書籍『おクジラさま ふたつの正義の物語』も手がけた佐々木芽生さん

和歌山県太地町は、イルカやクジラの追い込み漁を糾弾した映画『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞して以来、活動家の攻撃ターゲットとなった。その太地町を舞台にした長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』9月9日から公開される。

カメラが映し出すのは、“残酷な”漁を撮影してはSNSで発信するシーシェパードと、古式捕鯨発祥の地として400年以上続く伝統を守ろうとする太地の漁業組合。そしてたった一度だけ両者が同席した“対話集会”。さらに、太地町在住の米国人ジャーナリストや街宣車で呼びかける政治団体会長など様々な視点を捉えている。

監督はNY在住の映像作家・佐々木芽生(めぐみ)。映画だけにとどまらず、書籍版『おクジラさま ふたつの正義の物語』(集英社刊)も手がけるというエネルギッシュな活動ぶりだが、一体どんなジャンヌ・ダルクなのかとお話を伺うと、普段の素顔はよく笑いよく喋るオネーサマ!

20代でNYに渡るなど、さすがバブル世代という勢いのよさだが、制作の根底には長年のアメリカ生活で感じた違和感も。「捕鯨を守る日本人と許さない外国人」という二項対立にとどまらない新たな視点を提供する今作について、前編記事に続き、制作の動機からグローバルな日本の立ち位置まで幅広く伺った!

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―その『おクジラさま』の書籍について伺いたいのですが、参考文献の多さにまず驚きました! 日本語が35冊、英語も7冊もあります…。

佐々木 そんなにありました? まぁ編集者に叱咤激励されつつ(笑)。でも6年間、撮影を続けるうちに、知れば知るほど自分はまだ全然わかってなかったなっていうことがたくさん出てきて、自然に知りたくなりましたね。

―クジラの肉に水銀が多いのは食物連鎖の上位にいるからとか、水銀を無害化するセレンを体内に持つことなど細かいところまで書いてあります。それはドキュメンタリーとして必要なことだとお考えだから?

佐々木 いえ、それは正直、書籍にするというので改めて調べたところもあるんですよ。映像のドキュメンタリーではそこまで細かく情報は必要ないので。

―映像は説明抜きで解釈を観客に委ねることになる、その行間を書籍で埋めたいという心境でしょうか。伝えるためには別の形で読んでもらう意味もあると?

佐々木 それは感じましたね。でも最初は書籍なんてムリだと思ってたし、映画だけで精一杯なのに…って断る気満々だったんですが、なぜか編集者に説得されて(笑)。文章と映像は全く違う表現方法なので使う脳の部分が違うし、そこはとっても苦しかったです、もう泣きそうに(笑)!

―大変だったとはいえ、映画の視点では自己主張ができない部分である意味、開放・解消できたというか、整理できた部分も?

佐々木 あるライターの方が言ってくださったんですが、「映画はぐしゃぐしゃに絡まった糸を一本ずつ丁寧にほぐしていく作業だったんじゃないか。そして本を書くことによって、その糸をもう一度編み直した」って。そうかもなと思いましたね。

「シーシェパードの人よりも傷ついた」

―映画完成後のことも書いてあり、読み物として痛快な部分もあります。たとえば釜山の映画祭に招かれた時、それまで情報発信に消極的だった太地の三軒一高町長が、ついに情報発信の大切さに理解を示します。

佐々木 そうおっしゃってくれましたね。

―先日、太地町で先行上映会も行なったそうですが、地元の反応はどうでしたか?

佐々木 面白かったですね。NY、太地、釜山、東京と、映画をどこで観るかの環境で印象が違って。ただ、公平にいろんな人の意見を撮っているので太地の人にとってはちょっと厳しい指摘もいっぱいあるんですよ。例えば「捕鯨問題を日本は伝統論にしてしまう点が問題」という指摘もあるんですけど、太地の人にとっては間違いなく伝統で守っていきたいと思っていること。

それに関して、別の人の「伝統が泣きますよ」という言葉には「シーシェパードの人よりも傷ついた」という意見もあって、それはそうだろうなと「ごめんなさい」って…。一方で漁師さんや地元の小学校の校長先生が「初めて公平な視点で真実を描いてくれました」とも言ってくださったり、「本当に長い間ご苦労様でした」と握手を求められた人もいてすごく嬉しかったですね…。

―撮った甲斐がありましたね! 書籍の刊行や映画の公開でまた精力的に取材受けられたり、週プレ酒場でのトークイベントも予定されています。男性向け媒体にも積極的にアピールしようと?

