「最近本を読めていない方々が久しぶりに読書を再開するきっかけになったらうれしいですね。ぜひ気になる章だけでも読んでみてください」と語る三宅香帆氏 「最近本を読めていない方々が久しぶりに読書を再開するきっかけになったらうれしいですね。ぜひ気になる章だけでも読んでみてください」と語る三宅香帆氏

「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!」――働く全読書人の心情を代弁するようなパンチラインである。こんな熱い一節から始まるのが、文芸評論家の三宅香帆さんの新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』だ。

明治から2010年代に至るまでの百余年にわたる読書史から労働史を読み解く画期的な本である。

目まぐるしく日々の労働に追われる中で、私たちは読書とどのように向き合えばいいのか、著者本人に話を聞いた。

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――初めは「読書論を書いてほしい」という依頼があったそうですね。そこから、どのような流れで「読書史から労働史を読み解く」というテーマにシフトしたのでしょうか?

三宅 個人的に「読書論」と聞くと、軽いものでは『読んでいない本について堂々と語る方法』(ちくま学芸文庫)や、もう少し専門性の高い内容では、文芸評論家が特定のテーマについて論じた本などが主流だと思っていました。

ところが、アマゾンの「読書法」ランキングで売れ筋の本をチェックしたときに、速読法や手軽に知識を得られるもの、コスパやタイパの向上を説く本が想像以上に多かったんです。読書を娯楽として楽しむことよりも、いかに明日からすぐにビジネスで使える"教養"を得られるかが重要視されるんだなと思って、驚きました。

読書文化が変容しているこの時代に、「労働と読書をどう両立させるか」という問いのほうが切実だと感じたので、このテーマを掘り下げることにしたんです。

――まさしく、この本のタイトルにもなっている問いですね。

三宅 以前、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)の著者レジーさんと、労働とカルチャー受容の両立をテーマに対談したのですが、その際に出てきた言葉がそのままタイトルになりましたね。

また、その対談の公開時には「自分も働いていると本が読めない」と多くの方から反響をいただいたことも大きかったです。自分自身、この本は会社員と評論家を兼業でやっていた時期に本が読めなくなったから書けたのだと思っています。もし専業で評論家をしていたら、そこまでこのテーマに興味を持てなかったと思います。

――本書では、立身出世に重きが置かれた明治時代から、ノイズの排除や効率性を重視する現代に至るまで、当時のベストセラーから社会状況を読み解く構成になっていますね。三宅さんにとって印象的な時代はありましたか?

三宅 1970年代ですね。この時代は、司馬遼太郎の作品が文庫化されて、サラリーマンに人気を博しました。『坂の上の雲』(文春文庫)は私ももともと好きな作品でしたが、文庫版でも全8冊あって、とにかく長いんです(笑)。

高度経済成長期を経て労働に追われていたサラリーマンが、なぜあれほど長い話を読めたのだろう?と昔から思っていたんです。今回資料に当たる中で、それは「通勤電車」と「文庫本」の相性が良かったことも背景にあると気がつきました。

まず、1970年代は多くのサラリーマンに長時間の通勤時間が生じていました。そして、この年代には各出版社がこぞって文庫の創刊を始めたんです。「廉価かつ携帯に便利な文庫を通勤時間に読む」という読書文化が確立されていく流れで、司馬遼太郎の作品が一般に受容された。このことに気づけた点が、司馬遼太郎好きとしては非常に印象的でした。

――本書では「情報=知りたいこと」「知識=知りたいこと+ノイズ(他者や歴史や社会の文脈)」という区分けが鮮やかでした。どうして「ノイズ」が重要なのでしょうか。

三宅 もちろんインターネットやSNSで今の自分に関係がある情報や、その時々で必要な情報を得るのはいいことだと思います。でも、本を読むことの魅力は、「自分から遠く離れたところにあるものを得られる」点だと思っています。必要な情報を得るために本を読み始めて、思いがけない情報に巡り合うことだってありますよね。

そして、「ノイズ」とは書いていますが、今は直接役に立たなくても、巡り巡って自分や周りの人にとっての「情報」になることもあります。例えば、大人になって何か落ち込むことがあったときに、学生時代に読んだ小説の言葉をふと思い出して救われるとか。

あるいは、昔からイスラエルとパレスチナの問題について知っていたら、今回のように戦争が起こった際にもスムーズに背景に思いを巡らせることができます。

――最終章では「働きながら本を読める社会」の実現のために、「全身全霊ではなく、半身で働く」ことを提案されていますね。三宅さんは兼業をやめて一見「全身評論家」になったようにも見えますが、どのように半身を実践されていますか?

三宅 そもそも、自分自身が「全身全霊で」という考えに合わないなと思っていて。特にフリーランスだと、働きすぎて体調を崩してしまう方はけっこういらっしゃると思うんですよ。

もちろんその方を責めているわけではないんですけど、自分の中で「絶対に心身のバランスを崩すほどは働かない」ということは意識していますね。

――「忙しくて本が読めない」という方に向けて、何か実践的なアドバイスはありますか?

三宅 「買ったらすぐ読む」ですかね。本を買った直後って本を読むモチベーションが高いですよね。私も兼業時代は、書店に行って本を買った帰りには、喫茶店に寄ってすぐ読むようにしていました。オススメです。

――本書の発売を告知したX には180万以上インプレッションがついて、発売前重版が決定するなど、大きく話題になりましたね。印象的な反応はありましたか?

三宅 「働いてると本が読めないということは、この本も読めない」という投稿を見て、予想どおりの反応が来た!と思いました(笑)。でも、最近本を読めていない方々が久しぶりに読書を再開するきっかけになったらうれしいですね。ぜひ気になる章だけでも読んでみてください。

あと、積ん読は私もしていますし、悪いことではないと思います。本書にも書いていますが、思わぬ形での読書の入り口にもなりえます。なので、いったん積んでもらっても大丈夫です(笑)。いつでも読めるタイミングで開いてみてください。

●三宅香帆(みやけ・かほ)
1994年生まれ、高知県出身。文芸評論家。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術―』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(角川文庫)など多数

■『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
集英社新書 1100円(税込)
「仕事で疲れて、本を読む気力が湧かない」「せっかくの空き時間にもスマホやYouTubeばかり見てしまう」......そのような悩みを抱えている人は多い。「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのだろうか。自らも兼業での執筆活動を行なってきた著者が、日本人の読書史と労働史をさかのぼる。各時代のベストセラーから社会情勢を読み解き、「働きながら本が読める未来」を構想する、渾身の著作!

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