「『イスラム国』のネット活動を封じるため、今、アメリカが最も必要としているのは中国の技術かもしれない」と語る山谷氏

PCメーカーの「レノボ」(PCシェア世界1位)やモバイルメーカーの「ファーウェイ」(スマホシェア世界3位)など、今や中国のIT企業は世界中に進出し、その存在感をワールドワイドに高めている。

だが一方で中国国内では、共産党独裁の下、厳しいネット統制政策が敷かれ、『グーグル』など国際的なネットサービスの大部分が利用できない。そして、この国のネットユーザー数は6億5千万人と世界最大だ。

「ネットの自由」がない「ネット大国」。『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』は、そんな不思議の国の20年にわたるネット発展史を追った一冊だ。著者の山谷剛史(やまや・たけし)氏に聞いた。

―近年、中国のITメーカーは空前の好業績を叩き出しています。その一方で、インターネットはとにかく当局の規制が激しい。この国では『ツイッター』も『ユーチューブ』も見られませんよね。ユーザーは不便を感じていないんでしょうか?

山谷 はい。ツイッターの代わりに『微博(ウェイボー)』、ユーチューブの代わりに『優酷(ヨウクー)』と、それぞれの分野で代替する国産系のサービスが充実しており、あまり不便は感じられていません。『アマゾン』などのショッピングサイトは現在も中国で展開中ですが、国産の『淘宝(タオバオ)』のほうがユーザーに支持されています。

中国政府のネット統制政策が、グーグルをはじめとした海外サービスを排除したため結果的に自国産業が保護され、世界最大のネット人口を持つ巨大市場の囲い込みに成功しました。中国のネットサービス企業はその恩恵を存分に受けている、というわけです。

「自由を求める中国のネット民」の実数は少ない

―でも、中国国内のサービスは当局の厳重な監視下にあり、ネットでのやりとりは検閲の対象です。それでもユーザーは気にしないのですか?

山谷 そもそも、「ネットの自由」や「言論の自由」は、中国の一般的なユーザーの立場からすれば、わりとどうでもいいことなんです。大多数は身近な友達とつながったりショッピングをしたり、ゲームや動画で暇つぶしをするためにネットを使っています。日本と同じく、中国でも普通の人のネットの使い方はやっぱり“普通”なんです。

―ただ、2011年にはネットユーザーを中心に民主化を求めるデモ「中国ジャスミン革命」が発生しました。中国人の間に言論の自由がない不満が燻(くすぶ)っているのでは?

山谷 確かに日本ではそういう報道があります。しかし、私の観察では「自由を求める中国のネット民」の実数は限りなく少ない。事実、中国ジャスミン革命は支持が広がらず、尻すぼみで終わりました。

近年は当局も「中国の法に従わない情報は管理する」「ネット政策は成功だ」と公言しています。言論統制政策の結果、国内のIT産業が発展したのだと自画自賛する主張ですが、ユーザーの反発は目立っていません。

―日本のメディアは中国のネット民を過大評価していた、ということでしょうか。

山谷 そうですね。これはメディアだけではなく、中国の巨大な市場を狙う日本の大手ITメーカーの方々にもいえることです。彼らの前で講演すると、「ものづくりのこだわりを中国人に伝える方法」をよく尋ねられます。でも中国市場でそういったことは重視されていません。

例えば、スマホのシェアで世界4位に成長した中国企業「シャオミ」は、製品へのこだわりよりも話題づくりを重視して台頭しました。「限定○○台販売!」「大好評で完売!」「再び限定販売!」と、とにかく騒いで露出を増やす作戦です。韓国の「サムスン」が中国で成功したのも各地に巨大な看板を立てまくったおかげでした。

―日本のIT企業が中国市場でパッとしないのは、現地の消費者心理への理解不足が原因?

山谷 はい。中国の商店は、日本のように「来て見て触って」ではありません。消費者はガラスケースに入っている商品を外から見て、スペックの数字を見て買う。ネットショッピングでの購入も盛んです。ゆえに、モノ自体を見るよりも「知名度がある会社の製品だ」「これを持つとメンツが立つ」といった購買動機が強く働くんですよ。

結果、中国のIT企業は知名度を上げるために競合他社のソフトを利用できない設定の無料ブラウザをはやらせようとしたり、違法アップロードファイルの検索機能をウリにして自社の検索エンジンにユーザーを呼び込んだり。相当“ゲスい”ことをやってでも必死で自社を目立たせようとします。

中国企業は目立つためなら手段を問わない

―目立つためなら手段を問わない企業と、「不便じゃないだろ?」と言論統制を国民に納得させてしまう当局の姿。どちらからも、中国らしいしたたかさを感じます。

山谷 厳しい言い方ですが、「よいものを作っていれば、中国の消費者にも思いは伝わる」や、「自由を求めるネット民が中国を民主化させる」という考え方は日本人の一方的な思い込みだったりするんです。

―本書には、中東の「イスラム国」(以下、IS)への言及もありますね。

山谷 ISは“自由な”ネット空間を利用して世界中に主張を拡散し、構成員を勧誘して拡大しました。現在、各国で対策が講じられてはいるものの、せいぜい該当するツイッターのアカウントを個別に探してクローズする程度。後手に回っている感は否めません。

現代のグローバルなネット空間は、すでに特定の危険な言論を制御できないほど広がってしまいました。ある意味、「自由なワールド・ワイド・ウェブ(WWW)がISというモンスターを育てた」ともいえるんです。

一方、強固な統制下にある中国のネット空間ではISのようなサイバー活動は絶対に不可能。皮肉にも「テロの封じ込め」に限れば、中国のネット政策は西側諸国よりも“優れた”ものになっている現実があります。

―中国全土をカバーするネット検閲システム「金盾(ジンドゥン)」など、同国のネット統制技術は中国郵電大学校長の方濱興(ファン・ビンシン)氏が「シスコ」や「マイクロソフト」などアメリカのIT企業の協力を得て整備したと書かれています。

山谷 今、その技術を最も必要としているのはISをネット空間から追い出すために躍起になっているアメリカでしょうね。今後、アメリカから中国に技術協力を頼む事態でも起きれば、“ネット統制の父”である方濱興氏が、テロ封じ込めの功績でノーベル平和賞をもらうかもしれませんよ(笑)。

(取材・文/安田峰俊 撮影/下城英悟)

●山谷剛史(やまや・たけし)1976年生まれ、東京都出身。東京電機大学卒。システムエンジニアを経て、中国やアジアを専門とするITライターとなる。2002年より中国雲南省昆明市に在住。現地の消費者目線で「中国パクリ製品」といったB級ネタから、中国政府が絡む硬いニュースまで幅広いITテーマを扱う。『ITMedia』『ASCII』『東洋経済オンライン』『ダイヤモンド・オンライン』などを中心に多数の連載を持ち、著書に『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』(ソフトバンク新書)など

■『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』 星海社新書 840円+税グーグルやフェイスブック、ツイッターを排斥! 約6億人のユーザーを抱えるネット大国・中国は、欧米のネットサービスが支配する「ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)」から独立した、唯一の先進国だ。世界最大のPCメーカー「レノボ」など中華系IT企業の勃興。政府主導で進められたネットの開放、ネット統制に関する法律が作られた経緯など、この国のIT・ネット20年史を網羅した日本初の書