佐々木 あははは(笑)。でも確かに捕鯨問題って、男性のほうがすごく興味を持ってくださったり、忸怩(じくじ)たる思いを持っている方が多いんですね。やっぱり、ナショナリズムとか縄張り意識のようなものは男性のほうが強いのかもしれませんし、その意識に刺さってくるテーマなんじゃないでしょうか。

―ただ、日本にはそもそもディベートのような文化がなく、議論の際の論理の組み立てのノウハウに欠けるような…。だから「これが正しいんだよ!」と不器用に押し通そうとする傾向はあるのでは?

佐々木 (笑)まぁないですからね。アメリカにはディベートのクラスとかもありますけど、日本だと自己主張するのはよくないという考え方はあると思うし。

―そこでこの本を読むと、相手に説明するノウハウを得られる感覚もあったので、ナショナリズムを背負いたい人はこれを読めばいいのでは…とも。

佐々木 そのための読本として(笑)? でも確かに「馴染みのないものをどう説明するか」は意識しましたね。わかっているようで実は調べないとわからないことはたくさんありますよね。「なぜイルカを食べてはダメなのか。牛や豚と同じじゃないか」というのが日本で多い意見だと思いますが、それにはこういう背景があるんだとか。

その「なぜ」の部分は自分も納得したかったし皆さんにも知ってほしかった。誤解している部分もたくさんあるんじゃないかと思うんです。

日本が反論できないグローバルな問題

―NYで暮らす中、日本への誤解があると感じた経験も?

佐々木 それはありますね。皆さん基本的に日本が大好きなんです。一番行ってみたい国だと言う人も本当に多いし、いろんな意味で今、世界中から尊敬されているし愛されているんですよ。今の時代、こんな安全な国は日本以外ないと思いますし。

でも一方で誤解されているというか、理解できないと感じられている部分もあるんですよね。その中でも捕鯨問題が一番大きいんじゃないかと。

太地町の伝統がたまたま捕鯨だったので槍玉に上がってしまったのは本当に不運です。でもこれはすでに海に面していない国でさえ、その議論に加わるようなグローバルな問題になっている。日本はそこでグローバルな対話をする文法をわかっていないんです。だから反論できない。これは本当に認識してほしいですね。

―書籍では、説明や反論をしないと世界から排除されてしまうと危惧されています。

佐々木 これだけ尊敬されて愛されているのに、この問題がネックになっている。太地だけじゃなく、本当にグローバルな問題なんです。せっかく日本にいい印象を持っている人が多いのにもったいないですよ。

―このSNS全盛時代、メディア使いの達人であるシーシェパードに対し、太地の漁業組合は情報弱者になってしまい、圧倒的に発信力の差が出てしまっています。このままでいいはずがない?

佐々木 よくはないけど、じゃあどうすればいいのかっていうと、太地のような小さな町にだけこの問題を背負わせるのは酷だと思います。太地という小さな町を越えて日本の問題になっているわけですから。そして情報の受け手として、もっとリテラシー(理解・活用する能力)を高く持つことじゃないかなと。ジェイが言っているように、ソーシャルメディアなど限られたネット上の情報を鵜呑みにするんじゃなくて、興味があることは自分なりに調べて情報武装するというか。SNSを使うかどうかは自由だけど、それを使う私たちがリテラシーを持つことが大事なんだと思います。

―では最後に、この映画と書籍をどんな人に届けたいですか?

佐々木 この「クジラ・イルカ問題って、そもそもなんなんだろう? なぜ日本だけが世界から批判されるのだろう」と疑問に思う人がたくさんいると思うんですよ。私もその疑問からスタートしました。同じ思いを持っている人に是非届けたいです。でもイルカ・クジラ問題はあくまで入り口であって、その向こうに今の世界の縮図や構図が見える。今、世界で何が起きているかをこの『おクジラさま』を通じて理解してもらえるんじゃないかなと。

―捕鯨や動物愛護の問題だけではなく、情報発信力のある団体と情報弱者では圧倒的に力の差ができてしまう現代社会の構図など、いろいろなものが浮き彫りになりますよね。

佐々木 そうですね。一方でこの作品は人間の生き様を見つめているというか、最終的には人間賛歌の物語なので、捕鯨はもうイヤだという反対派の人も含めて映画を観てほしいですし、本も手にとっていただければと思います。

(取材・文・撮影/明知真理子)

佐々木芽生(ささき・めぐみ) 映画監督・プロデューサー。北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て92年よりNHKアメリカ総局勤務、独立して報道番組の取材、制作に携わる。08年の初監督映画『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』は世界30を越える映画祭に正式招待され、数々の賞を受賞。映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』は9月9日からユーロスペース他にて全国順次公開