「まさに進化のチャンス。今こそベンチャー企業が活躍してほしいですし、今まで日の目を見てこなかった研究が芽を出す可能性もあります」と語る川口伸明氏

環境に応じて、色や形が変化するスマート衣服を着た人々が、空飛ぶ車椅子に乗って都市を飛び交う世界――。そんなワクワクするような近未来像が40年後に実現するかもしれない。

"科学技術のコンサルティング"を行ない、技術をかけ合わせてイノベーションを創出するアスタミューゼ株式会社の川口伸明氏が上梓(じょうし)した『2060 未来創造の白地図』は、全世界80ヵ国、約2億件のイノベーションデータから2060年の生活シーンをまとめた、いわば「未来技術の広辞苑」だ。

著者は東京大学大学院で博士号を取得後、研究者から国際会議のプロデューサーに転身するなど、異色の経歴の持ち主。全世界がコロナ騒動に揺れるさなか、未来の見通しはどのように変わっていくのだろうか?

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――本書では、詳細なデータと情報を用いて、未来で役立つありとあらゆる技術が450ページ近く掲載されています。さまざまな産業分野が全方位で網羅されていますが、川口さんはもともとは東京大学大学院で薬学を勉強されていたんですよね?

川口 大学院では発生生物学を勉強していました。昆虫でたとえると、幼虫の体はさなぎの中でまったく形の違う成虫へと姿を変えますが、それがどうやって起こるのかという研究です。

なかでも一番興味があったのは生命の進化。生物の遺伝子が惑星環境の変化に応じて姿を変えていくことと、昆虫の変態には関係性があるのではないかと思い、長い年月を経て遺伝子が組み換えられていく「グランドメタモルフォーゼ」のような仮説を研究したかったんですけど、それを仕事にできるようなアカデミックポストは当時なかった。

そこで研究を離れ、科学技術をプロデュースして未来を探れないかと思ったんです。

――当初はテレビの科学番組をやりたかったそうですね。

川口 せっかくやるなら、研究から最も離れたメディアがいいなと思っていたんですけど、行き着いたのは国際会議のプロデューサーでした。国際会議は世界の最先端の議論を集めて、新しい世界観を示していく場なのですが、これが非常に面白くて。

その後、われわれ人類は今後どう進化していくのかということに関心を持ち、未来創造への貢献をうたうアスタミューゼ株式会社に入りました。

――普段はどんな仕事をされているんですか?

川口 主に成長領域や社会課題の策定とビッグデータ解析に基づく事業コンサルティングです。特許、論文、ベンチャー事業や研究資金調達情報などのオープンデータを用いて、どこの技術分野に投資有望人材が集まっているのかということをヒントに、176の有望成長領域を独自に分類しています。

さらに、面白い技術を持った企業に対して、その技術が生かせるまったく別ジャンルへの事業展開や投資育成を提案しているんです。

例えば、自動運転の技術を持っている企業に対し、その技術を生産IoTのような同業種への活用だけでなく、深海探査や医療、農業ロボット、ライブエンターテインメントの舞台演出といった意外な異分野展開ストーリーを提示しています。

――成長領域というと、AI技術がメインなのでしょうか?

川口 もちろんAIは今盛りですが、古典的な分野も成長領域ととらえています。例えば、建築分野では今、非常に強力で何度も着脱可能な接着剤が出始めています。この技術があれば、巨大な木造建築物をより自由な形でつくることができる。

176種類ある領域のうち、半分は成長前夜だったり、芽吹いたばかりの萌芽領域だったりします。大学や政府機関向けのコンテンツなどは特に将来の飛躍が見込まれる第一線の研究者が注目されており、本書でも多くの事例を取り上げています。

――新型コロナは未来にどのように影響するとお考えですか?

川口 本書の脱稿が1月上旬だったので、新型コロナウイルスの影響についてはまったく触れていないんです。ただ、本書の最終盤にある「2060年の僕たち=未来人」の同窓会を描いた「ショートストーリー」の項目の最後で、「宇宙線を浴びて変異したウイルスが発生か」というミステリーをこっそり忍ばせているんです。

――ということは、こういう未来も想定していた?

川口 今回は感染症でしたが、遺伝子異常、気候変動、食糧危機など、人類は今後も乗り越えていかなければならない試練がたくさんあります。新型コロナウイルスと対峙(たいじ)は、むしろ宿命的課題であり、これがきっかけになって未来への進化が加速していくと考えています。

――むしろ成長が加速する領域もあるということですか?

川口 「他者と距離を取る」という新型コロナウイルス対策の特徴から、ビデオカメラで撮影するだけで、例えば、「この人は睡眠や栄養バランスが取れているか」などといった人体内部の生体情報をとらえられるようになっていくかもしれません。

――テレワークも何かの進化を生むんでしょうか?

川口 不便、不合理は進化へのヒントです。自宅待機になった新日本フィルハーモニー交響楽団の団員たちが、スマートフォンで自身の演奏を撮影した動画を集めてオーケストラにした映像を見ましたが、これなんかはテレワークが生んだ画期的発明。コロナが収束した後に、世界中の異分野の演奏家による遠隔セッションに発展して、新しい音楽ジャンルに進化するかもしれません。

ほかにも、テレイグジスタンス(遠隔存在技術)の発達で演劇のVR化が進んだり、地上にいる執刀医による宇宙での遠隔手術、海を泳いでいる魚の目でサンゴ礁を観察する生物の授業など、世界が様変わりするかもしれません。

――今の状況はまさに進化のチャンスなんですね。

川口 進化に必要な知恵とツールはすでにそろっていますので、全人類が性別・宗教・年齢に関係なく、ひとつのコンセプトで進んでいくという現在の状況は、まさに進化のチャンス。

今こそベンチャー企業が活躍してほしいですし、今まで日の目を見てこなかった研究がこのタイミングで芽を出す可能性もあります。楽観と悲観を正しく持ち合わせ、次につながるストーリーを紡ぎ出していきたいですね。

――その先に未来があると。

川口 はい。シンギュラリティ(技術的特異点)は当初2060年頃と思っていましたが、2045年より少し前に早まる可能性すら見えてきました。

●川口伸明(かわぐち・のぶあき)
1959年生まれ、大阪府出身。アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部長。薬学博士(分子生物学・発生細胞化学)。東京大学大学院薬学系研究科後期博士課程修了。博士号取得直後に起業、国際会議プロデューサーなどを経て、2001年より、株式会社アイ・ピー・ビーに参画。取締役技術情報本部長、Chief Science Officerなどを歴任、世界初の知財の多変量解析システムの構築、知財力と経営指標の総合評価による株式投信開発、シードベンチャーへのプリンシパル&ファンド投資、事業プロデュースなどに携わる。2011年末、アスタミューゼ入社。広範な産業分野の技術・事業コンサルティング、有望成長領域の策定、世界の研究・技術・グローバル市場の定量評価手法の開発、医学会などでの招待講演、各種執筆などに奮闘中

■『2060 未来創造の白地図 人類史上最高にエキサイティングな冒険が始まる』
(技術評論社 2380円+税)
砂漠でも宇宙でも作れるすしやステーキ、空飛ぶ車椅子が飛び交う都市......そんな夢のようなことが数十年後には当たり前の現実になっているかもしれない――。生活・文化、食と農、交通と都市、知覚と身体性、医療・ヘルスケア、宇宙・地球・環境、知の未来・進化など、あらゆる領域を把握する著者が、全世界80ヵ国、約2億件のイノベーションデータから未来像を描き出す。イラストは絵本『えんとつ町のプペル』で知られる六七質氏が担当

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