日本人初の「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成した北田雄夫さん。先月、初の著書『地球のはしからはしまで走って考えたこと』(集英社)を上梓した

砂漠、ジャングル、氷河、山岳地帯......。厳しい大自然の中を、食料や寝袋などの入った重いリュックを背負い、短くて200km、長くて1000km以上の道のりを何日もかけて走る。

肉体と精神の限界に挑む「アドベンチャーマラソン」の世界にあって、いま注目を集めるのが、初の著書『地球のはしからはしまで走って考えたこと』(集英社)を上梓した北田雄夫(きただ・たかお/36歳)だ。

もともと陸上の短距離選手だった北田は大学卒業後、ごく普通のサラリーマン生活を送っていた。だが、自分の可能性を諦めきれずにマラソンやトライアスロンなどに挑戦するなか、出会ったのがアドベンチャーマラソンだった。

初挑戦は2014年6月、中国・ゴビ砂漠での「ゴビ・マーチ」(250km)を47時間41分20秒で走り切った。途方もない距離に挫(くじ)けそうになりつつも、極限の地で自分の限界に挑むシチュエーション、息をのむ絶景、ゴール後の達成感、それらすべてに心を奪われたという。

以来、数ヵ月に一度のハイペースでレースに挑み続け、17年には最初に目標とした日本人初の世界7大陸(欧州、アジア、アフリカ、オセアニア、北米、南米、南極)でのアドベンチャーマラソン走破を達成した。

だが、北田の興味は尽きない。18年以降は地球上で人間が走れる4つの極地を「暑い砂漠」「寒い氷雪地」「衛生環境の悪いジャングル」「標高の高い山岳」と定め、その最高峰レースを全走破するという新たな目標を立て、再スタートを切った。そのモチベーションはどこから来るのか。

「やっぱり面白いからやめられないんです。毎回レースの後はしんどくて、少し休みたいなと思います。体も2ヵ月くらいは疲労が抜けません。

でも、世界にはまだ挑戦していないレースがたくさんあって、しばらくするとまた走りたくなる。7大陸も4大極地も世界で定められているわけではなく、自分なりに決めた目標なんですけど、誰もチャレンジしていない道を進むって夢があるじゃないですか」

19年には4大極地レース走破に向け、まずペルー・アマゾン地帯での「ジャングル・ウルトラ」(230km)に参加。時に腰まで川に漬かりながらも大きなトラブルなくクリアした。

そして、昼間には気温45℃にもなるアフリカ北西部モーリタニア・サハラ砂漠での「ラ・ワンサウザンド」(1000km)を16日45分のタイムで走破した。

「暑さや寒さ、痛みやトラブルなどキツいことは山ほどあります。16年に参加したアメリカのレースでは、全7日間(273km)の行程にもかかわらず、2日目で足にマメができてしまい、3日目にはそれが潰れてグチョグチョに。皮がはがれたところから黄色い膿(うみ)が出て、靴を履くだけで猛烈に痛くて、頭がおかしくなりそうでした。

それでも人間ってスゴいなと思ったのは、痛みをこらえて10分、20分と走っていると、いつのまにか耐えられるようになる。サハラ砂漠の1000kmのときも、途中で頭痛とめまいが止まらず、思考もボヤけ、死の恐怖に襲われましたけど、日陰を探し、頭に水をかけたりしてなんとか完走しました」

自らを「小心者」と評しながらも、命の危険を感じた経験も飄々(ひょうひょう)と語ってしまう楽観を持ち合わせているのが北田の武器であり、魅力なのかもしれない。

賞金なしですべてが自己責任。世界一過酷な競技といわれるアドベンチャーマラソンは、砂漠や氷河など地球のすべてが舞台となる。北田氏は練習で一度に数百kmの距離を走ることも

数日間に及ぶレースでの走りを大きく左右するのは食料の補給である。いかに少ない量で効率的にカロリーを摂取できるか、北田は練習から試行錯誤した。

「油は100gで900キロカロリーもあるんですよ。だから理論上は300ミリリットル飲めば、約1日分のカロリーが取れる。ごま油やオリーブオイル、ココナツオイルなどを試してみたんですけど、どれも胃がもたれて気持ち悪くなってしまい、ダメでした(苦笑)」

最近は一日に必要な栄養素をバランスよく摂取できる「完全食」などをメインに、味わう楽しみも大切だと考えて、クリームビスケットやボーロなどのお菓子も携行しているという。

18年には勤めていた会社を辞め、プロのアドベンチャーランナーへと転身したが、それ以前はマイナースポーツゆえのつらさも味わった。風向きが変わったのは、17年12月『情熱大陸』(毎日放送)への出演だった。

「始めた頃は砂漠を走りに行くと言っても、まったく共感されない、理解されないつらさがありました。でも、『情熱大陸』で取り上げてもらってからは、頑張っていることだけは理解してもらえるようになった......気がします(笑)」

コロナ禍で今年のレース出場は叶(かな)わなかったが、来年以降は4大極地最高峰の残りふたつ、酸素が平地の50%ともいわれる標高5300mを走るネパール・ヒマラヤ山脈の「ヒマル・レース」(850km)、さらに氷点下40℃も予想されるアメリカ・アラスカ州「アイディタロッド・トレイル・インビテーショナル」(最長1600km)への参加を視野に入れている。

北田はアラスカの寒さ対策として意外な場所での練習プランも練っているそうだ。

「知り合いに大きな冷凍庫を持っている会社の方がいるんです。庫内は氷点下20℃なので、そこで扇風機を回せたら体感的にはほぼ氷点下40℃度。幸い、中に階段もあるので、そこを上り下りしようかなと。可能なら長時間繰り返して、汗がどれだけ凍るかチェックしておきたいです」

そして4大極地最高峰レース走破後のさらなる野望も明かしてくれた。

「実は地球の"外"を走りたくなってJAXA(宇宙航空研究開発機構)に『月に行きたい』と相談してみたんですけど、火星のほうが近いと言われました(苦笑)。あと地球で行けていないのは、海底くらいですかね。行けるのかはわからないですけど」

「人生を前人未到の物語にしたい」という北田の挑戦はまだまだ続きそうだ。

■北田雄夫(きただ・たかお) 
1984年生まれ、大阪府出身。近畿大学3年時に4×400mリレーで日本選手権3位。30歳からアドベンチャーマラソンに参戦。2017年、日本人初の「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成。初の著書『地球のはしからはしまで走って考えたこと』(集英社/1600円+税)が発売中。

『地球のはしからはしまで走って考えたこと』
(集英社 1600円+税)