ここ1年の中国勢に対する勝率が4割を超える伊藤。試合中に新たな戦術や技を試し自分の武器にしていく異例の進化を遂げ、「卓球王国」中国が最も警戒する選手になった

東京五輪に向けた卓球の「シングルス代表争い」は、代表選考基準である今年1月時点の世界ランキング(WR)に反映される最後の大会、ワールドツアーグランドファイナル(2019年12月12日~15日)までもつれた。

男子は、水谷 隼(WR14位。ランキングは以降すべて19年12月時点)が同大会でベスト4入りを果たせば丹羽孝希(WR12位)を逆転できたが、無念の初戦敗退。いち早く内定を決めていた張本智和(WR5位)と丹羽がシングルス代表の切符を手にした。

一方の女子は、最終決戦前のノースアメリカンOPの決勝で、石川佳純(WR10位)がポイントをリードされていた平野美宇(WR11位)を破り逆転した。その後のグランドファイナルで両者が初戦で姿を消し、石川の3大会連続となる五輪出場が決定。やはり先に代表内定を決めていた伊藤美誠(WR4位)と共にシングルス枠を確保した。

男女とも強力なメンバーがそろったが、東京五輪の頂点にたどり着くには、最大の壁として立ちはだかる中国勢を倒さなければならない。その"卓球王国"に対し、どれだけの勝算があるのだろうか。

男子で特に期待度が高いのは、やはり張本だろう。

その張本も、18年のグランドファイナルで史上最年少(当時15歳)での優勝を果たした後、昨年の前半は思うような成績が残せずにいた。4月の世界選手権では、4回戦でWR157位(当時)の韓国・安 宰賢(アン・ジェヒョン)に屈し、試合後の取材エリアで号泣。「何も考えられなかった。ただ、信じられない気持ちで......」と悔しがり、ベンチから立ち上がることができなかった。

敗戦の要因のひとつは、以前より苦手としていたフォアサイドを狙い打ちされたことだ。相手に研究され、徹底的にフォアを攻められたことで、日本の若きエースは攻める姿勢を失った。それ以降、張本は弱点克服に着手した。

「今までにないくらい厳しい練習をした」

張本本人がそう話すほど、何球も連続でフォアハンドを打ち続ける練習や、強打を生み出すのに必要な下半身の強化に重点的に取り組んだ。

そのかいあって、徐々にフォアハンドに自信がつき始める。得意のバックハンドやチキータで強引に攻めることもなくなり、フォアハンドを攻められても、スムーズに振り抜いてポイントを獲得できるように進化した。

8月のブルガリアOPで、中国の新鋭・趙 子豪(ちょう・しごう)を破って今季初優勝。12月の男子W杯準決勝では、リオ五輪の金メダリストで世界卓球3連覇中の馬 龍(ま・りゅう/WR3位)を下すなど、昨年の後半は見違えるようなプレーを見せた。

昨年12月のグランドファイナルでは、世界ランキング1位の中国・許 昕をあと一歩のところまで追いつめた張本。弱点とされていたフォアハンドの強化で、急速に成長した

グランドファイナルの準々決勝では、WR1位の許 昕(きょ・きん)にセットカウント3-4で惜敗したが、中国勢の背中は見えつつある。東京五輪でそれを追い抜くためには、大事な場面で接戦を演じるのではなく、"勝ち切る力"が必要になる。もちろん、張本も承知の上だ。

「この1年でやってきた方向性は間違っていない。(許昕との試合も)マッチポイントを握って勝つチャンスはあった。(そこから逆転されたことは)東京五輪では許されない。二度と後悔しないように練習を積んでいきます」

6月で17歳を迎える"日本卓球界の怪物"は、本番までにどこまで中国勢に追いつき、追い越せるのか。今年は真価が問われる。

昨年6月のジャパンOP混合ダブルスで、中国ペア(右)に屈した早田ひな・張本ペア(左)。シングルス、ダブルス、東京五輪で採用された混合ダブルスでも、中国と覇権を争う

現時点で、"打倒中国"を果たしての金メダル獲得に最も近いのは、女子の若きエース、伊藤かもしれない。中国勢との対戦成績がそれを示している。

ここ1年間の中国選手との試合は、10勝14敗と勝率4割超え。2年連続で10勝以上を挙げている。それだけではなく、中国以外の海外選手には一度も負けないという抜群の安定感を発揮しているのだ。

その強さの要因は、大舞台でも複数の戦術や技を試す驚異的なメンタルと、卓越した技術力の高さだ。伊藤の代名詞になっている、コンパクトなテイクバックから放たれるフォアハンドのカウンター"みまパンチ"や、バック面の回転のかかりにくい表ソフトラバーによる"ナックルボール"も、果敢なチャレンジから生まれた。

加えて、通常のチキータと同じ構えから、逆回転のサイドスピンをかける"逆チキータ"も積極的に仕掛けている。プレーが多彩で予測しにくく、万全な対策を練るのは困難。中国も「仮想・伊藤美誠」に見立てた選手を用意し、練習を繰り返している。

常識を覆す変幻自在なプレースタイルで攻撃の幅を広げた伊藤は、国際大会で安定して上位に入賞。11月のオーストリアOPでは、元世界ランク1位の中国・朱 雨玲(しゅ・うれい/WR5位)を破り優勝を飾る。

グランドファイナル準決勝では、中国の陳 夢(ちん・む/WR1位)に1-4で敗れたものの、8連続ポイントなど大逆転で第1セットを奪う地力を見せた。

伊藤は「中国選手相手に離されて挽回できることがなかったので、少しは自信になった」と手応えを口にしたが、現状に満足はしていない。

「どんな状態であれ、勝つことが大事。(調子が)よくなくても勝てるような実力をつけたい」

残された期間でさらに技術を磨き上げ、「楽しみながら、自分らしく」独創的な進化を続けていく。

東京五輪まで約7ヵ月。団体戦は、6日に発表された「3枠目」の選手である水谷隼と平野美宇が勝敗のカギを握りそうだが、どちらにせよ、中国勢の打倒は避けて通れない。日本卓球界にとって悲願の金メダルへ。男女の若きエースが、新たな物語を見せてくれるはずだ。