筑波大学で講義をする落合陽一(右)と角田陽一郎(左)

『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』『EXILE魂』など、世紀をまたいで人気テレビ番組の企画・制作を手がけてきたバラエティプロデューサーの角田陽一郎(かくた・よういちろう)。2016年末にTBSを退社し、映画監督、アプリ制作、舞台演出、そして講演・著述活動と八面六臂の活動を展開。そして、この3月から週刊プレイボーイでも新連載がスタートしている。

「電波を独占する」というテレビ局の優位性が薄れつつあることを論じた前編記事に続き、後編ではオールドメディアの雄・テレビの今後、そしてコンテンツ業界の未来についてより掘り下げていく。

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落合 僕は20年ぐらい前にやってた『電波少年』(日本テレビ)で、放送機器の進化をすごく実感したんです。当時、ソニーが「DVカム」っていう、取り回しが楽でそこそこの映像が撮れて編集も簡単にできるカメラを出したんだけど、それを何人ものディレクターに渡して、いろんなとこに行ってもらって小ネタを集めてくる、みたいな番組。今でいえば、YouTuberを10人集めて番組を作るみたいな感じかな。つまり、ごっついテレビカメラで撮らなくてもテレビ放送に耐えうる品質の映像が撮れて、見せ方によってはそれを面白く見せられるようになった、という。

そういった機材の進化がどんどん加速してきて、映像のクオリティがいよいよプロとアマチュアで遜色なくなってきたな、と近頃特に感じるのは、災害の報道映像です。あれを見てると、今の横置きの4Kクオリティの映像って、「視聴者提供」の文字がなかったらスマホで撮ったものだってわかる人は少ないんじゃないかなと思います。

角田 テレビとネットとの差が本当になくなっちゃうってことだと思うんですよ。テレビの優位性のうち、技術のほうはやがて技術革新で崩れる。もう一個の優位性についても、これははっきり日付が言えるんですが、2017年11月3日に崩れてるんです。何があったかというと、この日、AbemaTVの『72時間TV』に元SMAPの3人が出演したんです。

僕はいわゆる有名人が集う"第一芸能界"と、YouTuberなどテレビ以外の舞台をメインに活躍する人たちの"第二芸能界"という呼び方をするんですが......。

落合 (笑)。

角田 第一芸能界で頂点に立った3人が、「テレビなんか出なくても人気者でいられるんだよ」と証明しちゃった。それがこのとき起きたことです。そこからAbemaTVには、地上派と比べても遜色ない芸能人が出るようになった。第一芸能界と第二芸能界の差がなくなってきた。この点での優位性が崩れ、技術の優位性も崩れるから、テレビのパワーはなくなっていくんじゃないかなと思います。

落合 いろんな人と現場で話していても、垣根が徐々になくなっていくのを感じます。そうなると、事務所に所属していようがいまいが、ベースとして個人に直接オーディエンスがついてる人のほうがやっぱり強くなっていく。そうすると自分で意思決定できるから、アポイントも早いし、何かと有利になってくると思うんですよね。

角田 落合さんみたいに自分で上がれちゃう人はそれでもいいじゃないですか。ただ、若い人にとって一番問題なのは、SNSをうまく使えたりとか、多かれ少なかれトータルコミュニケーション能力のあるタイプの天才しか世に出なくなってしまうことなんですよ。

落合 ああ、それは確かにそうですね。

角田 これは本当に深い話だと思っていて。例えば、サカナクションの山口一郎さんって天才だけど、世に出るまで何年もかかってるんです。その間どうしてたかというと、北海道でビクターレコードが飯食わせてたんですね。こいつは絶対売れるから、って。ビクターにお金があったからそれができたんです。

ところが今は、出版もそうだし、テレビもそうだけど、そういう「才能を育てるぜ!」って言うべきところに昔ほどお金がないから、それがなかなかできない。そうすると、自分で自分を宣伝したり売り込んだりすることができる、SNS映えする人しかこの世に出なくなるんじゃないか。僕はプロデューサーとしてそれがイヤなんです。

