最先端のテクノロジーが詰まった、「リーフ」ベースの実験車両が市街地を走る

昨秋の東京モーターショーでお披露目された「ニッサンIDSコンセプト」

前回記事(「ボタンひとつで目的地へ。これが日産の「自動運転」最先端テクノロジーだ!」)では、そこから見えてきた日産が目指す“自動運転の未来図”を開発陣のおふたりに伺った。

さらに今回の後編では、日産が掲げる2020年に向けた自動運転のスケジュール発表までの流れと、「リーフ」ベースの実験車に搭載された先端技術の細部に迫る! 自動運転元年となる2016年、夢のクルマの最前線が明らかに…。

●日産の自動運転、最初のステップは?

昨年10月に日本政府が「2020年をめどに自動運転のための法整備を目指す」と発表してから、がぜん注目され始めた自動運転。そこには、同年の東京オリンピックでド派手な花火を…という政治的思惑もにおう。だが、夢の自動運転に向けて、今何かが転がり始めているのは事実だし、今年が日本の「自動運転元年」になることは間違いなさそうだ。

というのも、自動運転の第1ステップとなる「渋滞した高速道路での自動運転」を実現する日産の新型車が今年中に発売予定だからだ。その「第1ステップ」の中身について、日産の自動運転技術エンジニアのひとり、寸田剛司(すんだ・たかし)氏が次のように説明する。

「第1ステップは高速道路の渋滞で使用可能な同一車線上での自動運転システムを実現します」

この技術が搭載されれば日本車としては初となるが、技術的には既存の全車速対応アダプティブクルーズコントロールに車線維持機能を組み合わせたものだ。ドイツのメルセデスやBMWがすでに商品化している。それだけ聞くと「意外に歩みが遅い?」とツッコミを入れたくもなるが、今まで出ている商品とはひと味もふた味も違うということなので、大いに期待したい。

「そもそも自動運転は忽然(こつぜん)と現れたものではないんです」と語るのは、日産の自動運転開発トップの飯島徹也(いいじま・てつや)氏だ。1990年代から電子制御技術ひと筋のエンジニアで、日産は早くから多くの自動運転系技術を商品化してきた。

「霧の中での追突事故など、人間が注意いても避けられない事故を減らすにはセンサーを使って前方の状況を把握する必要がある。その延長が自動運転なのです」(飯島氏)

自動運転政策の絵を描いたのは日産だった?

その最初の例が、1999年7月にシーマに搭載された車間距離制御システムだ。クルマに何かしらの自動ブレーキ制御を入れたのは、これが日本初。世界的にもメルセデスに数ヵ月遅れの2番目という快挙だった。以降も、日産の電子制御技術は世界のトップを走ってきた。

最近話題の緊急用自動ブレーキも、実はホンダ、日産、トヨタが世界に先駆けて採用している。日産では2003年のシーマに搭載されたインテリジェントブレーキアシストがそれだ。しかし、一般的には自動ブレーキ分野はボルボなどの欧州勢がリードしてきたように見えるが…。

「この分野は2003年時点で、日本が先行して商品化を実現していました。世界で初めて緊急ブレーキを導入したのは日本であり、ドライバーが過信してしまうなどの懸念を慎重に検討し、今日、世界の自動ブレーキのリーダーシップを再び実質的に握っているという現実があります」(飯島氏)

クルマの技術と法規のすり合わせはとても繊細な問題であり、飯島氏はその当事者のひとりだ。最前線で闘ってきたエンジニアゆえ、次の変革に当たる自動運転の分野でも日本の進化を見せるべきと強く思っているはずだ。

このように自動運転とそれにつながる技術リーダーシップを模索していた日本の行政が突然、自動運転推進を公言したのは、2013年11月に安倍首相が日産の自動運転試作車に試乗してからのことだ。トップが動けばすべてが変わる…が政治の世界。これを境に国内の公道における自動運転車の実証実験が国の支援を受けて加速することになった。

時期を同じくして日産は、今年の「渋滞した高速道路での自動運転」に続き、2018年には「高速道路での危険回避や車線変更を行なう複数シーンでの自動運転」、そして2020年にはついに「ドライバーの操作介入なしに十字路や交差点を横断できる自動運転」を実用化するという自動運転ロードマップを発表した。

ここで注目すべきは、政府が掲げる2020年までの具体的なスケジュールを公言しているのは現時点で日産だけ、という点だ。こうした状況証拠を積み重ねれば、おのずと「結局、日本の自動運転政策の絵を描いたのは日産だったのでは?」という仮説が導き出されるが…。そんな推測をぶつけても、飯島氏はニヤリとするだけで、肯定も否定もしなかった。

市街地走行で活躍! 小型軽量スキャナ

そんな自動運転技術の最先端が垣間見られるのが、ここで紹介する日産のリーフをベースとした実験車だ。これは昨年10月から日本の公道を走っている最新世代の実験車で、高速・一般道を含むルートを目的地まで自動運転で走行できる能力を持つ。現在、この実験車は3台あるという。

「一般道を含むルート」で走行できるということは、2020年の目標である「ドライバーの操作介入なしに、十字路や交差点を横断できる自動運転」に直結する技術が投入されていることを意味する。

来るべき自動運転車の発売に向けて、運転席のインターフェースも本気で実験中。この実験車では、前方の映像とクルマが認識している情報をリアルタイムで表示する。画面をズームした右写真では、走行中の車線はもちろん、周囲のクルマを認識していることがわかる。歩行者や信号、道路標識などももちろん見る

