『罪の声』で2017年本屋大賞第3位を獲得した塩田武士の最新作『騙し絵の牙』は、企画、ストーリーの両方で「メディアミックス」を意識した、従来の出版業界の枠組みを飛び出すような野心作。最初から映像化を見据え、プロット創作の段階から作家と出版社だけでなく芸能事務所や俳優・大泉洋が参加し、さらにはストーリー内でも主人公は出版業界を揺るがす新たな枠組みを生み出していく。
物語の主人公、大手出版社に勤めるカルチャー誌『トリニティー』編集長の速水は、ユーモアでウィット溢(あふ)れる語り口が魅力の“どんな人をも虜(とりこ)にする”不思議な男――。それもそのはず、速水というキャラクターは俳優・大泉洋を完全に“あてがき”しているのだ。お茶の間に愛される独特の口調からマニアックなモノマネまで盛り込み、読めば自然と大泉洋が動き出すイメージが浮かぶはず。
「雑誌の廃刊」「ネットへの移行」など出版業界の低迷をリアルに捉えたこの作品、これは他人事ではない!?と、作者の塩田武士さんに直接お話を伺うことに!
主人公の速水同様、新聞記者から作家に転身し、綿密な取材で「社会派」作家として活躍する塩田さんに今回挑んだ新たなプロジェクトについてお聞きしたところ、本が売れないと言われる時代に生きる作家としての覚悟が明らかに――。
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―今作『騙し絵の牙』は前作『罪の声』と打って変わってエンタメ感が前面に出ています。
塩田 そうですね。もちろん取材は綿密に行なってリアリティは担保していますが、僕は従来、エンタメをずっとやってきたので、今回は幅を見せていこうと。自分では『罪の声』からが第2ステージと位置づけているんですけど、その中で『騙し絵の牙』とは両輪で、ひとつは硬派なもの、もうひとつは社会派のエンタメで双璧をなす作品です。また今回は誰もやったことがないことをするのも、ひとつやりたかったことですね。
―その誰もやったことがないというのが、プロットの時点からの「大泉洋の完全あてがき」ですね。あてがきはこれまではされたことはないのですか?
塩田 ないですね。大泉さんだからできたというのは間違いないですね。
―その大泉さんは、細部まで要望を出されたとか。
塩田 細部というより、プロットの段階ですね。まず「なんで出版業界なんですか?」という基本的なところや、出版業界にいなければわかりにくいところを聞かれたりして、説明する中で輪郭がはっきりしてきた部分もあって。一方で、僕の新聞記者時代のことをすごく面白がられて「それ使えないの?」と速水の設定を元新聞記者にすることになり、よりリアリティが出たなと。そこは本当に大泉さんのアドバイスのおかげでできた部分ですね。
―大きなテーマ的な部分で、自分が気づかなかったことを投げかけてくれたと。それで自分自身も視野が広がって?
塩田 そうですね。原点に立ち返れたという意味では、逆により自由をもらえたという、意外な結果ですよね。