ワールドカップを、福西崇史が深堀り!
不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。 

そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる! 

第19回目のテーマは、サッカー選手なら誰もが憧れる夢の舞台、ワールドカップ。福西崇史が自身のW杯での思い出とともに、その存在について語った。

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日本代表が初めてW杯に出場した1998年フランス大会から、今年11月にあるW杯カタール大会までで7大会連続出場になりますが、過去6大会のW杯で日本代表ユニフォームに袖を通した選手の数は90人ほどだそうです。

本大会の登録選手数は、1998年フランス大会が22人で、2002年の日韓大会からは23人。毎大会異なる選手がメンバー入りする計算だと137人がW杯を経験していることになるのですが、実際はそれよりも少ないんですね。4大会連続でメンバー入りした川口能活さん、楢崎正剛さんをはじめ、複数大会でメンバー入りした選手がいますから。

まだ100人に満たないことに少し驚きました。W杯の常連国になったような気になっていましたが、この数字を知るとまだまだだなって感じになりますね。

ボクは2002年日韓大会と2006年ドイツ大会でW杯を経験させてもらいました。W杯はサッカーをする子どもなら誰もが一度は夢見る舞台だと思うのですが、そこがどういう場だったかというのを、ボクの経験からお話をさせてもらおうと思います。

ボクが初めてW杯のピッチに立ったのは、2002年日韓大会のグループリーグ第2戦のロシア戦でした。後半85分に稲本(潤一)に代わってピッチに送り出されたのですが、ピッチサイドに立って交代を待っている時は足が震えていました。

後にも先にも、足が震えたのはサッカー人生であの一度きり。

アップゾーンから交代のためにベンチに走って戻り、1-0でリードしているまま試合を終わらせるのがボクの役割だと理解していたので、起こりうる状況をいろいろ想定しながらスタンバイしていたんですね。

そのことに集中していたのに、意識とはまた別のところから感情の昂りのようなものが襲ってきて足が震え出した。自分の体なのにコントロールできません。サッカー選手なら誰もが夢見る舞台は、それくらい特別な場所なんだなって実感しました。

足の震えはピッチに入っても止まりませんでしたね。「この状態でボールに触るとミスる」と思ったし、肝心なところでミスをするよりは、ひとつミスしてしまえば舞台に慣れるだろうと判断して、ミスしてもいい局面に自分から顔を出しました。

体は緊張していましたが、頭は冷静に判断できたのは、すべてを受け入れたからでしょうね。「ここはサッカー選手が誰もが夢見るワールドカップなんだ。特別な舞台だから、これまで体験したことのないことが起きるのも当然なんだ」と。

いま振り返っても、やっぱりW杯は最高でした。あの感覚はW杯のピッチに立たないとわからないものですし、一度W杯の舞台を味わうと、もう一度という意欲が高まるのも当然のことですね。だからこそ、W杯出場経験のある90選手のうちの35選手は2回目、3回目のW杯出場を果たしたのではないかと思います。

もともとボクはW杯どころか、Jリーグでさえも、異世界のことに感じている高校生でした。世代別代表とは無縁でしたし、高校サッカーのエリート校でもなかったですからね。それがジュビロ磐田のスカウトの目に止まって、プロ選手への道が切り開かれた。

それでもW杯は自分とは縁遠い世界でしたよね。プロ選手としてやっていくことに精一杯で、日本代表は夢のまた夢。それが日本代表にちらほら呼ばれる機会があって、納得のいくプレーができるようになったことで、初めてW杯を意識しました。

そこから日韓大会に出て、自国開催のとてつもないプレッシャーを味わったことで、2006年ドイツ大会では日韓大会のときのような重圧感はまったく感じませんでした。ただ、W杯ドイツ大会のアジア予選には「負けられない」という緊張感や責任感がありましたね。

世代交代が進んだ今回の日本代表は、W杯カタール大会が初めてのW杯舞台になる選手が多くなりそうです。ボクらの時代と比べて、海外クラブに所属している日本選手が増えたとはいえ、ここ1、2年はチャンピオンズリーグ決勝トーナメントのような世界中のサッカー選手が憧れる大舞台を経験している日本選手はいません。やっぱりW杯の大舞台に立ったときには足が震えるのではないかなと思います。

だからこそ、W杯を知るベテランの存在は重要になってくるでしょうね。大舞台は緊張して当たり前で、それを受け入れてどうするのか。試合中に声をかけるだけではなく、前段階の合宿などでも声や行動で若い選手たちをサポートする。こういう仕事はベテランなら誰もができるものではないですから、気配りや目配りができることが大事になります。

その点においても長友佑都は代えの利かない選手ですよね。W杯アジア最終予選の日本代表は、"長友らしさ"を出せる戦い方ではなかったので批判の的になっていましたが、彼の力が衰えたわけではないと思っています。

もちろん、全盛期のようなプレーを望むのは無理がありますが、それを補ってあまりある数多くの経験を積んだ試合勘を持っている。試合中の声がけひとつを見ても伝わってくるものです。

そうした部分もチーム編成に盛り込む必要があるのが、W杯なんです。これは日本代表に限ったことではなく、過去の強豪国を振り返っても、試合に出られない選手が不協和音を引き起こしてチームが崩壊したケースは数多くありましたからね。

サッカー選手なら誰もが出たい舞台がW杯。ベンチに甘んじるために代表に選ばれたわけではないという強烈な自負も持っている。でも、それを乗り越えて、チームが躍動するために黒子に徹することができることも、短期決戦のW杯に万全の状態で臨むためには重要な要素なわけです。

W杯カタール大会では交代枠は従来の3人から5人に増える方向で調整中だと聞きますし、それによって1チームあたりの登録数が26人になる可能性もあるそうです。そうなると1試合のなかでピッチに立ってプレーできる選手は最大で16人で、残りの10選手は試合に出られないわけです。

試合に出られるように競争意識を持つことは大事ですが、そればかりだとチームに不協和音が生まれて崩壊する可能性だってあります。W杯本大会になったら競争よりもチームの勝利のために自分にできる役割に徹する選手の方が大切になってきます。

森保(一)監督はそれを十分に理解されている方なので、W杯本大会までは競争をさせながらも、W杯本大会でベンチに置かれようともチームのために働ける選手かどうかの見定めもされるのかなと思います。そうした視点でも日本代表の活動を追っていくと、11月のW杯カタール大会がもっと楽しくなるのではないかなと思います。

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