春のセンバツ初戦と同カードとなった決勝で履正社(りせいしゃ・大阪)に敗れ、優勝の夢は破れたが、今夏の甲子園の主役は間違いなく星稜(石川)のエース右腕・奥川恭伸(やすのぶ)だった。

大会前からドラフト1位候補として注目されていた奥川は、準決勝まで自責点ゼロ。決勝の5失点を含めても防御率1.09、41回3分の1を投げて51奪三振という快投でさらに評価を上げた。スポーツ紙高校野球担当記者はこう語る。

「よくフォームがマー君(田中将大[まさひろ]、ヤンキース)に似ているといわれますが、もともとスカウトらの間では『マエケン(前田健太、ドジャース)タイプ』という評価でした。

投げ終わった後に右手が背中につきそうなフォームは、肩回りが非常に柔らかい証拠。だから一見、腰高な投げ方に見えても、体の回転をうまく使っていい球を投げられるんです。

ただ、今大会ではそれに加えて、登板間隔が詰まったなかでのスタミナや、勝負どころでのメンタルのタフさを見せつけました。マー君と同じく、『ピンチでギアを入れる』ようなピッチャーとしてのすごみが感じられましたね」

そのすごみは、対戦相手のコメントからも見て取れる。3回戦で延長14回までになんと23三振を奪われた智弁和歌山の選手たちは試合後、口々にこう言った。

「真っすぐだと思って振ったらスライダーだった」

「スライダーが消えた」

「最後まで甘い所にはまったく来なかった」

当然、メディアの取材合戦も大会が進むにつれ過熱した。

「疲れていても最後まで素直に質問に答えてくれるし、よく笑う。後輩からも慕われていて、印象はすごくいいです」(前出・スポーツ紙記者)

それともうひとつ、多くのファンの心に残っているのが、延長14回でサヨナラ勝ちした智弁和歌山戦後の号泣だろう。実は、少年野球時代から奥川は"よく泣くコ"だったのだという。当時を知る地元の知人はこう振り返る。

「彼の少年野球チームでは毎年、6年生の卒業時に下級生たちが感謝の言葉を書いた作文を読むんです。奥川は先輩に対する思いが強いのか、たいてい3行くらい読むと感極まってしまって(笑)。たくさん書いてきたのに、それ以上読めなくなっていました。

この夏の県大会でも、決勝に勝って甲子園出場を決めたときはもちろん号泣。また、その前には同じ少年野球チーム出身で別の高校にいる投手と投げ合った試合もあったのですが、その試合後も抱き合って泣いていました。感受性が強いんでしょうね」

甲子園の決勝でも、試合直後はさばさばとした表情で記者の質問に答えていたが、少年野球時代からのチームメイトでバッテリーを組む捕手の山瀬慎之助の涙を見たところで"決壊"。ふたりの絆(きずな)がわかるこんなエピソードもある。

「山瀬がイニングの最後のバッターでアウトになり、チェンジになると、捕手の防具をつける時間が必要ですよね。普通、そういうときは控えの捕手が次のイニングの投球練習を受けるんですが、奥川はなかなか投げようとしないんです。

時にはマウンドを整えたり、靴ひもを結び直したりして、時間稼ぎしても山瀬の準備を待つ。甲子園でもそういうシーンがありました。山瀬に対して投げないと感覚が狂うのか、"相棒"に対する愛情なのかわかりませんが、昔からそういうところがあるんですよ」(地元の知人)

今秋のドラフトでは、複数球団の1位指名競合が濃厚。心優しいエース・奥川はどのチームに入るのだろうか?