筑波大学で講義をする落合陽一(右)と市原えつこ(左)

『情熱大陸』出演で話題沸騰、“現代の魔法使い”落合陽一が主宰する「未来教室」。『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、最先端の異才が集う筑波大学の最強講義を独占公開!

亡くなった人のロボットと49日間だけ一緒にいられる『デジタルシャーマン・プロジェクト』で総務省の「異能vation」に選出され、第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞も受賞した“妄想インベンター”市原えつこは、学生時代から「倫理のひだに触れにいく」作品を発表し続けてきた。

例えば、なでまわすと喘ぐ大根や、虚構の美女とインタラクションできるシステムなど。

顰蹙(ひんしゅぅ)を買いかねない――事実「炎上」も起きた――彼女の創作は、しかし伊達や酔狂でなされているのではない。ひとりのアーティストとして日本の文化・風土と真剣に向き合うところから市原の妄想は生まれ、作品に結晶する。【前編記事はこちら】

* * *

落合 ところで、市原さんにとって「メディアアーティスト」とはどんな職業ですか?

市原 自分でも悩ましいところがあって、メディアアート原理主義みたいな考え方からすると私の作品って邪道というか、外れてるんですね。ただ、現代社会において自分たちを規定している規範意識とか、そこからはみ出す人間の本質的な欲望とか、そういうものをテクノロジーを使って表出させたくて、メディアアートの分野にいるっていう感じです。作り方としても、妄想とフェティシズムからドリルしていくだけで、技術的な新規性からものを作ることはあまりないんです。

私が出会った頃の落合さんも、結構フェティッシュ感があった気がします。ゴキブリ使ったり、シャボン玉使ったり…。

落合 シャボン玉の頃はね、まだフェティッシュがあった。

市原 そこからほかの方向性に脱却していかれた感じが、傍から見ていてありました。

落合 いまでも作ってはいるよ。ただ、「フェアリーライツ」で実際に空間に妖精を描き始めてから、俺の中のフェティシズムが一周して、前人未到の地に旅立つ決意ができた。これはいける、まだ違う物理現象が俺の中で起こる可能性があると思って、そこから先は違うところに飛んでった気がするけどね。

市原 私の場合、例えば「デジタルシャーマン」って本当にすごくシンプルなんですよ。人工知能も使ってないし。落合さんの考える「デジタルネイチャー」、私も本を拝読して面白いと思ったんですが、その概念を使ってデジタルシャーマンをつくり直すとどうなるんでしょうか。

落合 シャーマン的なものがなぜ必要だったかというと、死者の魂と交流するためにはフィジカルなインターフェースを作らなきゃやってらんなかったんだと思うんだよね。人の体を介さないと、迫真性がなく、感情移入できず、要は信じにくかったんでしょう。

でも、今なら別にYoutubeでもいいじゃん。Youtubeの動画から、それと同じように動くロボットを設計して、外見は勝手に3Dプリンターで刷られて着色されるとか。うちの研究室でも5年後とかにそういう論文を書いてそうな気がします。

そういうようなことって、トランスフォーメーションなんです。僕は(古代中国の思想家で、道教の始祖とされる)荘子の『胡蝶の夢』からとって「物化」だと言っている。人がビデオにトランスフォームするとか、ビデオがフィジカルなもの(ロボットなど)にトランスフォームするとか、そういった「物化」はたぶん可能なんじゃないかな。うちのラボのキーワードのひとつになってます。

デジタルシャーマン・プロジェクトは昨年12月から今年3月にかけて東京都新宿区のNTTインターコミュニケーション・センターで展示された。

他人が自分についてどう言ってるか、あんまり関心がない

市原 そういえば、変身モノって東洋的なマンガに多いですね。それと、落合さんに相談したかったことがあるんですが…。クリエイターって自分の世界観を作品で表現するのが大事な一方で、言葉で説明したり、メディア的・対外的に発信していくのもすごく必要だと思うんです。落合さんはどうしてこられたのか知りたくて。落合さんって自己プロデュースがめっちゃうまいじゃないですか。

落合 え?(意外そうな様子)

