VARについて語った宮澤ミシェル
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第172回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、VARについて。近年では、各国のリーグでも導入されているVAR。しかし、その運用方法には、いくつか疑問に思うところがあると宮澤ミシェルは語る。

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誤審を減らすためにVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)が導入されたのに、それでも判定で物議を醸すシーンが減った気がしないんだよな。

ラ・リーガは昨シーズンの新型コロナ禍からの再開後に、「VARが本当に公平なのか」と疑問を呈されていたけど、2020-2021シーズンが始まっても「どうなんだ?」と感じるケースがいくつもあるよ。

そのひとつが、リーガ・エスパニョーラの第3節、ベティス対レアル・マドリード戦。両チームとも攻撃的に挑んだ試合は、点の取り合いとなって2-3でレアル・マドリードが勝利した。

ただ、試合を決めたレアル・マドリードの3点目のPKの判定は、あれで本当によかったのかなと思っちゃう。

2対2の同点で迎えた後半33分に、レアル・マドリードのマジョラルがベティス陣に侵入。一度はボールをクリアされたかに見えたけど、DFの腕に当たっていたとしてPKの判定が下った。

実際にVARで見るとDFの腕にボールは当たっていたよね。だけど、マジョラルとの競り合いでもつれたDFは倒れかけていて、腕を地面について受け身を取ろうとしたときにボールが当たった。あれは故意にボールを腕に当てたわけではないと思うよ。

いまにして思えば、ハンドの基準が故意か否かだった時代の方が、人間味があった気がするよな。昨年から新たな再定義されたハンドは、機械的すぎるように感じちゃう。

しかも、そのプレーがあった直後、レアル・マドリードの選手たちも誰一人「ハンドだろ!」なんてアピールもしていなかったし、レフェリーだってそのまま流して試合を続けさせていたんだよね。

ピッチの選手が誰もハンドが起きたなんて思っていなくて、次の1点を奪うために全力でぶつかり合っていたのに、それが数分後にVAR担当からファウルの見逃しの指摘。レフェリーがオン・フィールド・レビューをしてPKの判定が下ってさ。

あれはまるで、VARが勝負に水を差すような存在だったね。

しかも、この判定だけなら印象は違ったかもしれないけど、これより前の時点でもVARでベティスのDFにレッドカードが出されていてさ。「VARは公平で公正なのか」って疑われるのも仕方ないことに感じちゃうよな。

ラ・リーガの場合、VARの「R」はレフェリーではなく、レアル・マドリードの「R」だと皮肉られるほどなんだよね。実際のところはわからないけど、そう言いたくなるくらい印象的にレアル・マドリードに好都合な判定が出ているってことだよな。

最先端のテクノロジーを導入して、どれだけ平等に裁いたとしても、判定で不利益を被った側は不平や不満を漏らすもの。だから、本当にレアル贔屓なのかはわからない。

でも、VARもやっぱり人間がそれを使いこなしている限りは、ミスをすることだってあるから、公平で平等な判定とは言い切れないよな。

いまの時代、あらゆるスポーツが録画を使って正しい判定をしようと努力している。ただ、それが向いているスポーツもあれば、向かないものあると思うんだ。

野球やアメリカンフットボールのようなシチュエーション・スポーツや、バスケットボールやテニスのように短いタームでの点取合戦のスポーツなら、疑惑の判定が起きた直後にビデオ確認をしても、ゲームの流れそのものへの影響は少ないから、向いていると思う。

だけど、サッカーは連続性のスポーツでしょ。ファウルが起きた直後ならいいんだけど、数分前のプレーを遡(さかのぼ)って判定するってのはどうなんだろうね。サッカーというスポーツの魅力を削いでしまう気がするんだ。

AIがビデオ・アシスタント・レフェリーとなって、プレーが起きた直後に瞬時に映像から正しい判定をするようになれば違うだろうけどさ。

VARの流れが後退することはないけど、現状の使い方がベストかと言えば、そんなこともないわけでしょ。サッカーの魅力を損なわずに、正しい判定を下せる使い方が見つかるといいよね。

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