生命の源が、はるかかなたの宇宙にも――! 小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った砂の中から、地球上の生物には欠かせないアミノ酸が多数見つかった。

これは地球外生命体の存在を裏づける大発見なのか?横浜国立大学名誉教授・小林憲正(こばやし・けんせい)氏に聞いた。

■アミノ酸ってそもそも何?

――はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの砂から、20種以上のアミノ酸が発見されました。そもそもアミノ酸とはどういう物質なんですか?

小林 アミノ基とカルボキシ基で構成される有機化合物の総称です。このアミノ基やカルボキシ基はある特定の構造だと理解していただければけっこうで、ここで注目してほしいのは総称だという点。実はアミノ酸には無数の種類があるんです。アミノ基とカルボキシ基さえ持てばすべてアミノ酸なわけですから。

ただ、われわれ生物の体を構成するアミノ酸は、バリンやロイシンなどたった20種程度しかありません。それらのアミノ酸が多数くっつくとたんぱく質となり、私たちの体の材料になります。

リュウグウの砂。岡山大などが発表した論文では、砂0.055gから23種のアミノ酸を確認。イソロイシンやバリンのほか、うまみ成分のグルタミン酸なども見つかった

――アミノ酸は「生命の源」といわれますね。

小林 はい。アミノ酸は生命にとって欠かせない物質ですからね。生命を定義するのはなかなか難しく、研究者の間でも意見が分かれるのですが、「外部からエネルギーを取り入れること」と「増殖すること」のふたつが欠かせない点では意見が一致しています。私たち人間も食べ物によってエネルギーを得ますし、子供を産むことで個体を増やしてますよね。

そして、このふたつの活動にはアミノ酸が必須なんです。そのため、生命の起源にはアミノ酸が不可欠と考える研究者も少なくありません。

――そんなに重要なアミノ酸が小惑星から見つかったって、大事件なのでは?

小林 いえ、それが、宇宙にもアミノ酸があることは以前からわかっていたんです。ここで重要な役割を果たしたのが、1969年に人類で初めて月面着陸に成功したアポロ11号でした。といっても、アポロ11号が月でアミノ酸を見つけたわけでありません。

アミノ酸が宇宙にもあるかどうかは当時からも大きな注目を集めていました。その頃も隕石(いんせき)からアミノ酸が検出されることはあったのですが、地球上にありふれすぎていて、観察した人間の手や息のアミノ酸が隕石についた可能性が否定できなかったんです。

ですから、この問題に決着をつけるべく、アメリカではアポロ11号が月から持ち帰ってくる砂や石を特別な環境で分析する準備がされていました。地球の物質が紛れ込まないよう、外部から断絶された施設を造っていたんですね。

そうしたら、ものすごくタイミングのいいことに、アポロ11号が地球に戻った少し後にオーストラリア南部のマーチソン村に隕石が落ちてきたんです。

当然、異物が混入しないよう慎重にアメリカに運び、アポロ11号用の施設で解析しますよね。その結果、アミノ酸が見つかったのです。地球上の汚染物質が含まれていないことも後に示され、宇宙にアミノ酸があったことが証明されました。

横浜国立大学名誉教授・小林憲正氏。専門は宇宙生物学など。著書に『地球外生命―アストロバイオロジーで探る生命の起源と未来』(中公新書)ほか

――大きな進歩ですね。

小林 ええ。この頃は、「アミノ酸は地球で生まれたわけではなかったのでは」と考えられ始めていたので、この結果を受けて専門家たちも「やっぱりアミノ酸は宇宙から来たんだな」という意見に傾いていきます。

――なるほど。生命の起源は地球ではなく、宇宙にあると。

小林 しかし、です。マーチソンの隕石から出てきたアミノ酸は、われわれの体のアミノ酸とはふたつの点で違いがあったんです。

――ふたつの点?

