堂安律選手(左)と野中生萌選手。「3人きょうだいの末っ子」「負けず嫌い」「個性的なファッション&髪色」など共通点も多い

世界女王にも輝いたことのある女子スポーツクライミングのヒロインと、"史上最強"の五輪代表と呼び声の高い男子サッカーで10番を背負うエース――。

男性と女性、団体競技と個人競技といった垣根を飛び越えて、野中生萌(のなか・みほ/スポーツクライミング)×堂安律(どうあん・りつ/サッカー)の夢対談が実現。共通点の多いアスリート同士による"波長が合いすぎる"クロストークをどうぞ!

■個人競技と団体競技。メンタル的に難しいのは?

――おふたりは所属事務所が一緒で面識はあるものの、対談は初めて。まずはお互いの印象について伺いたいです。

堂安 野中さんは個人競技で世界一に輝いていて、リスペクトしかないです。インタビューやドキュメンタリーもよく見させてもらってますけど、いろんな人に応援されやすい女性なんだろうなという印象ですね。

野中 うれしい! 私の中での律君の印象は、"ザ・関西人"ですね。

堂安 それホメてます?(笑)

野中 ホメてます(笑)。明るくてフランクだし、すごく活躍してるのに親しみやすさもあるので。一度、日本代表戦をスタジアムで観戦したことがあるんですけど、たまたま後ろの席に座っていたのが律君のファンで、その方が「律、律!」って応援していたのがすごく印象に残っています。さすが世界的なメジャースポーツだなって。

クライミングももっといろんな人に見てもらえるようになったらうれしいし、そこまで持っていきたいなと思いましたね。

堂安 うれしいですね。そうやって刺激を与え合えるのはアスリート同士ならではですね。

――共に東京五輪に出場されますが、個人競技と団体競技という違いがあります。

堂安 サッカーはチームスポーツだから、負けても「俺のせいじゃない」と切り替えることができるんですよ。もちろん、自分に矢印を向けて考えないといけないことも多いけど、開き直るのもすごく大事なので。でも、個人競技は負けたらすべて自分の責任。うまくいかなかった試合の後はどう切り替えているか気になります。

野中 私はむしろ逆に考えてました。団体競技は自分が失敗しなくても負けるときがあるじゃないですか。そっちのほうがモヤモヤしないのかな?って。

堂安 確かに自分が2点獲(と)っても、チームが3点獲られて負けることもありますからね。でも、気持ちの持っていき方は個人競技のほうが難しいと思うんですよ。

例えば、サッカーはチームメイトと「よっしゃ行こうぜ」と声をかけ合って気持ちを高められるけど、個人競技はまさに孤独との闘い。壁に面したときの孤独感はすごそうですけど、どうやって気持ちをつくっているんですか?

野中 気持ちが上がっていても下がっていても、結局は自分次第かなって。自分がどう選択して、どう切り替えて、どう臨んでいくか。最後の結果を左右するのは結局、気持ち。強く持つしかないですね。

堂安 結局、自分に自信を持つしかないってことですよね。

野中 ネガティブな考えがよぎることのほうが多いし、自分の思いどおりにいかない大会のほうが多いけど、そういうときにいかに自分を気持ちのいい状態におけるか、ということを常に意識してます。簡単なことではないけど、いろんな大会に出て経験しながら学んでる感じですね。

堂安 気持ちって言葉だけ聞くと、古い考えと思われるかもしれないけど、結局、どれだけ反対されても最後まで自分を信じ切れるかどうか。野中さんの話を聞いて、アスリートに共通するものだなと思いましたね。

ただ、やっぱり、ひとりで気持ちをつくりあげるのと、ベンチメンバー含めて20人以上いる状況で気持ちをつくりあげるのとではまったく難しさが違う。だから、個人競技のアスリートの方を心の底からリスペクトしますね。

開会式に先駆けて7月22日に南アフリカ代表と大会初戦を戦う男子サッカー。その後、グループリーグ突破をかけて25日にメキシコ代表、28日にフランス代表と対戦。決勝まで中2日の過密日程が続く。大会直前の12日、17日には強化試合も行なわれる

■自分のためだけに感情をぶつけられない

野中 ちょっとした疑問、いいですか? チームスポーツだと、一体感をつくりやすいかもしれないけど、逆にいろんな人がいるからこそ、自分のペースを乱されたりしないですか?

堂安 たぶん自分の性格的に、周りに影響を及ぼしちゃうほうなんですよね(笑)。うまくいかないときに態度に出すと周りに伝わっちゃうタイプなので、日本代表では表に出さないようにすごく意識してます。感情的になるのは大事なことだけど、コントロールが必要なので。

「あいつは気合いが入ってるし、ひとつのプレーに集中してるな」って周りの選手に活を入れられるから、感情をそのままぶつけることも時には必要なんですけど、自分のためだけにそれができないんです。

――ちなみに、クライミングはプレー中にマットの外にいるスタッフが指示するのもNGで、「ガンバ」という声がけしか認められていません。一方、サッカーはピッチ上にチームメイト、ピッチサイドに監督やコーチがいますが、そのあたりの違いは?

