「現代の魔法使い」落合陽一(右)と「水曜日のカンパネラ」のケンモチヒデフミ

完成度の高い洗練された楽曲に、地名、人名、商品名、キャッチコピーなどを自由自在にあしらった個性的なラップ、そして奇抜なライブパフォーマンスで人気を集める音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」(水カン)。

落合陽一(おちあい・よういち)が担当して4年目を迎えた筑波大学の人気講義「コンテンツ応用論」の今シーズン最初のゲストは、その水カンの大部分の楽曲制作を手がけるケンモチヒデフミだ。

世間で最も認知度の高い水カンの活動のほかにも、ケンモチはトラックメーカー、アレンジャー、サウンドプロデューサーとして各方面で活躍している。例えば、綾瀬はるか出演のグリコのCMに曲を提供したり、ももいろクローバーZのリミックスを手掛けたり、映画の劇伴(サウンドトラック)を担当したり、ソロ名義で作品を発表したり......といった具合だ。

落合陽一自身が水カンのファンで、ケンモチとは親交もあるが、この講義ではその落合も知らなかった驚きの事実が明かされた。

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ケンモチ ケンモチヒデフミと申します。1981年生まれの38歳です。音楽を始めたきっかけは高校の文化祭で、当時はギターとベースを弾いていたんですが、「文化祭だけで終わっちゃうのはもったいないね、次はライブハウスに行こう」ということになりまして。

そうすると、ライブハウスに渡すデモテープが必要になるんですね。それでMTR(マルチトラックレコーダー)を買ってきていろいろといじっているうちに、おや、これはもしかしたらバンドより打ち込みのほうが楽しいぞ、という可能性に気づいたんです。ミキシングエンジニアなら音楽を仕事にできると考えて、卒業後は音響系の専門学校に行きました。

ところが、進学してから気づいたんですが、ミックスの仕事って音楽作りのプロセスの中でも"後ろのほう"のセクションで、曲作りそのものには関与できないんですよね。例えば、すでに録音されているボーカル、ギター、ベース、ドラムを自分なりにミックスしなさいという実習で、僕は「この曲は気に入らないな」と思っちゃったことがあって。

最終的にはギターとボーカルをオフにして、ベースとドラムだけ使ってディレイとかでバン!みたいな感じの、もはや原曲のかけらもないようなものにしたんですね。今で言うダブ・ミックスというやり方です。そうしたら先生に「気持ちはわかるけど、それをやっちゃダメだよ」みたいに言われまして。そうこうするうちに、やっぱり自分は曲を作りたい人間なんだなと思うようになったわけです。

それならもう音楽を仕事にするのはやめようと決めたのが20歳のときで、専門学校卒業と同時にシステムオペレーターになりました。とにかく体力が続く限りコマンドを打ち続ける肉体労働を14年間やっておりました

落合 ええーっ!? 14年ってだいぶ長くないですか?

ケンモチ そうなんです。4年前までサラリーマンでした。

落合 『クロールと逆上がり』(2013年発表のファーストアルバム)の頃も?

ケンモチ それどころか『桃太郎』(14年発表の楽曲)のときもそうでした。

落合 『桃太郎』のときサラリーマンだったんですか? めっちゃ意味わかんない! 「茶摘みーランド」(『千利休』の歌詞)とか言いながらITオペレーターしてたんですか?

ケンモチ 逆に、会社員としてのフラストレーションを曲にぶつけていた頃です(笑)。

落合 じゃ、『ランボー』(サラリーマンの怒りと悲哀を歌った14年発表の楽曲)は実話なんですか?