小林 ひとつは、アミノ酸の種類。マーチソン隕石のアミノ酸の中にはわれわれの体を作る20種のアミノ酸の一部も含まれていましたが、そうでないアミノ酸もたくさんありました。お伝えしたように、アミノ酸には無限の種類がありますから。

もうひとつはアミノ酸の構造です。アミノ酸は同種のものであっても分子構造によって2パターン存在し、両者が鏡に映したように対称になっているので「右手型」「左手型」と呼ばれます。

人工的に化合物を作るとそれぞれがほぼ同量できるのですが、不思議なことに地球上の生命に含まれるアミノ酸のほとんどが左手型です。つまり、宇宙にはさまざまなアミノ酸があるのに、地球の生命の材料になるのは20種のアミノ酸だけで、しかも左手型が多くを占めてしまうのです。

そして、マーチソン隕石のアミノ酸には左手型も右手型もありました。とすると、この隕石のアミノ酸をもって、「地球上の生命の起源は宇宙由来だ」とは言い難いですよね。

そして今回、はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰ったアミノ酸もマーチソン隕石のケースに似ています。地球生命の材料になるアミノ酸もあれば、そうではないアミノ酸も含まれてましたから。

アミノ酸は、分子の構造が右手型、左手型のものがある。これらに機能的な差はほぼないが、なぜか地球上のアミノ酸は左手型がほとんど。この型が生命の由来を突き止めるカギを握っている

――じゃあ今回のニュースは大騒ぎすることではない?

小林 いいえ、そんなことはありません。隕石ではなく、小惑星であるリュウグウからもアミノ酸が見つかったのは大きなニュースです。小惑星にもアミノ酸があるかもしれないといわれてはいましたが、それを確かめたんですから。

リュウグウのアミノ酸分析は始まったばかりで、右手型なのか左手型なのかもまだ結果は出ていません。個人的には、地球外生命体を発見する可能性をさらに高めるニュースだと感じています。

■地球外生命体はたくさん存在する!

――結局のところ、地球外生命体はいるんですか?

小林 いい質問ですね。生命が誕生する惑星は意外と多いんじゃないか、と近年言われ始めています。例えば生命が発生するためには、体内で物質を運んで代謝システムを維持するための液体の水が必要だと考えられているのですが、太陽系だけでも、木星や土星の衛星にも水がある可能性が指摘されるようになりました。

最近では、金星にもかつて水があったと判明していますし、リュウグウからも水分子が見つかっています。

液体の水とアミノ酸などの有機物があれば、そこに生命が生まれるポテンシャルはあるわけですが、そういった"生命の材料"が実は宇宙にありふれていることがわかってきたということです。

――でも、地球のアミノ酸と宇宙のアミノ酸は種類が違うんですよね?

小林 それはそうです。しかし、左手型や右手型というのはあくまでも構造の話であって、化学的な機能はほとんど変わりない。つまり、右手型アミノ酸でも生命の素材になりえるのです。また、地球上の生命が使っている種類以外のアミノ酸でも、理論上は代謝や生殖を行なうことは不可能ではありません。

――なるほど。

小林 地球をはじめ、現在見つかってる惑星の元素組成などを踏まえると、私見ではありますが、水とアミノ酸を利用するタイプの生命は宇宙でも主流だと思います。

とはいえ、まったく別の物質を利用して成り立っている生命があってもおかしくない。というより、どこか遠い宇宙には間違いなく存在するでしょう。

例えばメタンの湖がある土星の衛星タイタンなんかでは、まったく別種の生命が誕生している可能性もありますね。いずれにせよ、実は宇宙にはたくさんの生命が存在する可能性があるんです。

地球上の生命はすべてアミノ酸と水などを用いて代謝や生殖といった活動をしているが、理論上はほかの物質で代替することが可能だ

――ということは、宇宙人に会えるのも時間の問題?

小林 ところが、話はそう簡単ではありません。

まず、宇宙に生命の材料はありふれているんですが、それらをどう組み立てれば生命になるのかがいまだにはっきりしない。アミノ酸を数百個つなげないとたんぱく質にはならないし、そのたんぱく質をたくさん集めないと生命にはなりませんから。

生命の材料を備えた惑星はいっぱいあるので、いずれどこかで生命の誕生を観察できるかもしれませんが、現時点では誕生までの過程に謎が残っています。

もうひとつの問題は、地球外生命が存在したとして、われわれ地球上の人類と接触できるかどうか。宇宙はものすごく広いのでアクセスできる場所は限られますし、宇宙に関心を持つほどの文明を維持できる期間も、宇宙の長い歴史から見ると一瞬です。今のウクライナ侵攻などを見ると、われわれの文明だって危ういですよね。

――確かに。

小林 とはいえ、今回のリュウグウでのアミノ酸の発見もあり、宇宙に生命がいる可能性はますます高まりました。きっと、遠いどこかの惑星にも知的生命体はいて、「自分たちはどこから来たんだろう」「ほかの星にも生命はいるんだろうか」などと悩んでいるに違いありません。