筑波大学で講義をする「現代の魔法使い」落合陽一(左)と総合格闘家・柔術家の青木真也(右)

勝負の世界に身を置いて15年。今なお現役で戦い続け、今年3月31日に開催されるアジア最大級の総合格闘技イベント『ONE Championship』初の日本大会でライト級王座奪回を狙う格闘家・青木真也(あおき・しんや)が、筑波大学にやってきた。

日本格闘技界の現状をシビアに分析した前編記事に続き、後編ではアジアにおける総合格闘技の人気、そして格闘家・青木真也の内面により迫っていく。

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落合 日本の格闘技界に足りないと思うものはなんですか?

青木 総合格闘技の場合は、日本で完結しなくなっちゃってるんですよ。

落合 外国の人たちに入ってきてもらわないといけないということですか?

青木 僕たちが行かなきゃいけなくなってるんです。外貨を稼ぎに。そうなると、なかなかメインストリームに入り込めないんですね。どうしても、フィリピンだったり、タイだったり、市場が大きい国の選手がいいところを持っていくようにカードを組まれてしまうので。

例えばシンガポールで試合をすると、向こうにはフィリピン人がいっぱいいるんですね。でも、日本人のコミュニティはなかったりする、みたいな。

落合 だからフィリピン人の選手が出てくると盛り上がる、と。

青木 正論からすると、強い選手と強い選手をぶつけるのがいいんですけど、どこまでいっても商売の要素があるので、売れる選手を使うことになります。だから僕としては、日本の選手を育てる意味でも、日本で完結する舞台があれば一番いいと思ってます。じゃないと青田買いされて、よけい勝てなくなってしまう。

落合 それ、「明日はわが身」な産業がいっぱいありそうですね。

青木 そうだと思います。格闘技は特に、外貨が強いので。

落合 例えばeスポーツは今まだそういう状況かもしれないですね。日本でも盛り上がってきているけど、やっぱり大きな大会といったら国外に行くことも多い。

海外遠征されるときのスケジュールって、今はどんな感じですか?

青木 向こうが出してくる試合スケジュールの1週間前くらいに現地に入れって言われてて、後から、試合の3日前くらいにセコンドが来てくれて、それで計量して、お互い契約体重にそろえて、って感じですね。もう慣れたもんです。

これ、本当にくだらない話なんですけど、スーツケースを持たないようにすると、荷物の出待ちしなくていいじゃないですか。そうすると、海外だけど一気に国内な感じがするんですよね。リラックスできるから、荷物は少なくして行ってます。

落合 それはけっこうよくわかるなあ。僕もよっぽどじゃない限り、ゴロゴロだけでそのまま行けるようにして、荷物は預けないですね。あと、これは国内線だけですが、僕の場合、一番最後に乗って一番最初に出ていける席を、エコノミーだったらここ、ビジネスだったらここ、って決めて取ってます。

ちなみに、「海外に来た感じがする」と何が変わるんですか?

青木 日本人は海外に行くと弱いっていうのはよく言われるんですけど、気負っちゃうと思うんですよ。よく、食べ物を持って行くとか、水を持って行くとかいう選手がいるんですけど、僕はそれをやると逆に負けちゃうと思っていて。やっぱり現地に行って現地の食べものを食べて、普通に生活してるほうが絶対に強いじゃないですか。なので、僕はそこを大事にしてます。

近年はシンガポールを拠点にアジア各地で開催される『ONE Championship』に参戦(写真は昨年7月のフィリピン大会)

落合 直近で行かれたのはタイでしたよね。タイとかシンガポールが多いんですか?

青木 タイ、シンガポール、フィリピンが多いです。

落合 あのへんの国だと、日本でやっていたときよりファイトマネーは高いんですか?

青木 ファイトマネー自体は上がりました。

落合 ファイトマネーが日本より高いというのは、どういう力学でそうなったんですか? 単純に見てる人が多いから?

