エンジンもモーターも無し。手作りカートで「ただ坂道を下りるだけ」のボックスカート・レース。走行タイムだけでなく、デザインやコスチュームのアピール度も採点の対象となる。個性あふれるマシンの激走、珍走にお客さんたちも大喜び!(© Olaf Pignataro / Red Bull CONTENT POOL)

■手作りカートで坂道を駆け下りる

10月6日(日)、よみうりランド(東京都稲城市)で「レッドブル・ボックスカート・レース東京 2019」行なわれる。ボックスカートとは、エンジンやモーターなどの動力を一切持たない、DIY感満載の手作りカートで坂道を駆け下りる......という超シンプルな競技だ。

海外では「ソープボックスカート」とも呼ばれるが、その起源は意外と古く、1950年代にアメリカの子供たちが小さな石鹸箱(ソープボックス)に車輪を付けて、坂道を転がして遊んだのが始まりだという。その後、子供から大人までが気軽に楽しめる、手作りカートレース&仮装コンテスト的なイベントへと進化した。

この「世界一、原始的なモータースポーツ」(というか、モーターもないけど)の楽しさに注目したレッドブルは、2000年にベルギーで行なわれた第1回大会を皮切りに、世界各地で100回以上もボックスカートレースを開催。今年7月に行なわれたロンドン大会では、2万人もの観客を集めるほどの人気イベントになっている。

「おバカなレースに大マジメ」なのは出場者だけじゃない。今年開催された大会の中で唯一、観戦が有料だったイギリス・ロンドン郊外のレースには、なんと2万人の観客が詰めかけた。(© Olaf Pignataro / Red Bull CONTENT POOL)

日本での開催は2017年以来、2年ぶり3度目。「おバカなレースに大マジメ」というキャッチフレーズそのままに、50を超える参加チームが思い思いのアイディアを活かした手作りカートで参戦。カーブやジャンプ台が設置された坂道でタイムを競うだけでなく、ユーモラスなカートのデザインやコスチューム、スタート前のパフォーマンスで観客を楽しませる「オリジナリティ」も重要な採点ポイントになっている。

■ホンダ学園の生徒たちが初挑戦

そんなレッドブル・ボックスカート・レースに今年、「ホンダ系チーム」が参戦する。しかも、マシンのデザインを担当したのが、レッドブル・ホンダのドライバーとしてF1GPに参戦するマックス・フェルスタッペンとアレクサンダー・アルボンの両ドライバーだと聞けば、「えーっ、アマチュアが手作りマシンで楽しむレースにホンダが出るって、それちょっと大人げないでしょ?」と思う人もいるだろうが、ご安心を!

実はこのホンダ系チーム、ホンダが自動車やバイクに関わるエンジニアや整備士を養成するために設立した「ホンダ学園」で学ぶ生徒たちなのだ。今季のF1でホンダがレッドブルとパートナーとなったことが縁となり、レッドブルのドライバーふたりが書いたイラストをもとに埼玉県ふじみ野市にあるホンダテクニカルカレッジ関東と、大阪府大阪狭山市にあるホンダテクニカルカレッジ関西の生徒が、それぞれ2台のカートを製作し、ボックスカートレースに初挑戦することになったのだ。

今回、レッドブル・ボックスカート・レースに初挑戦するホンダテクニカルカレッジ関西の生徒たち。赤いHONDAのロゴが入ったツナギがカッコイイけど、まだ1年生。この春入学したばかりで工具の扱いにも慣れていない10代の男の子たちが手探りでカート製作を続けていた。ちなみに取材日はレース本番6日前(汗)、みんな頑張れぇ......(撮影/川喜田 研)

若きエンジニアの卵たちが、F1ドライバーが書いたイラストからどんなマシンを生み出すのか......? 本番まで1週間を切った、9月30日、ホンダテクニカルカレッジ関西を訪ねてみると、なんと、まだマシン製作の真っ最中!