堂安 いい影響も悪い影響もあると思います。サッカーだと、ミスしたら周りから「おまえ何やってるんだよ」って言われるし、そういう外界の声が気になりすぎてプレーの邪魔になることも多いんですよ。だから、どっちがいいとかじゃなくて、その環境に応じたマインドセットが大事なのかなと思いますね。

野中 面白い!

堂安 こうやって話すと、技術や体のことじゃなくて、メンタルの話題が多くなるもんなんですね。

野中 いつも律君が言ってることだと思うけど、結局、自分をどれだけ信じられるかは、どれだけ練習を積み重ねてきたかの裏返し。「もうこれ以上ない」ってくらい練習していれば、技術的に不安を感じなくなる。その上で、どれだけメンタルをコントロールできるかにかかってくるんですよね。

■ホールドを触っただけでその日の調子がわかる

――おふたりはどんなタイミングで「今日は調子がいい」「今日はダメだ」と感じるんですか?

野中 試合当日のアップ中にホールドを触ったらわかりますね。ちょっとした差ですけど、感覚が違うんですよ。例えば、6月のオーストリアの大会は4日連続で試合があって、毎日同じ壁でアップしてましたけど、ホールドを握ったときの感覚が毎朝違いました。

堂安 ものすごく繊細ですね!

野中 それこそ、手の感覚だけじゃなくて、指の皮の薄さとかまで含めたコンディションだったりしますね。

堂安 僕はまったく真逆です。アップ中に調子がいいとダメなんですよ。調子がどれだけよくても、「俺、今日いけるわ」って一喜一憂しないようにしてます。僕の場合は、試合が始まってからのファーストプレーでその日の調子がだいたいわかりますね。

野中 調子よくても抑える?

堂安 「高まるな」って抑えます。サッカーは視野を広く持たないといけないスポーツなんですけど、気持ちを高めすぎると視野が狭まってしまうので。抑えて抑えて、無の状態でアップします。試合のイメージもなるべくしないですね。試合が始まった瞬間に切り替えます。

――逆に、クライミングはゴールまでのルートを入念にイメージしてから登りますよね?

野中 本番になったらトライ回数が多ければ多いほどダメなので、とにかく登る前にイメージして、いかにそれを体現できるか。イメージが合わないときはその場でどれだけ対応できるかが大事ですね。

高さ15mの壁をふたりが同時に登って速さを競う「スピード」、高さ約4mの壁を時間内にいくつ登れるかを競う「ボルダリング」、時間内に高さ12m以上の壁のどの地点まで登れるかを競う「リード」。東京五輪では3種目の総合成績を争う。8月4日に予選、6日に決勝の予定

――クライミングには「オブザベーション」というルールもあります。試合が始まる前に課題となるルートを確認して、ライバルであるほかの選手と「どうやって登るか」を協議し合う時間が設けられていますが、ここで嘘をつく人はいないんですか?

堂安 僕も試合の映像を見ていて気になりました。確かに自信があったら、本当のことを言わなくてもいいですもんね。

野中 嘘ついてもいいし、何を言ってもいいんですよ。でも、私は絶対に嘘をつかないですね。特に理由はないんですけど、答えを人に伝えたからといって、その人に登る能力がなかったら意味がないし、そもそも本当にそのルートで合ってるかもわからないので。なかには変なことを言う選手もいますけど(笑)。

堂安 俺みたいなやつが言うんですよね、きっと(笑)。

野中 実際、ある大会で嘘をついた日本人選手がいたんですけど、成績はよくなかったんです。自分の中でモヤモヤしたものがあったのか、大会後に「これからは人に嘘をつかない」って後悔してましたね(笑)。

堂安 面白いですね。サッカーでは相手と情報を共有することはないですからね。「あの審判、あんまりファウル取らないよ」なんてまず教えない(笑)。ほかの競技でもないですよね。

野中 確かにヘンですよね。戦略を教えるわけだから。でも、「こうだろうな」って私は思っていても、ほかの選手は全員違うことを言ったりもするんです。私以外、6人中5人が全員同じことを言っていて、「え?」と思ってそっちのルートで登ったら、結局、私が正解だったこともあります(笑)。結局、自分次第だなと思いましたね。

■スポーツの世界ではしぶとく生命力のある人間が生き残る

――競技以外のお話も伺いたいです。実はおふたりとも3姉妹、3兄弟の末っ子。堂安選手は以前、「末っ子であることが自分のパーソナリティ形成に影響を与えている」と話していましたよね?