落合 それは完全に同意です。でも、ベーシックインカムとかで一日あたり長時間働かなくてもお金がもらえる社会に設計を変えたら、この問題は解消するのかな。

角田 だから本当に過渡期なんでしょうね。時代がそこまでいけば、たぶん死滅しそうな弱さ、繊細さを持った才能も生き残れるんだけど。

落合 それと、テレビとネットの話に戻ると、コンテンツを配信して収入を得るには広告課金モデルと直接課金モデルがありますよね。ただ、ネットの広告課金モデルには、やっぱりいろいろなところに非効率性がある。

例えば、今YouTuberで世界一稼いでる若い子って、おもちゃのパッケージを開けて遊んでる動画だけをひたすら配信してる8歳の男の子で、推定年収25億円。その子が動画をアップロードすると、数億回再生される。なぜかというと、小さい子って何回も何回も同じ動画を見るからです。うちの子も一日数十回とか見てます。

でも、よく考えてみると、その動画にくっついてる広告の効果ってほぼゼロじゃないですか? それを繰り返し繰り返し見てるのは財布を持った大人ではなく、小さい子供なわけだから。動画の彼は莫大な広告収入を得ているけど、おそらく広告主のお金は消えてなくなってしまっている。

YouTuberの広告課金モデルって、たぶんそういうバグだらけで、そのモデルが改修されない限りは「1PV当たりいくら」っていう設定方式の違和感は是正されないでしょう。あれが直接課金モデルだったら、どこにもムダはないんですけどね。僕の子供が動画を見ていることに対して、代わりに子守りをしてもらっている僕がお金を払う、という形になるわけだから。

角田 そうですよね。

落合 テレビもある意味、これと似たような状況だと思っていて。ユーザーに直接課金するネットフリックスは超クールなものをやってるじゃないですか。テレビがユーザーからお金をもらうことになったら、いうなれば「みんながNHKになる世界」なのかもしれませんが、そういう世界と日本のテレビ業界はどううまくやっていけると思いますか?

角田 僕ね、"魔のバミューダトライアングル"って言ってるんですけど、広告業界、放送業界、芸能界が三角形を作っていて、そこにいくとお金が消えるんです(笑)。呑みこまれてしまう。

落合 つまり、タレントのキャラクターを突出させることで、枠の値段を膨張させて、「われわれがCMを出しているこの枠はとてもいいものなんだ」とスポンサー企業なりに認識させる。で、お金は消える(笑)。

角田 そうそうそう。今はこの三角形にお金が集まらなくなりつつある社会だ、というのが前提だと思うんですよ。なのに、テレビ業界の95%くらいの人は、この三角形じゃないと稼げないと思っちゃってる。

現場レベルで面白い人はたくさんいるし、僕なんかより面白いテレビプロデューサーも山ほどいるんです。それに、僕なんかより死ぬほどネットビジネスに詳しい人もIT業界にはたくさんいるじゃないですか。だけど、両方わかってる人って驚くほど少ない、というのが現状だと思うんですよ。

テレビとネットの架け橋をやってくれる人が現れて、天才的な面白い番組をストリーミングという配信方法の特徴と掛け合わせて一個発明すれば、ブレイクスルーで一気に行く可能性はある。ただ、それってひとりの天才がやってくれないとダメなんですよ。テレビに詳しい、あるいはネットに詳しい、というだけの凡人は気づかない。

落合 そうなんですよね。その意味で、アメリカではネットフリックスにハリウッドから優秀なプロデューサーがボンボン入るようになり、映画を撮るよりこっちで動画を撮る方がキャリア的にも面白いよね、という流れになってきたのはすごくいいことだと思うんです。

日本のテレビでネットと電波の"掛け合わせ戦略"が本当にできるようになるには、あと何年ぐらいかかると思いますか? どの層が変われば、テレビってもっと早く動けるようになるんでしょうか?

角田 これは単純に、ホリエモンと三木谷(浩史/楽天会長)さんが悪いんです。2005年にホリエモンがニッポン放送を買収しようとして、その年の秋には三木谷さんがTBSを買収しようとしたじゃないですか。あれからもう、テレビ局のお偉いさんたちはネット嫌いになっちゃったんです。人って感情でしか動かないから。あそこでたぶん、日本のテレビ界は10年くらい遅れちゃったんです。あの時にもうちょっと仲良くやっていれば......。

落合 ソフトランディングしていればよかった。

角田 そう。僕がgoomoを始めたのも、TBSが楽天を追い払った理由が「自社でやれます」だったから(笑)。「角田、TBSの中で会社作れよ」って言われて、やったんです。

落合 日本があらゆる意味で本当にがらっと変わるのは、団塊ジュニア世代が後期高齢者になる2050年ぐらい。その頃には、だいたいすべての決着はついてると僕は思うんです。そのとき、テレビはどうなっていると思いますか?