この実験車は、12個のカメラ、5つのミリ波レーダー、4つのレーザースキャナで周囲を〝見る〟。360度で監視できており、死角はない。しかも、カメラはルーフとウエストの2段階の高さで、360度の視界を確保している。高速道路限定の自動運転なら、カメラとミリ波レーダーだけで事足りるという。

フロントウインドウ(左)、ルーフ、ドアミラー(右)、ノーズ、テールなど8カ所に埋め込まれたCCDカメラ(計12個)。これで周囲360度の車線や標識、信号、クルマや歩行者などを画像認識しながら走る

では、レーザースキャナ(以下、スキャナ)はなんのために必要なのか? それは技術的に最も難しい一般道や市街地での自動運転でキモとなる。スキャナは遠距離は苦手だが、近距離は1、2㎝の単位(!)で監視できるという。一方でミリ波レーダーは200mレベルの遠方まで見通せるが、測定距離の分解能は大ざっぱ。それゆえ、市街地の交差点などで近距離の歩行者や自転車を確認し、周囲との折り合いをつけながら自動運転するにはスキャナが絶対に必須なのだ。

これまで、スキャナで広範囲を見渡すためには、周囲を見やすい高い場所でスキャナ自体をグルグル回転させる必要があった(例えば、グーグルの自動運転車は屋根にパトカーランプのようなスキャナがついている)。しかし、これでは構造が複雑で大型化し、常時回転する部品は信頼性やコスト面でも厳しい。

実験車に初めて搭載された新型レーザースキャナ。周囲の障害物との距離を1、2cm単位で瞬時に検知可能。最も難しい市街地での自動運転のキモとなる

そこで日産が開発したのが小型軽量で可動部分のないスキャナだった。この新型スキャナはシンプルかつ低コストなのが特徴で、飯島氏も「量産商品化への道が見えた」と自信たっぷりの逸品である。つまり、この実験車は周囲の状況を完全に把握できるわけだ。「ぶつからない自動運転」はすでに完成していると考えていい。

〝ぶつからない〟ですべて完成ではない

しかし、〝ぶつからない〟だけでは、実はまだ課題が残るという。

「事故は起こさずとも、そこでクルマがずっと止まり続けてしまったら、日常的に使える自動運転にはなりません」(飯島氏)

「例えば路肩に立っている人が、これからクルマの前を横断するのか、それとも横断し終えたのか、あるいはそこに立っているだけなのかをどのように判断、予測して走るのか。今後の大きな課題です」(寸田氏)

歩行者の動きを予測する──。そんな難題に解決のメドは立っているのか?

「方法はいくつか考えられます。例えば、交差点を行き交う歩行者の体がどちらを向いているかを感知するのは大前提ですが、歩きだす瞬間の肩や足の動きから予測する方法もあります。目の動きや表情を読む必要もあるかもしれません。これらは人間なら無意識にやっていることなのですが」(飯島氏)

手を離してもスルルルーと交差点を曲がっていく。技術の土台はできているが、日常の交通環境下で絶え間なく必要となる、ほかのドライバーや歩行者との「あうんの呼吸」が、2020年に向けての課題

この問題は、世界最先端の自動運転技術を持つ日産ですら、まだ解決できていない。ただ、最前線で開発するエンジニアの口からは具体的な課題とアイデアがポンポン飛び出てくる。

「2020年の日本の道路で、自動運転はどこまでできているのでしょう?」という問いには、飯島氏からも寸田氏からも明確な答えはなかったが、その代わりに今回、誌面でも紹介したリーフベースの実験車を見てほしいとのメッセージを感じた。ただ、それこそ免許がなくても居眠りしていても、ボタンひとつでドアtoドアという夢の完全自動運転を実現するためには「最終的には、少なくとも危険な交差点などに何かしらのインフラは必要となるでしょう」と飯島氏は冷静に話す。

これまでの日本でも、自動運転実現への機運はたびたび高まっていた。しかし、それは全道路に発信器を埋め込むだの、世の中を走っているすべてのクルマに搭載するのに30年から40年はかかるといわれる「車車間通信」など、壮大すぎるアイデアばかりだった。そんな「公共事業最優先」の昭和的発想を尻目に、インフラのみに頼らない自動運転技術をここまで進化させてきた飯島氏の発言ゆえに、その言葉は重く、しかし現実的である。

最後に、飯島氏と寸田氏はこう口をそろえる。

「この分野の技術は予想がつかない進化をすることがあります。2020年については、まだわからない部分もあります。これから5年、行けるところまで行った時、自動運転がどうなっているのか。我々自身も楽しみなんですよ!」

飯島徹也(いいじま・てつや) 1990年代から一貫して電子制御技術のエンジニアとして取り組む。現在、世界トップレベルと思われる日産の自動運転戦略のキーマン

寸田剛司(すんだ・たかし) もとは人間工学やインターフェースのスペシャリストだが、約2年前から自動運転の担当に。ニッサンIDSコンセプトのまとめ役

■『週刊プレイボーイ』5号(1月18日発売)』(『開発トップ直撃! これが自動運転の最先端テクノロジーだ! 後編「2020年に搭載される日産ハイテク技術の全貌」』より)

 (取材・文/佐野弘宗)