですね。終身雇用かつ年功序列、みたいな。もともとは就活用語だったと思うんですが、それがいつの間にか企業風土全般の話題にまで出番が広がっているのは気になっています。でも、「今年はJTC!」とまでいえる出来事などは特にないですかね。
それでいうと、SNSで見た「インバウン丼」は惹かれますね(笑)。円安がひどいから京都の錦市場や豊洲とかで、めちゃくちゃ高い海鮮丼とかが売られる。今年ならではの新語ですが、今後定着するかどうかは不明ですね。
稲川 インバウン丼は、どっちかといえば「流行語大賞」寄りですね。
飯間 ......この場に「今年の新語」の選考委員がいるのは、非常に具合が悪いですね。
全員 (笑)
* * *
「今年の新語」の10年をざっくばらんに振り返ったが、言葉からこの10年がどんな時代だったのか、ざっくりと思い出せたのではないだろうか。この先の10年はどのような時代を彩る新語が生まれるのか。
そして24年の「今年の新語」は何が選ばれるのか(「トロの部分」は入選するのか?)。乞うご期待!
●飯間浩明(いいま・ひろあき)
1967年生まれ、香川県出身。『三省堂国語辞典』編集委員、「今年の新語」選考委員。早稲田大学第一文学部卒。同大学院博士課程単位取得。『つまずきやすい日本語』(NHK出版)、『知っておくと役立つ街の変な日本語』(朝日新書)、『日本語はこわくない』(PHP研究所)など著書多数
■稲川智樹(いながわ・ともき)
1993年生まれ、愛知県出身。早稲田大学法学部卒。2015年から講談社で校閲者として勤務中。2018年、フジテレビ『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』にジャンル「国語辞典」で出演。イベント「国語辞典ナイト」レギュラー
●見坊行徳(けんぼう・ゆきのり)
1985年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学国際教養学部卒。校閲専門会社に勤務後、フリーに転身。『三省堂国語辞典』の初代編集主幹、見坊豪紀の孫でもある。イベント「国語辞典ナイト」レギュラー
■お三方が登壇する「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2024』選考発表会 meets 国語辞典ナイト」は、12月3日に東京カルチャーカルチャー(渋谷)で開催! 有料配信もあるので、地方在住の方も安心だ。詳細はイベントHPをチェック!【https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/shingo/2024/selection.html】
鳥取県出身、東京都在住。めずらしい乗り物に乗ったり、地図の気になる場所に行ったり、辞書を集めたりしている。著書に『ぬる絵地図』(エムディエヌコーポレーション)、『押す図鑑 ボタン』(小学館)、『ふしぎな県境』(中公新書)、『そうだったのか!国の名前由来ずかん』(ほるぷ出版)など。