昨年12月の試合で9回TKO勝利を挙げた中谷(右)。2度ダウンを奪われてからの大逆転でファンを熱狂させた

日本時間6月20日と27日、2週連続で日本人ボクサーが米ラスベガスのリングに立つ。

まず20日にはWBAスーパー、IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(大橋ジム)が先陣を切る形で、IBF指名挑戦者マイケル・ダスマリナス(フィリピン)の挑戦を受ける。

その試合は、伝統ある『ザ・リング』誌のパウンド・フォー・パウンド(PFP:全階級を通じて最強)ランキング2位を保持する井上が、格下のダスマリナスに圧勝する可能性が高そうだ。

今回に限ってはその井上の防衛戦より、1週間後の試合のほうがアメリカのボクシングファンの注目度は上かもしれない。元OPBF東洋太平洋ライト級王者の中谷正義(帝拳ジム)と、元3階級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)との一戦は、ドラマチックな内容になる可能性があるからだ。

現在32歳の中谷は昨年12月、ラスベガスのMGMグランドで行なわれた地域タイトル戦で、強敵フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ)に9回TKO勝ち。スター候補と目されていたベルデホに初回、4回と2度のダウンを奪われながら、終盤に逆に2度のダウンを奪い返すという映画のような大激闘を制した。

「アメリカにまた来るためには、ただしょうもない試合をして勝つより、インパクトのある勝ち方のほうが次につながる。そういう試合にしたいなと思います」 

試合前にそう述べ、大胆にも"5回KO勝ち"を宣言していた中谷は、劇的なKO勝利で本場のファンを沸かせた。

有言実行ができるアスリートが好まれるのはどこの国でも同じ。井岡ジム時代にOPBF東洋太平洋タイトルを11度防衛した実績がありながら、世界的にはまったく無名だった中谷も、ここで全米に名を知られるボクサーになったのである。

ただ、今回対戦する相手はベルデホよりも一枚も二枚も格上な「正真正銘のエリート」だ。ロマチェンコはアマ時代に五輪2連覇、通算396勝1敗という実績を残し、2013年のプロ入り後もデビュー3戦目で世界王座に就いたスーパーボクサー。

フェザー級、スーパーフェザー級、ライト級と3階級を制覇するなど、プロでの16戦中、デビュー戦以外の15戦がすべて世界タイトルマッチという尋常ではないキャリアを重ねてきた。スキル、スピード、フットワークは常軌を逸したレベルであり、一時はPFPでもナンバーワンになった。

それほどの名王者が、昨年10月、新鋭テオフィモ・ロペス(アメリカ)にまさかの判定負けを喫した。無敵と思われていたロマチェンコの敗北に、世界中のボクシングファンが驚かされた。

今年2月に33歳になったウクライナの英雄は、今回、復帰戦の相手として中谷を選んだ。それには、中谷が19年7月にロペスと戦い、判定で敗れはしたが善戦したという背景がある。

プライドの高いロマチェンコには、ロペスを苦しめた中谷をより明白な形で下し、「ロペスとの再戦に向けて機運を高めたい」という意識があるに違いない。だとすれば、中谷戦には最高のコンディションに仕上げてくるだろう。

戦前の予想で、経験、実績も豊富なロマチェンコが有利という見方が多くなるのは仕方ないことだ。

中谷がベルデホ戦で勝利を挙げた後、伝説のボクサー、マニー・パッキャオ(フィリピン)に勝利したことがある元2階級制覇王者ティモシー・ブラッドリーは次のように述べ、中谷に課題があることを指摘した。

「世界チャンピオンになりたいのなら、中谷はディフェンスを向上させなければいけない。守備面では基本的な部分で多くのミスを犯していた。相手の正面に立ち、顔面がガラ空きになってしまう場面が何度もあった」

一方のロマチェンコは見事なまでの攻防兼備。ポイントの取り方でも中谷を上回っており、ロマチェンコが中盤頃までに大きくリードする可能性が高い。タイミングがいいパンチで、中谷からダウンを奪うことも十分に考えられる。

しかし――。中谷にはサイズ、リーチの長さ、標準以上のパワー、タフネス、そして不利な状況でも最後まで力が出せる精神力の強さといった武器がある。

なかでも、身長は12cm、リーチでは14cmも上回っており、それだけ体格差がある選手をフルラウンドにわたってさばき切るのは、ロマチェンコにとっても簡単ではないはずだ。

ベルデホ戦と同じように、中盤以降、中谷が鋭く長い右を打ち込む機会も訪れるかもしれない。その限られたチャンスをつかみ、大番狂わせを起こすようなことがあれば、"不屈のサムライ"の評価はさらに上がり、さらに大きなチャンスが舞い込むはずだ。

現在のライト級には無敗のロペス、ジャーボンテイ・デービス、デビン・ヘイニー、ライアン・ガルシア(すべてアメリカ)といったイキのいい選手がそろっているが、そんなトップ戦線への殴り込みも可能になる。世界タイトル戦ではなくとも、6月27日のロマチェンコ戦は中谷にとって「ボクシング人生の分岐点」ともいえる大一番なのだ。

今も昔もラスベガスとは、人生を変えたい人々が一世一代の勝負のために訪れる街。そんな"砂漠の不夜城"で、中谷はどんなファイトを見せてくれるのか。相手の力量を考えれば敗戦のリスクは大きいが、勝ったときに得られるものも大きい。日本ボクシング史に刻まれるかもしれない一戦が間近に迫っている。