マジか? コイツを本気で日本で売るつもりなのか? こんなにジミでデカいセダンが600万円弱! オザワは目にした瞬間、負けるとわかってるジャンケンであり、不利なバトルに挑む悲劇のファイターを見た気がした。
ソイツの名はクラリティPHEV(プラグインハイブリッド)。知る人ぞ知るホンダ新型電動車三部作の最終章で、2年前に日米でリースを始めた燃料電池車のクラリティ・フューエルセル、昨年北米で発売したEV(電気自動車)のクラリティEVに続くのが、このクラリティPHEVである。日本では7月20日に発売開始となったホンダの新型セダンだ。
PHEVとあえてEV性能を強調したサブネームからもわかるように、搭載電池量は17kWhとPHVにしては大きく、航続距離も日本の燃費モードで114km超となかなか。お金のかかるエコな電動車両を燃料電池車、EV、PHEVと電動に特化した新プラットフォームでまとめて造るアイデア自体は悪くない。
だが、ピリ辛ジャーナリストのオザワに言わせりゃこの手の大型セダンはよほどのブランド力かプラスαがないと日本じゃ売れない。具体的にはメルセデスやBMWのドイツ系、レクサスやクラウンのトヨタ系、あるいはマセラティのクワトロポルテのような超カッコいいイタリア系などだ。
正直、ホンダのブランド力はアメリカではともかく日本じゃ通じない。すでにレジェンドやアコードが日本でさほど売れないことからもそれは証明されている。まさに負けがわかっているツラすぎる戦だ。
とはいえ、クルマ自体の出来は想定外にいいから悔しい。
まずパッケージだ。駆動用モーターに発電用モーター、さらに発電用エンジンにリチウムイオンバッテリーと、ガソリン車とEVの2台分のメカを搭載しなければいけないPHEV。それだけに室内は狭くなりがちだが、クラリティは全長4915mm×全幅1875mmのミディアムラージサイズの中に大人5名が乗れる居住空間と512リットルのトランクを確保。大型ゴルフバッグは4つも搭載可能なのだ。
根本たるクラリティ系の骨格と足回りの出来がいいのだろう。兄弟車のフューエルセル同様に走りの上質感は素晴らしい。特にしっとりしたハンドリングと乗り心地のバランスは秀逸で、ある意味で「FF版メルセデス・ベンツ」と言っていい。
さらに動力性能だ。実はホンダが本格的PHEVを造るのは2回目で、初代ともいえるアコードPHEVに比べて、ピークパワーは向上。馬力は9%も上がっているし、それでいてエンジンは2リットルから1.5リットルにダウンサイジングしつつ、最大熱効率40.5%という夢のエコ度を獲得!
試乗してみると、フル充電状態から80km強もEV走行する上、充電が切れてからもわずか26リットルのガソリンで500km近く走る。それもアコードPHEVよりも多くのシーンで静かなEV走行を実現。エンジンがかかるハイブリッド走行になっても、静粛性はなかなかで、冷静に現時点での出来を考えると、「世界最高レベルのPHEV!」と言ってもいい出来映えなのだ。
だが、いかんせん物足りないのはインパクトだ。前述のとおり、ホンダセダンは日本じゃ人気薄だし、先ほど走って速いと言ったけど、プレミアムEVで世界イチ売れているテスラのモデルSほどのアホみたいな速さもない。なんせアチラは量産フェラーリよりも速いのだ。
さらに決定的なのはエクステリアデザイン。臓物を前に詰め込んだFFセダンで、ボンネットを低くできないのはわかる。でも、このシロナガスクジラみたいなデザインはないでしょ? しかも基本は2年前に出たクラリティ・フューエルセルとほぼ同じデザイン。印象に残らないにも程がある。
もちろんその不利はホンダもわかっていて、ぶっちゃけクラリティ三部作はアメリカ向けだ。なかでも売れ筋のPHEVは年間販売目標が北米2万台なのに対し、日本はたったの1000台。ホンダ人気が高く、セダンが愛される国でこそ売れるクルマなのだ。
というか、クラリティが売れないのは、国の政策にも問題があって、アメリカはPHEV補助金が一台80万円以上出る。結果的に格下のアコード並みの値段で買えるのに対し、日本は20万円程度だ。これじゃ売れん。
世間的には「EVシフト」が叫ばれる昨今だが、日本ではそれほどEVは売れず、補助金も少なめ。それが現実なのよ。つくづくクルマの電動化は甘くないってこと。合掌!
●小沢コージ
1966年生まれ、神奈川県出身。青山学院大学卒業後、本田技研工業に就職。90年に自動車誌の編集者に。著書に『マクラーレンホンダが世界を制する!』(宝島社新書)など多数。TBSラジオ『週刊自動車批評』レギュラー出演中。日本&世界カー・オブ・ザ・イヤー選考委員