ケンモチ 実話です実話です。落合さん、すごい。水曜日のカンパネラの曲を気に入ってくれていて。

落合 ケンモチヒデフミマニアなんです。

ケンモチ 話を戻しますと、音楽は趣味で続けてました。20代の頃はクラブミュージックをやっていて、今聴くとお恥ずかしい、吐き気がするほどおしゃれなインストを作ってました。10年ぐらいでアルバム4枚とEP2枚出して、アンダーグラウンド界隈では「名前見たことあるな」くらいの認知度はあったんです。

でも、自分ひとりでやってると飽きてくるんですね。それでネタ切れ状態になった頃、あの東日本大震災が起きて、東京でも停電したじゃないですか。明かりがないとやる気も起きず、「曲作るのやめようかな......」と打ちひしがれていたとき、たまたまYouTubeで、ももいろクローバーZ『ココ☆ナツ』という曲を聴きまして。

20代の頃はJ-POPをちょっとバカにしていて、あまり聴いてなかったんです。それなのに、震災で自分の価値観が揺らいだときに、めちゃくちゃバカで明るい日本語のポップスを聴いて元気づけられちゃったんですよね

それからほどなくして、後に水曜日のカンパネラのメンバー兼マネージャーになる福永泰朋(水カンでは「Dir.F(ディレクター・エフ)」名義)という男から、一緒に何かやりたいと言ってもらって。

「ケンモチさんのインスト曲を全部、生のバンドに差し替えてやりたい」って言うから、「もうインストはいいです、ポップスがやりたいです。ももクロがやりたい」って話をしたら、ちょっとあぜんとされましたけど(笑)、「そういうことなら人を集めてみましょうか」と。こうして始まったのが水曜日のカンパネラというユニットです。

水曜日のカンパネラはコムアイ(ボーカル・主演担当)、ケンモチヒデフミ(音楽担当)、Dir.F(ディレクター・エフ、その他担当)からなるユニット。ライブでは基本的にコムアイのみ舞台に立つ

当初はPerfumeさんみたいに3人組の女性ユニットにしようと考えて、まず"歌える子"と"踊れる子"を見つけてきました。そこで、「あとは何もできなくていいから面白い子を入れようぜ」ということになり、面白いだけの女子大生を誘いました。ところが、諸事情あって歌と踊りのふたりが辞めてしまって、面白い子だけが残った。それが今のボーカルのコムアイです

僕は「コムアイひとりじゃ無理だから増員してくれ」って福永に言ったんですけど、彼にはなぜか絶対いけるという確固たる自信がありまして。ええっ?と思いながらも、それまでにあった曲を全部破棄して作り直したんですね。

いろいろ試した結果、コムアイはラップがとにかくヘタクソで、声にもスピード感にも合ってない。「これが一番合わない、これでいきます」ってことになりました(笑)。違和感だらけでいこうと

そんな感じで、僕は30代で水曜日のカンパネラを始めたというわけでございます。その後も4年間はサラリーマンを続け、「CDショップ大賞」で準大賞をとって、大賞の星野源さんの楽屋の前でふざけていたときも会社員でした。恐ろしいことに。

落合 ライブには有給休暇をとって行ってたんですか?

ケンモチ いえ、その頃は大阪に勤務していて、初期のカンパネラは(ライブ会場では)見ていないんです。

落合 そうか、当時からケンモチさんは来ないというスタンスで。

ケンモチ はい。曲はデータを「宅ふぁいる便」で送って(笑)。

僕がずっと追求していきたいことのひとつに"謎の感動"があります。なんかよくわからないんだけど、「面白いの始まった、ハハハ」って見ていたら、なぜか最後にジーンときちゃった......みたいな経験はありませんか?

僕が書く水曜日のカンパネラの歌詞にはメッセージ性はありません。愛してるよとか、世の中はこうあるべきだとか、そういうのが一切ない。全部そうです。無感情で書いています

例えば、北海道のタワーレコードの店長に頼まれて書いた『シャクシャイン』という曲でいうと、タイトルはアイヌの英雄の名前で、イントロに「厚岸(あっけし)、国縫(くんぬい)、上雷(じょうらい)、川汲(かっくみ)、住初(すみぞめ)登別(のぼりべつ)......」と、北海道の地名が延々と出てくる。これは日本語とも英語とも違う、魔法の言葉みたいに思えたので歌詞にしました。

