スペイン代表のイニエスタが神戸に加入したことの意義を熱く語った宮澤ミシェル氏

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第48回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、ヴィッセル神戸への加入が正式に決定したスペイン代表MFのイニエスタ。世界トップのバルセロナで数々のタイトル獲得に貢献してきた天才がJリーグに何をもたらしてくれるのか? どんな影響があるのか? 世界的な名手が活躍するための条件も考える。

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ついにイニエスタのヴィッセル神戸への入団が決まったね。推定年俸32億5千万円だよ。すごいね。34歳という年齢は、確かにバルセロナでプレーを続けるには難しい域になっているけれど、まだバリバリできる年齢だから楽しみだ。

去年、ポドルスキが推定年俸6億円で神戸に来たこともすごいことなんだけど、やっぱりイニエスタと比べてしまうと、元ドイツ代表W杯優勝メンバー、W杯得点王という肩書よりもインパクトがあるよね。

今シーズンまでバルセロナひと筋、バリバリのレギュラーでプレーしていたし、スペイン代表でも2010年W杯優勝の中心メンバーで今回のW杯ロシア大会のスペイン代表23名にも名前を連ねている。

W杯後に神戸に加わって、どんなプレーを見せてくれるのか。ポドルスキと面白い組み合わせになってもらいたいね。コンビネーションが深まって、バルサで見せたようなパスがイニエスタから出るようになって機能したら、とんでもないことになるよ。

ただ、イニエスタをよく知らない人からしたら、なんでもひとりでできてしまう選手と期待するかもしれないが、確かにドリブルで突っかけていくこともできるけれど、周りの選手をうまく使うことで輝くタイプだ。

例えば、ポドルスキは左足の豪快なシュートで日本の観客の度肝を抜いた。左足のひと振りで「やはりワールドクラスは違う」と納得させた。

イニエスタの場合、どんなプレーで観客を魅了するかと考えると、バルサでは受け手がトラップしやすい優しいパスや、相手をあざ笑うかのようなスルーパスで魅了したけど、そういうパスが神戸で出せるかは未知数だ。

バルセロナとのサッカーのスタイルはかなり異なるし、選手のレベルは比べるまでもないから、そこが心配の種だね。

それこそバルセロナのユース育ちの久保建英なんかFC東京から神戸に移籍したほうがいいんじゃないかと思うくらいだよ。イニエスタとプレーして、彼のパスワークやパスを出した後の動き方、サポートの仕方やスペースの使い方などを学べるはずだからだ。

彼ならイニエスタのプレーの長所をすぐに吸収できるだろうし、それを理解できるようになれば、イニエスタもプレーしやすくなるんじゃないかな。

監督のマネジメントも悩みの種だが…

神戸の吉田孝行監督からすれば、ますますチームマネジメントが難しくなったともいえるね。当然、ポドルスキにも気を遣っていただろうけれど、そこにイニエスタが加わるわけだから。

「戦術は相手がこうくるから、こう戦いたい」と伝えるだろうけど、それよりも大切になるのは選手のコンディション調整とイニエスタやポドルスキのミスを監督がちゃんと注意できるかどうか。

バルセロナでも、エルネスト・バルベルデ監督はメッシとスアレスがゴールを決めると本気で喜んでいるんだけど、あれはゴールが決まって嬉しいのはもちろんだけど、あのふたりがゴールを決めるためのマネジメントでストレスを相当溜め込んでいるからだと思う。それで苦しんだ分、喜びがあふれ出てくるんじゃないかな。

私が現役時代に一緒にプレーしたリトバルスキーやオッツェは、ボールをもらうと監督からの戦術を忘れてガンガン仕掛けていってしまうから監督はいつも彼らのマネジメントに頭を悩ませていた。そうはいっても、彼らが持っている力を全て出させるのもその手腕だからね。

サガン鳥栖にもイニエスタと同じ歳の元スペイン代表FWであるフェルナンド・トーレスが加入するという噂がある。アトレティコ・マドリードでのプレーを見ると、全盛期からは程遠いんだけれど、Jリーグならまだまだやれるんじゃないかな。

鳥栖のフィッカデンティ監督はイタリア人らしく、守備を固めてからのカウンター主体のサッカー。前線で小野裕二がスピードを生かして、右のイバルボと左のチョ・ドンゴンで攻めていく。そこのセンターFWにフェルナンド・トーレスが入ったら面白いよね。キャリアの最終盤で咲き誇ってもらいたい。

ディエゴ・フォルランがセレッソ大阪で14年、15年と2シーズン、プレーしたけれど、その頃はJリーグに外国人のビッグネームは彼だけだったから、いまいち盛り上がらなかった。でも、イニエスタはポドルスキとチームメイトになるし、対戦相手には元ブラジル代表のジョー(名古屋)がいたり、そこにトーレスも加わるかもしれない。そうなるとさらに注目度は高まるよね。

外国人枠の撤廃も取りざたされているから、もっと多くのトッププレイヤーに日本に来てもらいたいよ。元スウェーデン代表のズラタン・イブラヒモビッチや元イングランド代表のウェイン・ルーニーがアメリカのMLSに移籍した時は中国のクラブからの莫大な金額のオファーを蹴っていたけれど、サッカー選手にとって年俸ももちろん大事だけれど、生活環境も大切な判断材料なんだ。

イニエスタは以前来日した時に、地下鉄に乗って話題になっていたけれど、日本という国のインフラや街並みなどを気に入ってくれていたことも今回の移籍を後押ししたと思う。Jリーグはそういう部分をもっと打ち出して、ビッグネームを引っ張ってきてもらいたいよね。

選手や子どもたちに気づいてもらいたいこと

個人的にはウルグアイ代表でバルセロナのスアレスが日本で何ゴールを決めるのかを見てみたいし、ベルギー代表でマンチェスター・シティのデ・ブライネも見たい…と言い出すと、キリがないけれど(笑)。

もし彼らが今すぐは無理だとしても、キャリアの晩年にJリーグに移籍してきてくれたら日本サッカーのレベルも向上する。90年代のJリーグブームの頃はリティーのドリブルやオッツェのシュートのうまさに触発されて、Jリーガーも一生懸命に練習して彼らの技術から学んでいたからね。

W杯後にJリーグが再開されてイニエスタのプレーを観る時は「ボールを蹴る」「止める」「ポジショニング」というサッカーの基本をチェックして、それがどれだけ大事かということを多くの選手や子どもたちに気づいてもらいたい。

そして、それを見た世代が10数年後にJリーグや日本代表でプレーする。その時には一段も二段も日本サッカーのレベルが高まっていると思いを馳せると、今回の移籍は夢が詰まっているよね。

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル 1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はWOWOW『リーガ・エスパニョーラ』『リーガダイジェスト!』NHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。