青木 放映権と、あとはアジアにある行き場のないお金が投資に回ってる。

落合 あーなるほど!

青木 なので、僕の勝手な読みなんですけど、世界的な経済の状況とスポーツは密接に関わっていると思います。

落合 関わってますね。要は格差社会の上のほうのお金がポンと流れてきて、それが今はアジア地域の、特にタイとかシンガポールに投下されているということですね。

それはすごくよくわかる。アートと似てるんですよ。アートってお金持ちがどこにいるかで実際に見た物が売れるかどうかが決まってくるので。例えば、マレーシアで展示してるときに見に来る人って、やっぱり給料が高かったりするんですよ。人数は少ないにしろ、昔はほとんどの人が日本の中間層にすら届かない国や地域だったのが、日本の中間層くらいの人はざらにいる、それどころか資源や金融や投資ビジネスをされてる方はずっとお金持ちの人もいるっていう状況に変わってきたなと思っていて。

アジア地域で僕が一番最初にでかい個展をやったのがマレーシアなんですけど、現地水準でお金持ちの人は日本でもお金持ちレベルだし、それよりもっと上の、オイルマネーが入ってる人たちはとんでもなくお金持ちだし、そうは言っても町中で売ってる物はクソ安いし......。あのギャップは日本とは全然違いますね。

青木 いいですよね。なんか、生きる力をくれますよね。

落合 そうそうそう! ここの人たちはなんかまだ狙ってるなという感じがするし、みんなそろってダメになる感じはしない。むしろ伸びてる感じがします。

アジアのファイト市場っていうのは、今どのくらい伸びてるんですか?

青木 アジアの景気自体がいいっていうのもあって、大会数で言えば今年は昨年の1.5倍になるくらいですね。

落合 すごいな。しばらくはアジアの伸びが続きそうですか?

青木 景気にもよりますが、伸びてくだろうと。中国次第かな。

落合 中国の格闘技市場ってどんな感じなんですか?

青木 中国は共産党が強いじゃないですか。血が出る行為をすごく嫌うので、まだ許可が出ていなくて。ただ、中国にもいくつかの団体があって、中国の放送だけでも世界中の放送くらいの価値がある。

落合 そうですよね。十何億人もいるんですから。香港あたりにワールドワイドなリングができてもおかしくないですよね、マネー事情としては。

そうしたなかで、日本の格闘技コミュニティを守っていく秘策や方策はお持ちですか?

青木 僕は「鎖国」だと思ってます。どうしてもほかの価値観が入ってきてしまうと難しいので、しっかりとクローズした空間をつくって、その中で選手を育てイベントをつくる、そういう宝塚的な世界ができたら一番いいんじゃないかって。

落合 ホームグラウンドとしての文化がつくれる格闘技ということですね。

日本で選手を育て、日本人が目立てる、売れるような興行をやっていくにはどういった方法があるんでしょうか。

青木 軽い階級で、というのはありだと思いますね。ボクシングがそうじゃないですか。軽い階級は(強い選手がいる)国が限られているから、勝ちやすいっちゃ勝ちやすい。アメリカ人で50kg台とか60kg台の選手ってあんまりいないんです。

落合 ちなみに青木選手は、前回試合をされてきたところだと何kgですか?

青木 70kgです。その上の77kgでも日本人選手は少なくなって、83kgだともっといなくなる。

落合 軽い階級の面白さを上げていくにはどうしたらいいですか。

青木 やはり軽い階級だと一発KOというのはどうしても減るので、そうではない面白さを啓蒙していったりとか、まさに伝え方がキーになってくると思います。

落合 先日、K‐1の方とお話する機会があったんですが、例えば「ダメージが蓄積されていくのが格闘ゲームみたいに見えたらもっと盛り上がるのにね」とか、テクノロジーの入る余地がもうちょっとあると楽しいという話になりました。

青木 スポーツは用具で変わりますよね。パラリンピックがいい例です。格闘技の場合、判定は最終的にコンピューターになっていくのがいいと思います。競技自体は生身でやり合うものなので、(競技そのものへのテクノロジー導入は)難しいですけど。

落合 青木選手がやりたいことはどんなことですか?

