PK戦をフカボリ!
不動のボランチとしてジュビロ磐田の黄金期を支え、2006年開催のドイツワールドカップには、日本代表の中心メンバーとして出場。日本サッカーが世界水準へと飛躍していく瞬間をピッチの中央から見つめていた福西崇史。 

そんな福西崇史が、サッカーを徹底的に深掘りする連載『フカボリ・シンドローム』。サッカーはプレーを深掘りすればするほど観戦が楽しくなる! 

第39回目のテーマは、記憶に残るPKについて。過酷な延長戦を戦い抜いた末に待っているPK戦。今までに数々のドラマティックなPK戦があったなかで福西崇史氏の記憶に残ったのは? 自身の体験から伝説的な試合まで、福西氏の記憶の中に深く刻まれたPKを4つ選んでもらった。   

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■1994年アメリカ大会決勝 ブラジルvsイタリア

やっぱりインパクトが大きかったですよね。ブラジル代表とイタリア代表の熱戦は、延長戦でも決着がつかなくてW杯史上初めてPK戦に突入。イタリア代表のエース、ロベルト・バッジョがPK戦でミスをし、ボールがクロスバーの上を飛んでいったのは印象的でした。あの暑さのなかで延長戦をフルに戦えば、あれだけキック精度の高いバッジョといえども外すんだ。そう思ったのを覚えています。

当時、ボクは高校3年生でサッカーはしていましたが、誕生したばかりのJリーグでプレーするのも夢のようなレベル。だから、この大会の前年に日本代表が『ドーハの悲劇』で出場権を逃していたので、W杯はどういうレベルなのかという興味だけで見ていましたね。

グループリーグの試合から釘付けになる試合ばかりで、その大会の最後の最後が伝説に残るPK戦。あまりのレベルの違いに自分には無縁の舞台だなと思っていましたね。それが、まさか自分が2度もこの舞台に立てるとはって感じですし、振り返ってみると、ワールドカップをひとりのサッカーファンとして楽しんだ最後の大会だったように思いますね。

あと、不思議なことに、なぜかPK戦は失敗した選手のことを覚えているんですよね。先攻のイタリア代表一番手のフランコ・バレージが外すと、ブラジル代表のいち番手のマルシオ・サントスも外して。W杯の優勝が決まるかどうかを左右するPKキッカーの一番手にのしかかる重圧を想像しましたよね。

ブラジル代表は2番手のロマーリオから4人目のドゥンガまでが決めたのに対し、イタリア代表は4番手のマッサーロ、5人目のバッジョが外して決着がつくのですが、W杯決勝のPK戦という舞台にキッカーで立てるっていうのが、いまでもスゴイなって思いますね。

■2004年アジアカップ準々決勝 日本代表vsヨルダン代表

1994年当時、W杯でのPK戦のプレッシャーを想像しても、愛媛の高校サッカー部の選手にすぎなかったボクには、その重圧の大きさはいまいち実感できませんでした。でも、その後、プロになって重圧のかかる場面をいくつか経験してきたなかで、あのアメリカ大会のようにPK戦のプレッシャーに身を置いたのが、2004年アジアカップの決勝トーナメントの準々決勝ですね。

ヨルダン代表との試合は延長戦でも勝負がつかずにPK戦に突入し、先攻の日本代表はひとり目の俊(中村俊輔)、ふたり目のアレ(三都主アレサンドロ)が失敗。ここで後に有名になるシーンが生まれます。キャプテンの宮本恒靖が主審にPKのサイド変更を提案するんですね。でも、ボクはそれどころではなかったですね。ただただ自分に集中しようとしていました。

サイドが変わってもヨルダン代表は2人目がきっちり決めて0-2。もし次に蹴る日本代表の3番手が失敗し、相手が決めたら勝負ありの状況です。その状況でペナルティースポットに向かったのが、ボクでした。

あのプレッシャーの大きさたるや......。なんとか決められたし、その後はGKの川口能活の活躍もあって日本代表は勝利できたのですが、いま振り返っても、あのPKを決められて本当によかった!

■2021年 EURO2020決勝 イタリア代表vsイングランド代表

先ほども言いましたがPK戦は敗者が際立ちますよね。当時のイタリア国内でどうだったかはわかりませんが、日本ではバッジョは悲運の敗者としてスポットライトが当たりました。でも、失敗が浮き彫りになるだけに、ネットの発達した社会においては非難の的になりやすいので、残酷な決着方法だなとも感じます。

それを強く意識したのが、昨年のEURO決勝でした。イタリア代表がPK戦を3-2で制して53年ぶり2度目の優勝を遂げましたが、敗れたイングランド代表に対する非難は目に余るものがありました。特にイングランド代表のPK5人目で登場して失敗したサカ(アーセナル)は戦犯のように扱われました。EURO時点での年齢、19歳ですよ! その選手を叩きまくる精神は疑ってしまいます。

PK戦はあくまでも勝者と敗者を決めるために過ぎないのですが、それを理解していない人たちは、ごく一部なのだとしても、いまのSNS文化のなかでは目立ってしまいますからね。こうした状況が改善されないのなら、いっそクジ引きで決着したほうがいいのかなと思ってしまいました。

■遠藤保仁 コロコロシュート

PKといえば、ヤット(遠藤保仁)のコロコロシュートは鮮烈でしたよね。ゆっくりボールへと入っていって、最後の最後までGKの動きを見ながら、GKが動いた瞬間に反対方向に蹴る。言葉にすると簡単ですが、勝負のかかった場面でこれができるのがヤットのすごさでした。

ヤットがコロコロPKを成功させ続けられた秘訣は、ボールを見ないまま足首だけで右へも左へも蹴られたからですね。しかも、蹴る直前にフェイントまで入れてくるので、GKはつられて動いてしまうんですね。さらに、ルールが現在と違ったのも大きかったですよね。いまは蹴る瞬間までGKは動けないので、逆にヤットはGKの動きを読めずにPKを止められたことがありますが、以前はGKは蹴る前にすでに動いていた。それをヤットは逆手に取っていたし、それを具現化する技術を持っていたわけです。

PKでは普通はGKに触られないように強いボールを蹴り込みたくなるものですが、ヤットはGKの動きの逆を突けば、遅いボールを蹴っても決まるというのを示してくれましたよね。ただ、『コロコロ』というとボールがとても遅いイメージを与えますが、実際のヤットのPKで蹴るボールは、そこまで遅くはないですよ。ただ、ボールがグラウンダーで転がるというだけで(笑)。

それとシュート全般に言えることなんですけど、強くて速いシュートを打ちたくなるけれど、得点を決めるのに必要なのはGKのタイミングを外すこと。ヤットがPKで見せたものっていうのは、シュートの真髄でもあるんですよね。

サッカーのルール改正は、攻撃と守備のバランスの上にたって揺り戻しがあるんですが、いまのPKでのルールは、GKにとってはかなりのハンディを強いられるものになっていますね。ボールを蹴る瞬間まで動けないので、PKはほぼほぼ決まって当たり前。だけど、それでもPKでミスは生まれている。これって有利なはずなんだけど、それだけ蹴る側がプレッシャーを感じているわけです。そういう意味でも、PKはメンタルがとても重要だと言えるでしょう。単に成功した、失敗したという結果だけではなく、その裏にあるものを推測してPKに注目すると、もっとサッカー観戦はおもしろくなりますよ。

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