昨年末、トヨタは水素を燃料にして走る新たなエコカー、燃料電池車「MIRAI(ミライ)」を発売した。
これで、同じく走行中にCO2を排出しない電気自動車とのガチンコバトルが幕を開けることになる。その背景には各自動車メーカーが抱える難題があるというーー。そこでエコカーの現状に詳しい自動車評論家に聞いた、業界を巡る舞台裏とは!
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トヨタ「MIRAI(ミライ)」は世界初の量産燃料電池自動車である。トヨタによれば、これこそ「普通のバッテリー電気自動車(EV)の先にある究極の次世代車!」らしい。
「燃料電池」とはどうにもバッテリーっぽい響きだが、実際は違う。英語の「FUEL CELL」の訳語であり、燃料電池(以下、FC)に電気を貯める蓄電機能はなく、正体は「発電機」である。FCは水素と(大気中の)酸素を化学反応させて電気を起こす。水素(H)と酸素(O)が反応しても出てくるのは「H2O=水」だけなので、FCは究極のクリーンエネルギーといわれている。
つまり、燃料電池自動車(以下、FCV)はバッテリーの代わりに水素発電機を積んだEVである。ただし、既存のEVのように充電する必要はなく、代わりに水素(気体)を補充しながら走る。
ミライの満タン航続距離は約650㎞で、1回当たりの水素補充時間は3分程度。満タンの水素量は約4.3㎏で、水素はひとまず「1㎏約1千円」の政策価格で販売される。水素ステーションさえあれば、使い勝手や燃料費は一般的なガソリン車と同等。「エンジン車とまったく同じに使えるEV」というのが、FCVの売りだ。
しかも、ミライは価格もいきなり現実的。モーターやインバーター、アシ回りなどに既存部品を活用して、なんと723万6千円! 安くはないが、十数年前に「1台数億円!」といわれていたことを考えると、これは快挙といっていい。しかも、ミライ購入者には国から(ひとまず今年度は)202万円の補助金と諸々の減税で最大225万円強の恩恵がある。
さらに首都圏や愛知県などでは地方自治体独自で75万円から150万円程度の追加補助(それ以外の地域に水素ステーションがまだない)が出るので、実質400万円台(!)で買えるのだ。
ミライの走りはまんまEV。ほとんど無音でスルルーッと走りだすが、加速はのけ反るくらい強力。既存のガソリン車にたとえると、総合的には2.5Lから3.0L級で、フル加速では3.5Lから4.0L級の速さ…といった感じ。
なぜEVを通り越してFCVに突っ走るのか?
そんなミライに試乗して、ピカピカの水素ステーションで水素充填(じゅうてん)を体験すると「やっぱりEVなんてメンドくさいクルマでなく、これぞ未来の本命!」と納得しそうになる。
だが、最近はガソリン価格も安いし、エンジン車の燃費も向上している。ミライは確かに魅力的でも、水素ステーションを新たに整備しなければならない。
それに、世界中のメーカーがどちらかというとEVに傾きつつある今、なぜトヨタだけがEVを通り越してFCVに突っ走るのか? もっと言えば、最近すっかり街で見かけるようになったEVだが、使い勝手ではいまだエンジン車に及ばないのが現実。そもそも次世代車なんて必要なの…?というのが、私を含む普通のクルマ好きの本音だろう。
日本EVクラブ代表にして、近著『トヨタの危機』(宝島社)でトヨタのFCV戦略について疑念を呈した舘内端(たてうち・ただし)氏は次のように語る。
「最近の異常気象を見てわかるように、地球温暖化による気候変動問題は待ったなし。いや、CO2削減活動は遅きに失しているくらい。『ミライ』どうこう以前に、内燃機関(=エンジン)ではない自動車を、不便だろうがなんだろうが買わざるを得ない時代がすぐそこに来ていると理解したほうがいい」
さらに、自動車メーカーにとって、すぐそこにある難題といえるのが、欧州(EU)やアメリカで施行される事実上のEV/FCV強制導入政策だと、舘内氏は言う。
「EUではすでに自動車メーカーごとに全販売台数の平均CO2排出量を120g/㎞以下とする規制が始まっています。クリアできないと、『CO2超過1gにつき95ユーロ』に販売台数をかけた罰金が科せられます。これを少し前のフォルクスワーゲン(2008年)に照らすと、年間7千億円もの莫大(ばくだい)な罰金が科せられる計算です。
しかも、このCO2排出規制は段階的に強化されて、5年後(2020年)には95g/㎞になります。これをガソリン車の燃費に換算すると24.4㎞/L(日本のJC08モードだと約30㎞/L)になる。これを全販売台数の平均値で達成しなければなりません。
今は内燃機関の改良で対応できても、『95g/㎞は電動車両をメインにしなければクリアできない』というのが欧州メーカーの共通認識。
つまり、5年後の欧州市場はなんらかの電気動力装置を持つ自動車が主力で、内燃機関車は(もともと燃費がいい)スモールカーだけ、大型車はプラグインハイブリッド(PHEV)にするしかない」
メーカーが抱える超難題「ZEV規制」とは
ここでいうPHEVとは、単純に外部充電プラグを追加したハイブリッド車(現行プリウスPHV)ではなく、EVとして十二分に使える電動航続距離を持ちつつ、イザという時だけエンジンで航続距離を延ばすタイプを指す。ほぼEVである。
さらに、アメリカ最大市場のカリフォルニア州(カ州)でもいよいよ「ZEV規制」が厳格化される。ZEVとは、「ゼロ・エミッション・ビークル=排ガスゼロ自動車」のことで、ZEV規制とは大気汚染に業を煮やしたカ州が1990年から実施した「自動車メーカーに一定比率でZEV(≒EV)を強制導入させる規制」である。
ただ、導入当初はまともなEVもなく、メーカーのロビー活動もあって低公害車やハイブリッド車も「準ZEV」として換算する緩和策が採られてきた。
しかし、舘内氏も「カ州も今度は本気」と言うように、18年モデルイヤー以降は、ZEV規制対象メーカーが現状6社(州内の年間販売6万台以上の米ビッグ3とトヨタ、ホンダ、日産)から年間2万台以上のメーカーまで拡大される。これによって、欧州の主要メーカーほぼすべてと日本もマツダやスバルが新たに対象となる。
同時に、通常のハイブリッド車や低燃費エンジン車などこれまでZEVと認められていたものがすべて対象外となる。つまり、アメリカで本格的に商売をしたい自動車メーカーは例外なくEVかFCV、あるいはPHEVを全販売台数の一定比率で売ることが義務づけられるのだ。
しかも、その販売比率は最終的に22%(2025年以降)となるという。マツダやスバルといった中規模メーカーでも10年以内に年間数千台(!)の電気動力車を売らなければならなくなるわけだ。
これまでハイブリッド一辺倒でEVに見向きもしなかった(ように見える)トヨタが、ここでミライを発売した理由は「ハイブリッドからEVを飛び越してFCV!」という世界の覇権を握ろうとする野心が見て取れなくもない。
最近、スバルに続いてマツダとも提携したトヨタは「両社を巻き込んで、FCV(あるいは隠し玉のEV?)の大量生産をもくろんでいるのでは…」と、舘内氏は推察する。
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(取材・文/佐野弘宗 撮影/有高唯之)