青木 僕はやっぱり格闘技を通じて、何かをざわつかせたいと思っていて。興行的な部分にしても、最初はイベントが敷いたストーリーラインに乗ることは乗りますけど、あくまで自分のペースで、自分が思うことはちゃんと伝えるというか。ちゃんと自分が1回ずらして、それから1回戻す。予定調和じゃなくて、裏切る時は思い切り裏切るし、爆発する時は思い切りハネるってことをやりたいです。

落合 なるほどな~。僕はそれ、いつもバラエティ系の番組に出ると思うんですけど、基本的にはちゃんと構成台本があって、この人に次振られますとか、念入りに打ち合わせした上でできてることが多いじゃないですか。でも、その予定調和をガラッと崩せる人っていうのは相当技量が高い人です。逆に慣れていない新人タレントさんだと、そういう流れをキャッチできなかったり。

ちなみに、モチベーションとしては「格闘技というスポーツ」をやっているんですか?それとも、格闘技をやっているんですか?

青木 格闘技ですね、僕は。自分で信じられるものの、信念になるもののためにやってます。なので、ドーピングしようと思ったことはないですね。

落合 試合に立つのが怖いって思ったことはありますか?

青木 毎回怖くて、ほんとにやりたくないと思うんですよね。

落合 そうなんだ! 何が怖いんですか?

青木 いろいろ考えたんですけど、まず、ケガをするかもしれない、やられちゃうかもしれないっていう生物的な怖さと、あとは自分のちっちゃいプライドだったり、メンツが潰されるっていう怖さだったり、この先どうなるんだろうっていう不安に体する怖さ。それが入り交じって――割合がどうこうっていうのはその試合ごとに違うと思うんですけど。

落合 自分のメンツが、という部分はやっぱり勝ち負けですか?

青木 そうですね。単純に負けたくないっていうところが。ただ、たぶん見ている人も、そういう怖さを内包していないものにはあんまり感情を動かされないとも思ってます。

落合 ちなみに、なんかこう、「自然体だな」って思う達人はいますか?

青木 格闘技は不思議で、どんどん達観していけばいくほど弱くなるんです。冷めちゃうというか。怖さから下がれば下がるほど弱くなると思います。

落合 なるほどなあ。15年のキャリアがある選手ってそんなにいないと思うんですが、あと何年くらいという見通しはあったりするんですか?

青木 身体を使ってなにかを表現していくことがやっぱり楽しいから、やれるだけ続けたいなと思っちゃいますね。年齢を重ねてくると、どうしても体力が落ちているのは感じるんですよ。でも、それを感じるようになってからが面白いんです。右肩上がりの時って、上がってる実感しかなくて、やりくりの面白さはないんですね。

落合 上限が決まっていたりとか、ある程度限界がわかって、その中でプレースタイルを練るのは確かに楽しいなあ。そのやりくりができる限りは続けられそうですか?

青木 はい。長く続けちゃうとそれだけで「歴史」があるので。歴史って何にも代えられないものじゃないですか。それを感じるので、やれるのに辞めるということは絶対にないと思います。

■「#コンテンツ応用論2018」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書』(小学館)

●青木真也(あおき・しんや) 
1983年生まれ、静岡県出身。小学3年で柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に柔道から柔術へ転身し、総合格闘技デビュー。大学卒業後は静岡県警に就職するが、2ヵ月で退職して再び総合格闘家に。「PRIDE」「DREAM」などへの参戦を経て、2012年頃から主な試合の舞台を海外へ移す。「DREAM」「ONE FC」元世界ライト級王者。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など。今年3月31日、ONE Championship初の日本大会でライト級王座奪回に挑む