防衛戦に向けて調整を行なう村田。日本での対戦に興味を示していたというゴロフキンが負け、ビッグマッチの実現が遠ざかった。井上ほどアメリカでの知名度、評価はないだけに、圧倒的な勝利で目標に近づきたい

「70秒の衝撃」はボクシングの本場・アメリカでも話題になった。

10月7日、横浜アリーナで行なわれたWBA世界バンタム級タイトルマッチで、王者・井上尚弥(大橋ジム)はファンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)に初回1分10秒でKO勝ち。階級最強トーナメントであるワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)の1回戦でもあった試合の映像は、瞬く間にソーシャルメディアで拡散し、世界中のファンを驚嘆させた。

「井上は大きな期待に応えているどころか、それを超えてしまっている。それは彼のキャリアだけでなく、ボクシング界にとってもいいこと。このスポーツは彼のような天才を必要としている」

試合翌日、アメリカの老舗ボクシング誌『リングマガジン』のダグラス・フィッシャー編集長は、自身のコラムでそう記していた。同誌におけるパウンド・フォー・パウンド(全階級を通じて最強)ランキングでも7位につけていた井上の評価は、これでさらに上がるだろう。

強豪が勢ぞろいしたWBSSで井上はもともと優勝候補と目されていたが、今回の圧倒的な勝利で"大本命"の下馬評は揺るぎないものになるはずだ。

今後、対戦者のレベルが上がるのは事実。来年3月に予定されている準決勝では、10月20日にアメリカで開催されるIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)対IBF3位の指名挑戦者ジェイソン・マロニー(オーストラリア)の勝者と「団体統一戦」の形で激突する。

戦前の予想では、これまで18戦全勝(12KO)を誇る26歳、ロドリゲスの評価が高い。コンビネーションパンチが得意なプエルトリカンと井上は噛み合いそうで、正統派ボクサー同士のハイレベルなファイトが目撃できそうだ。

決勝に進んだ場合は、第1シードのWBAスーパー王者ライアン・バーネット(イギリス)ではなく、WBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)との対戦が有力とみられている。テテは昨年11月の防衛戦で、11秒での失神KO勝ちを飾ったサウスポー。175cmの身長、183cmのリーチというバンタム級離れしたサイズは、日本が誇る"モンスター"にとっても厄介に違いない。

ただ......ロドリゲスとテテの力を認めた上でも、多くの人が井上の"絶対有利"を信じているはずだ。日本が生んだモンスターの評価は、すでにその領域にまで達している。

「テテは誰にとっても戦いづらいスタイルの選手。2、3階級上じゃないかと思うほど長身のサウスポーで、パンチ力もある。ただ、井上はバンタム級に転向しての初戦で、同じく体格に恵まれた相手を粉砕しているから、テテ戦も井上の有利は変わらない」

『リングマガジン』のライアン・サンガリア記者がそう述べたとおり、井上はわずか17戦のキャリアで十分すぎるほど実力を証明してきた。バンタム級のほかの対立王者たちも恐るるに足らず。このトーナメントは、井上にとっての"戴冠式"になるかもしれない。

晴れて優勝を遂げる頃には、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、テレンス・クロフォード(アメリカ)のような強豪と並び、"パウンド・フォー・パウンド最強"のひとりになっていても驚くべきことではないのだ。

そんな井上からバトンを受け取るように、10月20日(現地時間)にはWBA世界ミドル級正規王者・村田諒太(帝拳ジム)が2度目の防衛戦に臨む。場所はラスベガスのパークシアターで、ストリーミングサービスの『ESPN+』で全米生配信される大舞台。

指名挑戦者のロブ・ブラント(アメリカ)を迎え撃つタイトルマッチは、日本が生んだ金メダリストにとって、今後への"試金石"といえる大事な一戦となる。

村田が目指すのは、群雄割拠のミドル級での「世界的なビッグファイト」の実現。しかし、サウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)といったビッグネームがひしめくなかでの目標到達はかなり困難だ。

「カネロは来年の5月にベガスで試合をやるから、村田がいい試合をすれば相手候補になるといわれている。村田も、カネロに『戦ってもいい』と思わせるくらいの試合を見せないといけない」

帝拳ジムの本田明彦会長は、9月15日(現地時間)のゴロフキンとの再戦で判定勝利を収めたカネロへの挑戦希望をそう語っていた。その一方で、王座から転落したばかりのゴロフキンを挑戦者として日本に迎えるプランも浮上しているという。

どちらがターゲットになるにせよ、村田にとっての今回の防衛戦は、結果だけでなく内容が重要な意味を持つことに変わりはない。

23勝(16KO)1敗のブラントは、派手さこそないものの、豊富なアマチュアキャリアがある実力派だ。28歳と年齢的にも今が旬で、確かなスキルを持っているだけに、簡単に勝てる相手ではない。

アメリカのスポーツ専門テレビ局『ESPN』のダン・レイフィール記者が「五分に近いファイト」と記しているように、村田の勝利が前提として考えられている試合ではないのだ。

しかし逆に、そんな試合で圧倒的な強さを示すことができれば、村田の評価は一気に上がる。激しいペース争いが予想される一戦で、日本が生んだパンチャーは劇的なKO勝利を飾れるか。そして、世界的な実力者であることをアピールできるか。

真の意味でのワールドステージに向けて、今回のタイトルマッチは村田にとって重要な"テストマッチ"になる。