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HIV陽性者、長谷川博史さんが25年前に顔と実名を公表した理由

[2017年12月28日]

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1992年にHIVに感染した直後から、顔と実名を公表し啓蒙活動を続けてきた長谷川博史さん

12月某日夜、繁華街の喧騒の中、電動車椅子に乗った初老の男性が姿を現した。

「風邪を引いちゃいましてね、さっきまで寝ていたんだよ」。時折、大きく咳き込みながらも饒舌(じょうぜつ)に語るこの男性は、長谷川博史さん(65歳)。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した直後から、顔と実名を公表し啓蒙活動を行なってきた人物だ。ゲイ雑誌『Badi』『G-men』を創刊プロデュースし、HIV情報を発信してきた編集者としても知られる。

もうひとつの顔は“女装詩人”。総スパンコールのドレスにボサボサの金髪ウィッグ、ヒゲ面に青いシャドーを厚く塗ったドラァグクイーンの「ベアリーヌ・ド・ピンク」を名乗り、クラブイベントなどで自作の詩を朗読する。

「(前略)あなたはご存じないかも知れませんが
私の血には
あのエイズを引き起こすHIVが混ざっておりますの
HIVというウイルスは
ゴーマンな若いオカマと同じ
放っておくといい気になって
どんどんのさばってしまいますわ
だから早いウチに叩いておかなければいけませんの
今では薬の鞭でなんとか大人しくさせることもできますが…
この性悪な血との付き合いも、当分続きそうでございます
あなたはご存じ無いかも知れませんが
私にはそんな厄介なHIV混じりの血が流れておりますの…(後略 原文ママ)」
(『熊夫人の告白2/血の問題』より)

1992年、長谷川さんはHIVに感染していることを知った。80年代後半の「エイズパニック」はやや沈静化していたが、HIV/エイズは未だ「不治の病」のイメージを持たれ、恐れられていた時代だった。

感染宣告直後は自ら命を絶つことも考え、フリーランスの編集業も続けられなくなり、人間関係も断ち、塞(ふさ)ぎこんだ。しかし救われたのは、HIVに感染しても「セックスを諦めなくてもいい」という主治医の言葉。ふと気付くと、医療体制や社会福祉支援も充実したものになっていたし、幸いにも自分はエイズ発症までに至っていなかった。

しっかり治療すれば生きられること、セックスもできるということを心身で理解し、少しずつ本来の楽天的な性格を取り戻していったという。とはいえ、まだHIV患者は世間やメディアから「かわいそうな存在」と見なされていた。なぜ自分たちは不幸でなければいけないのか――長谷川さんはこうしたレッテルに拭いがたい違和感を抱いていった。

翌年、群馬県の保健所からHIVについての講演を依頼された時、迷いなく「実名」で語ることを希望した。講演のテーマは「Happiest Positive(最も幸福な陽性者)」とした。

「名前どうしますか?と聞かれたから、長谷川博史でお願いしますと。ウソをついたらHIVやエイズが、恥ずかしくて人に言えない病気だということを増幅させてしまうと思ったから」


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