K-1を2度制した伝説の王者ブアカーオ(右)と拳を交えた三浦孝太。エキシビションマッチだったが、容赦ない猛攻を受けることに......

キング・カズこと三浦知良の次男で総合格闘家の三浦孝太(20歳)が8月19日、〝ムエタイの殿堂〟タイのラジャダムナンスタジアムでブアカーオ・バンチャメーク(旧ポー.プラムック)とのエキシビションマッチに挑んだ。

当初、孝太の両親はこの試合に反対したという。無理もない。ブアカーオはかつてK-1ワールドMAXを2度制したムエタイの〝絶対王者〟で、40歳になった今も現役バリバリ。一方の孝太は昨年の大晦日にデビューしたばかりの総合格闘家だ。

エキシビションとはいえ、相手の土俵であるキックボクシングルールでの対戦はあまりにも無謀と思われた。

とはいえ、孝太が9月25日のRIZIN出場を控えていることもあり、試合はKOを狙うような攻撃はしないという同意の下、実施されることになった。何より、伝説の王者と拳(こぶし)を交える経験はなかなか得られるものではない。孝太の熱意に両親もタイ行きを認めざるをえなかった。

孝太はアジアでの知名度が抜群。タイの人気女子ムエタイ選手スタンプ・フェアテックスがSNSでイケメン格闘家として紹介したことがきっかけだった。孝太によると、インスタグラム73万人のフォロワーのうち約半数がアジア圏で、なかでもベトナムとタイが多い。

ブアカーオ戦はエキシビションながら、大会のメインイベントを飾ることになった。「スターになるため」格闘技を始め、注目されることが大好きな孝太にとっては最高の舞台だ。

現地タイで絶大な人気を誇る三浦孝太。大歓声のなか、観客をあおり、堂々たる入場シーンだった

15日夜遅く、バンコクの空港に降り立つと数十人の女性ファンが待ち構えていた。翌日は朝9時からラジャダムナンスタジアムで試合当日に会場で流す映像の撮影、地元メディアの取材、記者会見、さらに約2時間のファンミーティング。

これらを終えると、市内のロンポームエタイジムに移動した。日本の格闘家も数多く訪れるこの名門ジムで、ブアカーオ対策を授かるためだ。

だが、フットワークは使わない、パンチを手でよける、キックを脇で受け止めひねり上げて相手を倒す――これらのムエタイの技術は、これまで日本で学んできたこととはまるで異なっていた。

そして、ミットを持つタイ人のトレーナーはすさまじい圧をかけてくる。手が出てくるのか足が出てくるのかわからない。早くもムエタイの洗礼を浴びた。日没後も収まらない熱気をかき回す扇風機の音と、自信なげな孝太のミット打ちの音がジム内に響いていた。

翌日も朝からラジャダムナンで取材を4件こなした後、リングで練習。所属するBRAVEジムの宮田和幸会長と6ラウンドのミット打ち。孝太は、「ムエタイスタイルをつけ焼き刃でやっても絶対ムリだし、ブアカーオさんにも失礼なので、ボクが今できるスタイルをやり切りたい」と会長に直談判した。

練習後は宿泊ホテル近くのレストランで夕食。「タイ飯めちゃくちゃおいしいですね!」とカオマンガイを頬張る。ムエタイスタイルに悩んでしまっていた孝太の目に輝きが戻った。

試合前日は公開計量。前座カードの選手たちに続いて、メインのブアカーオ、続いて孝太が登場。ブアカーオは見事に仕上がっていて、えげつないほどの肉体だ。計量後、ブアカーオは孝太の控室を訪れ、こう言った。

「明日は心配しないで思い切りぶつかってきてかまわない。顔もバンバン打っていい。1ラウンドは様子見、2、3ラウンドは盛り上げていこう! ただひとつ、顔を下げないでくれ。間違って膝や足が入ってしまうことがあるから、それだけは守ってくれ」