市原 “現代の魔法使い”とか、超キャッチーじゃないですか。

落合 ああ、あれは堀江(貴文)さんのメディアが付けたの。俺が考えたんじゃないんです(笑)。

市原 そうなんですか。

落合 俺ね、他人が自分についてどう言ってるか、あんまり関心ないんですよ。だからディスられるツイートとかも機械的にリツイート(RT)するような設定にしてる。

市原 確かに、落合さんがディスられてるツイートをめっちゃRTしてるのを見たことあります。

落合 あれは「落合陽一」というワードが入ったツイートが1RTもしくは2ファボされると、俺のアカウントが勝手にリツイートするようになってるの。そうやって、めちゃくちゃ音が響く反響室を作ることは好きなんですよ。

市原 そういう仕組みだったんですね。

落合 火に油を注ぐってめっちゃ重要で、あれはそのためのルーティン。こっちが何もエネルギーを使ってないのに、他人が油を注いでくれる

市原 私、炎上した時に正直もうこりごりだと思ったんですが、逆に、火には油を注ぐべきなんでしょうか。

落合 だって情報では何も壊れないもん。別に悪いことしたわけでもないし、見た目がムカつくとかいう理由で炎上して日常生活が変わるわけでもないし。社会正義に反する炎上はしないポリシーなので。

市原 私は倫理観の境界の部分を扱う志向性があるので、そこに触れる作品を作るとまたボヤが起こるかもしれません。だけど…。

落合 そこんとこ、俺はもう織り込み済みですよ。

市原 おお、強い。ありがとうございます。私は正直、避けたいなと思っていたんですが、ボヤや炎上をポジティブなものとしてとらえていこうと思います。

社会のノイズを排除・隠蔽してクリーンにしていく力学が現代社会にはすごくある

落合 次のステップは何か考えてますか?

市原 次、何やってるんだろう。正直、私はその都度の直感だけで動きがちで、行きあたりばったりなので…。

落合 5年単位くらいで将来設計はしたほうがいいですよ。俺がやりたいのは、5年以内に自分の会社を上場することと、あとは「CREST」をちゃんと終わらせて、次は「ERATO」をやりたいなと(注:どちらも科学技術振興機構が実施する戦略的創造研究推進事業におけるプログラム)。5年の間に日本の再興戦略を考えたいなと思ってます。

日本の“IT敗戦感”を払拭するために、まず50人くらいの学生を育てて、35歳(5年後)より先はそのERATOをやり始める。とすると、噂によればいくつかのJST(科学技術振興機構)プロジェクトは日本にいなくてもいいらしいから、どこか違う国にいるかもしれない。

市原 5年スパンくらいで考えると、私、会社員の傍らで活動している時期が長かったこともあり日本ローカルの活動が多かったので、今はちょっとずつ海外とのコネクションやメディア展開を増やしていて。あとはフリーランスってやれることが限られる側面があるから、ちゃんと法人化して作品を商業化していきたいというところですね。

落合 会社は大事だよ。最後に聞きたいんですが、市原さんの作品からは、普通とか普遍なものに対してかましてやろう、みたいな思いを感じる。あれはどこから来てるんですか?

市原 大学生の頃、ホームレスについてめちゃくちゃ調べてる時期があったんですよ。要は、言葉は悪いですが社会の規範から“落伍者”って判を捺された人たちですね。「恥ずかしい」と隠蔽される性的なものや、死もそうなんですけど、そういう社会のノイズを排除・隠蔽してクリーンにしていく力学が現代社会にはすごくある気がしていて。それが腹立ってしょうがない時期があったんです。

落合 すごくわかる。でも、われわれが感じている規範意識ってほぼ西洋のもので、1860年代以前はなかったはずなんですよ

市原 そうそう。日本ではもともと、今は排除されているようなものが神聖なものとひもづいて、柔らかい倫理観ができていたはずなのに、白か黒かで切り捨ててしまうのはなんなんだっていう気持ちがあって。それがモチベーションになったと思います。

落合 なるほどね。それは巫女服を着る理由にもなってると。よくわかりました。

■「#コンテンツ応用論2017」とは?本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論2017」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

落合陽一(おちあい・よういち)1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピューターが自然に共存する未来観を提示し、今年12月1日、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『超AI時代の生存戦略 シンギュラリティに備える34のリスト』(大和書房)。

市原えつこ(いちはら・えつこ)メディアアーティスト、妄想インベンター。1988年生まれ、愛知県出身。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す。主な作品に、大根が艶かしく喘ぐ「セクハラ・インターフェース」、虚構の美女と触れ合える「妄想と現実を代替するシステム SR×SI」、家庭用ロボットに死者の痕跡を宿らせ49日間共生する「デジタルシャーマン・プロジェクト」などがある。

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博 協力/小峯隆生)