鋼管パイプフレームの車体に前後の足回りと車輪が付き、この日はシートの取り付け作業をしていて、かろうじて「クルマっぽく」はなってはいたが、実質的な作業時間が残り3日というギリギリのスケジュールの中、自動車研究開発課の1年生、総勢7人による有志チームが、作業に追われていた。

車体の骨格となるパイプフレームは、以前、先輩がつくった学生フォーミュラのマシンから流用し、ボディカウルは「プラダン」(プラスチック製の段ボール)を加工。「重量制限が最大80㎏なのに、現状フレームだけで82㎏なんですよ......。軽量化しないと」と車体担当の生徒さん。カウル部隊はカッターナイフと格闘中!(撮影/川喜田 研)

「F1ドライバーが書いたイラストでカートを作るって聞いて、絶対やりたいと思い製作チームに志願しました。授業じゃなくて部活的な課外活動なので、作業ができるのは放課後の4時間ほどです。僕たちはフェルスタッペンがデザインしたマシンをつくるんですけど、イラストが届いたのが9月27日で、作業できるのは実質1ヵ月しかありません。メンバーは全員、今年4月に入学した1年生なので、楽しいけど、結構大変です」と語るのは、カウルのデザインと製作が担当の生徒さん。

ちなみに、「フェルスタッペンが書いたイラストを見たときの印象は?」と聞くと、「いやあ、あの......、まあF1っぽいからいいかなあ」と話す。ちょっと微妙なリアクションだったので、実際に見せてもらうと「なんじゃこりゃ!」。んー正直、小学校低学年が書いたいたずら書きみたいなクオリティだったが、こうなったらやるしかない!

これが、F1ドライバー、マックス・フェルスタッペン直筆のデザイン画......って、さすがに「雑すぎだろっ!」(笑)。とりあえず「F1っぽい」のと、やっぱりイメージカラーのオレンジ色なのね。さてさて、本番ではどんな姿に仕上がっているのか!

アレクサンダー・アルボンが書いたデザイン画。ヘルメットをモチーフにしたデザイン。まあ、フェルスタッペンのよりはちゃんと書いているかな。こちらのマシン製作は、ホンダテクニカルカレッジ関東の生徒さんたちが担当する

自分たちが描いたデザイン画を前にポーズを決める、レッドブル・ホンダのフェルスタッペン(右)とアルボン(左)。ボックスカート・レースの翌週は、いよいよF1日本GP。シーズン中盤以降、メルセデスやフェラーリと対等に戦える速さを見せてきただけに、地元、鈴鹿でのホームレースに期待が膨らむ

■モータースポーツ楽しさの原点を思い出させてくれる

エンジンもモーターも付いてない。ただ、単に坂道転がるだけの「マシン」とはいえ、新入生の彼らにとっては、初めての「自分たちの手でクルマを作る」という貴重な経験。同じ10代の仲間たちとお互いに「あーでもない、こーでもない」と言い合いながら、レース本番に向けて必死で作業している姿は「クルマをつくって競い合う」という、モータースポーツ楽しさの原点を思い出させてくれる。

「今回のお話を頂いたとき、あえて経験の少ない1年生にやらせてみようと思いました。彼らのほとんどが普通高校を卒業して4月に入学した10代の子たちで、入学してから初めて工具を握ったという子も多いのですが、製作作業を続けるうちに、みんな顔つきも変わってきた。彼らにとってはとてもいい経験になっていると思います」

と語るのは、同開発課の木村康之先生。ちなみに、木村先生はホンダ第3期F1活動では、ホンダの栃木研究所でF1用エンジンの開発を担当していた、元F1エンジニアだ!

そんな木村先生のホンダスピリットを引き継ぐ「未来のエンジニア」の卵たちが、F1日本GPの1週間前に行なわれる「レッドブル・ボックスカート・レース東京 2019」でどんな戦いを見せてくれるのか(というか、本番までにマシンは完成できるのか......汗)。エントリー名「マックス・フェルスタッペン・レーシング」として参戦する、彼らの戦いに注目したい!