角田 僕はむしろ、今の「テレビ業界」みたいものがなくなっちゃったほうが面白いかな、と。これからのコンテンツは、ボルテックス(渦)と呼んだほうがいいんじゃないかと思うんです。今まではCDがあるから音楽を作るとか、雑誌があるから記事を書くとか、テレビがあるから番組を作るとか、要するに枠、フレームがまずありきで、そこに入れる「中身」だからコンテンツと呼んでいたわけで。

それよりも、まず最初に作りたいものを作って、そこから渦のように人を――あるいは、もしかしたらお金を――集めていく。で、後からテレビにしようかラジオにしようかイベントにしようか文字媒体にしようか決める。そういうコンテンツからボルテックスへの変化が起きつつあるので、その"渦"を作るんだぜっていう思いがあれば、「テレビ局」みたいなフレームはいらない、なくなっていいと思います。僕がこの3月から週プレで始める新連載も、文章で記事にしつつ、動画も撮って番組にもしちゃうつもりで構想してますし。

落合 なるほど。かつては"渦"作りをする人たちがテレビに集まってきたから文化が形成され、それが継承されて、2010年あたりまでは頑張ってやってこられたけど、その人たちも体力的に疲れ、あるいは世代的に現場を離れ、とどまれなくなったっていうのが答えのひとつなのかな。IT村は比較的元気なんです、若い人もどんどん来るし。これも時代の表れだと思うんですが。

角田 ただ、いろいろ言っときながらTBSを愛しちゃってる自分が悲しいんですけど、僕、あちこちで『逃げ恥』がヒットした理由は何かっていう話をするんです。それは、プロデューサーがガッキーのこと大好きなんです。それだけなんです。

落合 確かに、『逃げ恥』のガッキーはクレイジーにかわいかった。

角田 当たり前なんですよ。かわいく撮らないと殺されるんだから! 「おまえらガッキーをかわいく撮らないと殺すからな」みたいなプロデューサーがやってるから。それぐらいヤバい人が作るとヒットするわけ。文章でも音楽でもゲームでも、仕組みでもそうかもしれないけど、そういうヤバい気持ちだけが唯一、残るものになるんじゃないかな。

■「#コンテンツ応用論2018」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『日本進化論』(SB新書)。

●角田陽一郎(かくた・よういちろう)  
1970年生まれ、千葉県出身。東京大学文学部西洋史学科卒業。1994年にTBSテレビに入社し、『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』『オトナの!』などの番組をディレクター、プロデューサーとして担当。2016年末にTBSテレビを退社、バラエティプロデューサーとして独立し、さまざまなフィールドで活躍している。『「24のキーワード」でまるわかり! 最速で身につく世界史』(アスコム)、『運の技術 AI時代を生きる僕たちに必要なたったひとつの武器』(あさ出版)など著書多数。

★角田陽一郎氏の新連載『Moving Movies~その映画が人生を動かす~』週刊プレイボーイでいよいよスタート!!

独自の指標に基づき、古今東西の映画作品にどれだけの価値があるかを数値化するレビューサイト『iiMovie』(※)を立ち上げた角田氏。自身がインタビュアーとなり、各界の著名人たちの映画体験をひも解く対談連載がいよいよスタート。「人生を変えた作品」や「今でも忘れられない作品」などを掘り下げ、ゲストの人生に迫ります。

現在発売中の『週刊プレイボーイ12号』では、初回拡大版として角田氏のインタビューを掲載中。そして次週3月18日発売の13号より、対談形式の通常版が始まります。最初のゲストは、ブルーリボン賞監督賞を2年連続受賞中の映画監督・白石和彌氏です。

(※)『iiMovie』とは、独自の指標である「影響力指数=ii(インフルエンス・インデックス)」を使って、大好きな映画作品へのピュアな気持ちを表現するサイトです。