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社屋を失った震災から1年で年商10億! 絶望の淵で改心した男の“社員を叱らずワクワクさせる”経営とは?

[2018年03月25日]

福島県伊達市にあるナプロアースの本社

2011年3月11日の地震と津波で生活を根こそぎ奪われ、家族も失った人は数知れない。その後の原発爆発事故でも、多くの人が避難生活を余儀なくされ、仕事も故郷も失った。深い悲しみと絶望――その中だからこそ経験した人の温かさと強さ。

3.11を機に人生観をガラリと変えた人は少なくない。福島県伊達市で自動車のリサイクル業を営む株式会社ナプロアースの池本篤社長もそのひとりだ(前編記事参照)。

地震の直後、池本社長は海沿いの国道6号線を車で北上していた。ナプロフクシマ(前身の会社)の販売店舗である「ホットガレージ」(旧・小高町。現・南相馬市小高区)が強震で店内が散乱状態になったとの連絡を受け、視察に向かっていたのだ。ふと海を見ると「え、野焼きか?」と思った。

津波からは無数の細かい黒い埃が沸き上がる。それが煙に見えた。だが次の瞬間、「津波だ!」と悟ると、右に急ハンドルを切り、山道を上った。津波を知らない幾台もの車が山道から6号線に下ろうとしている。池本社長は身振り手振りで「行くな!」と伝えたが通じず、それらの車は津波に飲まれた。そして、たどり着いた高台から「ホットガレージ」が津波に飲まれるのを目にする。

すぐに店長に電話したが通じない。まさか…。胸に後悔がよぎった。店長は日頃から叱責(しっせき)を浴びせていた社員だった。

「なぜ叱ってしまったのか。なぜ優しい言葉をかけてあげられなかったのか。もしこのまま亡くなっていたとしたら、私は自分の冷たい態度を一生後悔すると思ったんです」

だからこそ、その店長の無事が確認された時、心から安堵(あんど)したという。この経験が後の「絶対に社員を尊重する会社を作ろう」との思いに繋がる。

とはいえ、震災直後にそれをじっくり考える余裕はない。翌12日には原発が水素爆発し、それによる避難指示で原発からわずか5キロ先にあった本社、そして20キロ圏内にあったホットガレージを失うことになる。

池本社長は「会社も自分ももうダメか」と悩みに悩んだ。職場がなくなることで収入はゼロになる。社員の多くが家族ごと県外避難した。会社の借金が数億円残っていたが、社長の個人保証だったため、会社が潰れると同時に自分自身も潰れる…。どうしたらいいんだ。これが人生二度目のピンチだった。

そんな池本社長を立ち直らせたのは、同じ被災者だった。

避難先から駆けつけた少数の社員とで「会社のことは後回し。まずはボランティア活動だ」と、津波に押し流されて海岸沿いに散乱している車両の片づけに取り掛かった。さらに、全国の同業者から届いたガソリンや飲料水などの支援物資を役所や各地に届けることにも奔走するのだが、どこにいっても生活苦に喘(あえ)ぎながらも必死に生活を立て直そうとする人たちがいた。

社員の中にも会社の再起を願い、「私はナプロに永久就職したい。みんなで笑って会いたい。1日も早く」との声をSNSで発信する人もいたそうだ。


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