この優しさがむしろ不気味だ。孝太は、「思い切りこいって言われても、ジムのトレーナーがあんなに強いのに、いったいブアカーオさんはどれだけ強いのかって考えたら怖くてたまらない......」と吐露した。

今回はエキシビションマッチだから、3ラウンドやり抜かないとならない。不甲斐(ふがい)ないところを見せたら、9月に試合を控えるにもかかわらず送り出してくれたRIZINにも顔向けができない。その使命感が恐怖心に拍車をかけていく。

そして大会当日。広い支度部屋で全選手がそれぞれの出番を待つ。セミファイナルの選手たちが出ていくと、部屋にはブアカーオと孝太の両陣営だけが残された。アップを終えたブアカーオが鬼の形相で孝太の前を横切り、入場ゲートへ向かう。

「入場で盛り上げて、3ラウンド最後まで立っていたらそれでOKですよね」と孝太。かなりビビッている。が、仲良しのラッパーLEAPの『オトコハツライヨ』が流れると、喜々として花道を駆け上がっていった。

序盤は積極的に攻撃を繰り出していたが、徐々にスタミナを削られていく

開始のゴングが女性ファンの声援にかき消されるなか、ブアカーオがいきなり突っ込んできた。「あの瞬間にすべて吹っ飛びました。おっかねーって」(試合後の談)。だが、すぐさま左右のワンツーを繰り出す。回し蹴りがブアカーオの股間をかすめ、無防備に謝りに行く孝太に思わず「危ない構えろ!」と叫びたくなる。

前蹴りはブアカーオのスウェイに空を切りスリップダウン。ファンの悲鳴で鼓膜が痛いほどだ。右のミドルキックを左脇に抱えられたまま、ブアカーオの右ハイキックがガード越しに左テンプルに当たりロープまで吹っ飛ぶ。 

2ラウンド開始早々、パンチの応酬からブアカーオの右が孝太の鼻先をかすめバランスを崩す。これは効いたように見えた。孝太も「ちょっと足がカクッてなった」と明かしている。不用意な蹴りをつかまれ打撃を食らう。飛び膝蹴りも飛んでくる。体力の消耗が激しくなる。恐怖と緊張でまともに呼吸すらできていないようだ。

3ラウンド残り30秒、ブアカーオが猛ラッシュ。この直後、レフェリーがストップをかけた

そして3ラウンド、残り30秒でブアカーオの怒涛(どとう)の膝攻撃で孝太がフラフラになると、レフェリーが割って入り試合終了。観客席の悲鳴でアナウンスも聞こえなかった。

「せっかく盛り上げてくださったのに、全然相手にならなくて申し訳ないです」

リング上で声を振り絞る孝太の目には悔し涙がにじんでいた。明らかにスタミナ不足だった。格闘家として戦っていくには、持久力をつけることが先決だと思い知らされた。だが一番の収穫は、いまだかつてない恐怖を味わったことだろう。

「(ブアカーオが)あそこまで来るとは思わなかった。めちゃくちゃ怖かった。顔には来ないってわかっていてもよけてしまう」と明かす。

ブアカーオの顔、声、圧。金棒を振り回しながら鬼が迫ってくるような恐ろしさに、リング上でどうしてよいかわからなくなったという。そしてそれが悔しくてたまらない。強くなりたいという欲が出てきた証拠だ。

試合翌日、ブアカーオの定宿を訪問するとタイでの修行を勧められた

一夜明け、ブアカーオの定宿に挨拶(あいさつ)に行くと、昨夜の鬼が仏の顔で出迎えてくれた。

「強くなりたかったら俺んちへ来い! うちのジムに泊まり込みで練習すればいい」

絶対王者に別れを告げ、タイに来て初めてのオフを楽しみながら、孝太は笑顔で言った。

「考えてみたら、レフェリーストップは当然の結果だったのかなって。(ジムで)ボクがブアカーオさんとスパーリングを3ラウンドやったとして、最後まで立っているほうがおかしいですよね」

負けることを知ってこそ強くなれるというものだ。ブアカーオにしごかれている孝太の姿を見られる日を楽しみにしているぜ!