その後は、現地の名物とか旅行代理店のキャッチコピーを羅列してラップにしています。もはやここに感情というものは伴っていないわけです。

『シャクシャイン』のMVより。北海道の難読地名をお経のようにラップし続けるイントロから始まる

落合 だけど、『シャクシャイン』のラップが終わったあとのインスト、めっちゃカッコいいですよね。

ケンモチ バックの音楽の心地よさにだんだん盛り上がってきて、最後の「試される大地北海道!」で、なんだその歌詞は?みたいな感じなんだけど感動してしまう。これが"謎の感動"というもので、僕の創作の原動力になっています。なんで感動してるのかわからないもので感動させたいんです

それと、最近意識しているのが「組み合わせの暴力」というものです。音楽って歴史も長いですし、いろんな天才たちがやり尽くしている。ビートルズなんてひどいもんで、ほとんどやっちゃっている。だから、もう新しいものはさすがに生まれないんじゃないの?とずっと言われ続けているんですが、それでもちょいちょい毎年、面白い音楽が出てきている。

それはなぜかというと、「これとこれを合わせた人ってまだいなくない?」とか、「これとこれを合わせたこういうので売れた人っていなくない?」みたいなものが、まだけっこう隠れていると思うんですよ。

だから、今までなかった発想で「これとこれは絶対合わねえよ」というのを最近は試すようにしています。僕の『沸騰 沸く~FOOTWORK~』というソロアルバムはインストなんですが、ボーカル素材をネットで買ってきて、それを分解し、再構築して作った曲が入っています。

例えば、屈強なおっさんが「うっうっ」って叫んでるみたいなボーカルサンプルに、いい感じのエモい高貴なバイオリンを合わせてみたらどうなるかな、とか。

カレーうどんは普通、うどんをカレーに合うようにちょっと変えるし、カレーのルーもうどんに合うようにちょっと変えるじゃないですか。それを両方とも変えずにバチンと合わせるっていうのが、逆に、今までみんなが聴いたことないようなものができる秘訣なんじゃないかなと思っています。

落合 ありがとうございました! では対談に入ります。

実はめっちゃ仲のいい友達が、20代の頃のケンモチヒデフミの大ファンで。その影響で当時から聴いてまして、水曜日のカンパネラも聴いてみよう、となったんです。

ケンモチ あの頃のファンは、水曜日のカンパネラを始めたとたんクモの子を散らすようにいなくなってしまった(笑)。「ケンモチがヤバいことを始めた!」って。

落合 でも、普通にバックトラックを聴いてると、あの頃の感じと通底するものがありますよ。

水曜日のカンパネラをやり始めた頃のコムアイちゃんと、今のコムアイちゃんってどう違いますか?

ケンモチ けっこう違いますよ。何回か変身してるんです、フリーザみたいに。第一形態の頃は「なんでもいいですよ」みたいな感じで、言われたことをやる女子大生でした。それからしばらくして、初めてCMのオファーをもらったときに、曲は僕が書いたんですが、衣装を選ぶとか、こういう感じにしたいというのを全面的にコムアイにやらせたんですね。

そこで自我が芽生えて、ライブパフォーマンスもめちゃくちゃ良くなりました。ちゃんと自分が見られることを意識して、意見してくれるようになったし、音についてもけっこう言うようになりましたね。「ケンモチさん、ピアノ使いすぎですね」とか(笑)。

今後は人に媚びて売れるよりも、もっと芸術のほうに行きたいと言っているので、第三形態、第四形態とよりスキルを深めていって今に至るところです。

落合 なるほど。

◆後編⇒落合陽一×ケンモチヒデフミ(「水曜日のカンパネラ」音楽担当)「YouTubeでMVを見る人が減った理由」

■「#コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士合取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来館を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●ケンモチヒデフミ(けんもち・ひでふみ) 
1981年生まれ。音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」のほとんどの楽曲を手掛けるトラックメイカー。ほかにソロミュージシャン、アレンジャー、サウンドプロデューサーといsても幅広く活躍。ソロの最新アルバムは『沸騰沸く~FOOTWORK~』