堂安 お兄ちゃんの失敗を見て、「こうしたらオトンやオカンに怒られるんだな」というのを見て効率よく育ったので、相手の顔色をうかがいながら、「こうすれば怒られないな」とか「この人についていったらこういうメリットがあるな」とか、小さい頃から勝手にインプットされていたかもしれないですね。

野中 確かにそれはあるかも。やっぱりなんでも最初にやるのは一番上の姉だし、私には緩いんですよね、両親は。

――幼少期にお兄さん、お姉さんが同じ競技をやっていたという点も共通していますが、どんな影響がありましたか?

堂安 僕はお兄ちゃんがアイドルでしたね。尼崎の中ではすごい選手だったので。マンガとかアニメでよくある「目指せ、兄貴」という感じでした。公園でお兄ちゃんに泣くまでボコボコにされて。アスリートにとって、末っ子というのは大きいかもしれないですね。

野中 私は家族でクライミングを始めたんですけど、年齢が一番下なので最初はもちろん全然ヘタで。でも負けず嫌いなので、誰かに対して劣っているというのが気に食わなくて。

堂安 末っ子はあきらめが悪いんですよ、いい意味で。スポーツの世界はどれだけ壁にぶち当たっても、しつこく生命力のある人間が生き残るじゃないですか。そこは末っ子気質が生きているかも。

野中 めっちゃわかります。

堂安 感覚が似てるかもしれないですね。野中さんもおそらくプライドは高そうだし、自分の信じた道をいきたそうだし(笑)。成長するために常にいろんな意見を取り入れなきゃ、というのも似てる。親近感が湧きますね。

■ふたりで勝負!? 夏の主役はどっちだ!

――おふたりといえば、ファッションや髪型・髪色も個性的ですが、こだわりはありますか?

野中 私はそんなにないですね。(髪が)肩にかかるよりも、ポニーテールのほうが邪魔じゃないってくらいで。

堂安 シンプルですね(笑)。僕は、髪型に関しては自分に似合っているものにしたいという程度ですけど、ファッションに関してはとにかく人と同じがいやというこだわりはあります。普通と言われるのは耐えられないですね。おそらく野中さんも一緒だと思いますけど(笑)。

野中 もう一緒すぎて笑えます(笑)。「普通」という言葉が一番嫌い。

堂安 アスリートとして、言われたくないですよね。

野中 本当にいやです。一般的には茶髪でミディアムヘアの女のコが多いですけど、そのうちのひとりにはなりたくないというか。

堂安 まさに。同じです。

野中 髪の毛が特徴的だから私に目をつけてくれる人もいるかもしれないし、エンターテインメントじゃないですけど、見てる人にそうやって感じ取ってもらえるとうれしいですね。

堂安 まあ、でも、僕は普通ですよ。野中さんは変わってると思いますけど(笑)。

野中 いやいやいや、自分が一番普通だと思ってるんで。

堂安 その意見も同じです(笑)。 

――東京五輪ではどんな髪色にするんですか?

堂安 まだ全然決めてないですけど、金ですかね。自分の中ではいつもどおりですけど。「金髪で目立ってるやついるな」って思ってもらえれば。

野中 私もオリンピック前に美容院に行くつもりですけど、どういう髪色にするかはお楽しみということで。

堂安 いいですね。楽しみにしときます。

――最後に、東京五輪への意気込みをお願いします!

堂安 金メダルしか考えてません。この目標がなくてオリンピックの舞台に立つ人はいないと思うので。終わってからたくさんの方に祝ってもらえるような活躍をしたいですね。

野中 私も同じです。大会に出る以上、上を目指さない選手はいないので。夏の主役は律君じゃなく、私ですから(笑)。

堂安 勝負ですね(笑)。切磋琢磨して、野中さんは女性として、僕は男性として主役を張りましょう!

――クライミング決勝は8月6日、サッカー決勝は8月7日。連夜の金メダルを期待しています!

野中 いい流れを回します。

堂安 楽しみですね。なんか事務所の社長が言ってましたよ。僕らが金メダル獲(と)ったら、コロナが収まったタイミングでハワイに連れていってくれるって。

野中 やったー!

堂安 週プレさんの旅費は俺が出すんで!(笑)

野中 カッコいい(笑)。

――東京五輪、応援しています。がんばってください!

堂安 本当がんばります!

野中 応援よろしくお願いします!

●野中生萌(のなか・みほ)
1997年5月21日生まれ、東京都豊島区出身。8歳のときにクライミングに出会い、16歳で日本代表に初選出。2018年に自身初のボルダリングW杯年間総合優勝。今大会から正式種目に採用されたスポーツクライミングで史上初のメダルを狙う

●堂安律(どうあん・りつ)
1998年6月16日生まれ、兵庫県尼崎市出身。ガンバ大阪、FCフローニンゲン、PSVアイントホーフェン(共にエールディビジ)を経て、2020年9月、アルミニア・ビーレフェルト(ブンデスリーガ)へ期限付き移籍。2018年9月に満を持して日本代表デビュー