いよいよ明日に迫った衆院選の投票だが、そもそも一体なんのための選挙なのか? …そう感じるのも当然かもしれない。週プレ世代やそれ以降の世代にとって何よりも重要な「社会保障改革」が、争点としてまったく浮上してこないからだ。
そこで、この分野の第一人者である森田朗氏と、各種統計分析の専門家・山本一郎氏が本当の“日本の争点”を語り合った、第3回! (第1回⇒ http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/11/40448/ 第2回⇒http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/12/40521/)
■自治体も社会保障も「線引き」が必要
山本 日本全体の人口減少は、地方自治体の消滅にもつながっていきますね。
森田 日本は高度経済成長期を通じて、地方の人口を大都市と地方都市に集中させて発展してきました。新潟市や浜松市(いずれも80万人都市)が後者の典型でしょう。人口減少期に突入した今、都市部以外の狭義の「地方」はあらゆる意味で衰退に向かいつつある。
医療や学校などのインフラが維持できないので、高齢者を含めて人口をさらに都市部に寄せていくしかない。典型的なのが北海道で、550万の人口のうち、ほぼ200万人が札幌周辺に集まっています。
山本 札幌への一極集中で、近隣の自治体は大変なことになっていますね。函館(はこだて)ですら壊滅状態といっていい。函館が壊滅するなんて、少し前はあり得ないと思っていましたが…。ほかに平地の少ない小樽(おたる)もかなりヤバいです。
森田 北海道は特に医療が問題です。患者の絶対数が減少し、現在の仕組みでは病床が過剰になってきている。そこで、緊急で重症な患者に対して高度な医療を提供する急性期の病床を減らし、療養型への転換を促そうとしているのですが、それでは病院経営が成り立たないところが出てくる。今よりさらに医療費を上げて支えるのは無理だし、かといって支えないと地域医療が崩壊してしまう。
夕張“予備軍”の自治体は多数ある
山本 医療の問題はわかりやすい例ですが、同様にあらゆるサービスが人口減で成り立たなくなる。だから近年、市町村の合併が推進されたわけですよね。
道州制の議論にしても、1990年代に大前研一(おおまえ・けんいち)さんが「平成維新の会」で主張していた頃は、国から地方へ財源を移せば地方自治が成り立つという前向きな話でした。しかし、今の道州制議論は、このままの自治体数では地域がとてももたないという話。将来なんとかなるという“右肩上がり幻想”はもう捨てなければいけない。
森田 高度成長期以来、自分たちが集める税金だけで成り立つ自治体はごく一部しかなく、ほとんどは国からお金を回さないとやっていけない。国が仕切っている交付税はそもそも地方のものだという議論もありますが、それでも国の借金が増えてきて地方に回す分が減らされると、首が回らなくなる。その結果、財政破綻(はたん)したのが北海道の夕張(ゆうばり)市だったわけです。
山本 07年に財政破綻した夕張の現状は、東京都議の音喜多駿(おときた・しゅん)さんがブログに書かれたルポが衝撃的でした。ゴミを燃やすお金もなく、カラスがいっぱいいます、みたいな。あれが破綻する自治体の暗い未来ですよ。これからどんどん出てくる。
森田 夕張だけなら全国民でカンパして助けることも不可能ではないでしょうが、北海道にはほかにも人口減が危機的状況にある自治体がずらっと並んでいる。そして東北や山陰、四国にも“予備軍”は多数ある。全部助けられるだけの余力が日本にありますか、という話です。「ここまでしか助けられません」という線引きを明確にするしかないのでは。
山本 線引きが必要というのは社会保障制度に関しても同じですね。一歩間違えば“姥(うば)捨て山議論”になりかねないテーマですが、どう変えていくか真剣に考えないと。
「老人特権を許さない市民の会=老特会」まで?
森田 若い世代の過剰な負担を軽減するために、できるだけ「世代内」で支え合う仕組みにするしかないでしょうね。お年寄りすべてが弱者なわけではなく、お金持ちの高齢者も多いわけですから。世代差、貧富差、地域差という3つの軸でバランスを取りながら、北欧諸国のように高福祉を求めるなら高負担を我慢する。逆に低負担で済ませたいなら、低福祉で我慢するしかないでしょう。
山本 今回の選挙でも、多くの政党の公約には「低負担・高福祉」といわざるを得ない甘い言葉が並んでいますが、現実を見れば何かを捨てなければならないのは明らかです。何を捨てるのか、どこで線引きをするか。それを本気で話し合わないと、在特会ならぬ「老人特権を許さない市民の会=老特会」が出てきかねませんよ。
森田 司馬遼太郎(しば・りょうたろう)の歴史小説『花神(かしん)』に、社会を変えるときには理念をつくる「思想家」、情念で人心を動かす「戦略家」、社会の秩序をつくる「技術者」の3つのタイプの人が必要だと書かれています。
ただ怒りの声を上げるのではなく、どういう政策でどういう社会をつくるのか、何を切り、誰が我慢をしなければならないのか、話し合わないといけない。高齢者の人口が多い以上、それを言うと選挙で票を減らすことになるかもしれませんが、それでも政治家はその必要性と覚悟をきちんと話すべきでしょう。
山本 まずは、見たくないものを正面から直視する。そこから始めるしかありませんね。
(構成/佐藤信正 撮影/佐賀章広)
●森田朗(もりた・あきら) 1951年生まれ。国立社会保障・人口問題研究所 所長東京大学名誉教授(行政学)。東京大学公共政策大学院院長、東京大学政策ビジョン研究センター長などを歴任。『制度設計の行政学』(慈学社出版)など著書多数。
●山本一郎(やまもと・いちろう) 1973年生まれ。選挙データ専門家、投資家、ブロガー。選挙データをはじめとする各種統計分析の専門家であり、永田町・霞が関方面の動向にも詳しい。『情報革命バブルの崩壊』(文春新書)など著書多数