「ラグビーW杯の日本代表の顔ぶれを見て『日本人選手だけでやればいいんじゃない』と言うラグビーファンはまずいません。それは彼らが理屈抜きで融和や多様性の大切さを実感しているからです」と語る山川徹氏

今回のW杯では史上初のベスト8に進出し、新たな歴史の扉を開いたラグビー日本代表。その一翼を担ったのが主将のリーチ マイケルをはじめとする、海外出身選手たちだ。彼らはどのようにして日本代表になったのか。

『国境を越えたスクラム――ラグビー日本代表になった外国人選手たち』の著者・山川徹(やまかわ・とおる)氏は高校時代には全国大会に出場した経験もあるラガーマン兼フリーライター。その彼が桜のジャージに袖を通した海外出身選手をひとりひとり丹念に取材した本書は、日本ラグビーの40年から見た「この国のかたち」を描き出す。

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――海外出身選手を主役にして日本ラグビーを書こうと思った動機をお聞かせください。

山川 僕はラグビーを通して社会を、同時に海外出身選手を通して現代を描きたいと思っていたんです。ここ数年、ヘイトスピーチが問題となっていますし、今年の春からは事実上の移民政策が始まりました。

いずれも外国人に関する現代の問題であり、重要な課題です。それらを考える際に、もう40年近く前から外国人選手を受け入れて成長してきた日本ラグビーを「窓」にできればという思いがありました。

――ラグビー日本代表に海外出身選手が多いことに疑問を抱くファンはほとんどいないように見えます。これは「純血主義」といったものとは対照的ですね。

山川 前回のW杯でもし日本代表が惨敗していたら「日本人選手だけでやればいいんじゃないか」っていう議論も出たと思うんです。だけど南アフリカ相手に歴史的な勝利を収めたこともあり、ラグビーファンは理屈抜きで融和や多様性の大切さを実感した。このあたりの寛容さはラグビーファンならではですね。

――トンガからの最初の留学生ノフォムリ氏が関東大学リーグ戦の選抜メンバーになったのが1981年でした。1977年生まれの山川さん自身も、当時を知る証言者でもあります。

山川 往年の選手たちに話を聞けば聞くほど、外国人選手の増加や競技のプロ化、旧来の体育会から民主的な部活動へなどなど、自分が体感してきた時代の変化と重なるのが面白かったです。

――本書を読むと、海外出身の選手たちが単に一時期、一チームの補強のみならず、広く日本ラグビー界に貢献してきたのがわかります。特に印象的だったのは大東文化大学ラグビー部での飯島均氏とノフォムリ氏らトンガ人留学生との「マイノリティ」同士の交流です。

山川 大東大のような強豪校だと部員の出身校も自然と限られ、高校からのタテの関係がそのまま続く傾向がありました。飯島さんは強豪校の出身ではないという意味でマイノリティです。

その飯島さんが同じくマイノリティであるトンガ人の先輩と練習して強くなってゆく。ノフォムリさんは彼をかばって、試合前に後輩に雑用をやらせるような風潮に異を唱え、部の空気を変えてゆくわけです。

やはり同じようなコースをたどってきた者ばかりだと組織を変えるのは難しかったと思いますね。飯島さんは後に日本ラグビー界を引っ張ってゆく変革者として活躍をされるわけですが、それもノフォムリさんのおかげではないかと僕は思っています。

――取材相手の人選でこだわった点はありますか?

山川 やっぱりノフォムリさんとブレンデン(現・ニールソン武蓮傳/ニュージーランド出身、初の高校ラグビー留学生として来日)は外せませんでした。今日の礎を築いた最初の人たちですから。言葉の問題から食文化の違いまで、苦労は想像を絶します。

例えばブレンデンが、おにぎりの海苔(のり)をはがしてたという話があります。細かいこととはいえ、海苔が食べられないのはやっぱり大変ですよね。

――ブレンデン氏は町や試合会場で「ガイジン」と呼ばれることに悩んでいたそうですね。山川さんも高校時代に初めて彼を見かけた時は「ガイジンだべ」と騒いでいた、と書かれています。当時の感覚としては、もちろん悪意はなかったのでしょう。

山川 実際、90年代の初め頃って、町で外国人を見かけることもほとんどなかったでしょう? 今ならブレンデンがいやがるのもわかるし、申し訳ないことをしたなと思うけど、それは僕らの、日本社会の変化でもあるんですよね。今はこれだけたくさん外国人がいるし、日常的に接するから意識が違う。

――その後増加する高校留学生やさらに若年の留学生に対して、本書では是々非々の見方を提示しておられます。

山川 最初は僕も優秀な留学生をバンバン入れればいいじゃんと思ってました。リーチ マイケルも高校から日本に来て、言語能力や日本の文化が身についたからこそ、今代表選手たちをまとめられるのでしょう。もちろん彼の人柄もありますが、長く日本にいることのメリットは大きいと思います。

ただ、大阪朝鮮高級学校の前監督・呉英吉(オ・ヨンギル)先生の話を聞いて、心身ともに成長期にある若い子の招聘(しょうへい)には慎重になったほうがよいと思うようになりました。留学生の未来は広がるかもしれませんが、その半面、日本に適応できなかった場合や、ケガした際のリスクも大きいですからね。

ノフォムリさんもその点を心配していて、トンガ人コミュニティでのサポートを試みていますが、昨今は留学生の数も増加していますし、仲介業者が関わっていることもあり、人の流れを正確に把握できない状況になっているようです。

――誤解を恐れずに言えば、まさに移民政策のはらむ問題に通じるところですね?

山川 この本に出てくる選手たちは、個人の希望や周囲の期待が合わさって来日し、大切に育てられました。そして日本に愛着を持つようになり、個として尊重されています。

今後、移民政策で日本に来る外国人にもそのように接するべきでしょう。彼ら個々人やその出身国の事情についてももっと知るべきで、ただ「数の問題」としか考えていないような政策には、僕は反対です。

ラグビー憲章の中に「尊重(RESPECT)」という言葉があります。僕自身も相手を尊重しなさいと教えられてきました。他者を尊重する文化を持ったラグビーというスポーツは、今の日本に合っていると思いますし、今後その魅力がいっそう広まればと願っています。

●山川 徹(やまかわ・とおる)
1977年生まれ、山形県出身。ノンフィクションライター。山形中央高校在学時に全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場。東北学院大学法学部卒業後、國學院大學文学部第二部史学科に編入。著書に『捕るか護るか? クジラの問題』(技術評論社)、『東北魂――ぼくの震災救援取材日記』(東海教育研究所)、『それでも彼女は生きていく――3.11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)、『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)など

■『国境を越えたスクラム――ラグビー日本代表になった外国人選手たち』
(中央公論新社 1800円+税)
連日、熱戦が続くラグビーW杯。日本代表のメンバーにも海外出身選手が多いように、ラグビーは居住年数など一定の条件を満たせば国籍と異なる国の代表としてプレーできる。多様なルーツを持つ選手たちは、なぜ「日本代表」となることを選んだのか。最初期の留学生として来日したノフォムリ・タウモエフォラウやラトゥ志南利。外国人初の代表キャプテンとなったアンドリュー・マコーミック。そしてリーチ マイケル。彼らの思いと足跡を追う

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