日産が初代リーフ発売当初から熱心に進めている「LEAF to Home」。太陽光で発電した電力をEVや家庭で使う......というのが建前だが、その背後には壮大なビジョンが隠されている 日産が初代リーフ発売当初から熱心に進めている「LEAF to Home」。太陽光で発電した電力をEVや家庭で使う......というのが建前だが、その背後には壮大なビジョンが隠されている

リーフに航続距離570km(WLTCモードで458km)という「リーフe+」が加わった。充電インフラの充実はもちろん、EVの利便性がグングン向上する今、日産が夢見るEV社会の未来像とはどんなものなのか?

そのカギを握るキーマンを訪ね、"クルマとしてだけじゃない"EVのあるべき姿に迫る!!

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■「自宅で充電しない」リーフ乗りが増えた

日産が誇る「世界で最も売れている電気自動車(EV)」のリーフに、かねてウワサになっていたハイパフォーマンスモデルがついに登場した。その名は「リーフe+」。バッテリー容量を増強、航続距離と加速性能を引き上げた「史上最強のリーフ」だ。

リーフe+最大のキモとなる新しいバッテリー容量は62kWh。これは今後も継続販売される従来型リーフ(40kWh)の実に55%増し! これによりEVで最も注目されがちな満充電航続距離は、従来型の400km(JC08モード。以下同)から一気に伸びて570kmにまで達した(WLTCモードでは458km)。

2010年末に発売された初代リーフ(の初期型)の航続距離は200kmで、それでも当時は「EVもついに200kmかよ!」なんて騒がれていたが、今やそのほぼほぼ3倍である。「隔世の感」とはまさにこういうことだ。

もっとも、この種のJC08モードのカタログ値を実際の走行で達成するのは難しい。ただ、特に意識せずとも達成できる実際の距離が、「カタログ値の7~8割」が相場だとすると、570kmの7割......で軽く400kmは走る計算になるわけだ。

「でもさ、バッテリー容量が増えて確かに航続距離は伸びても、その分だけ充電にかかる時間も長くなるだろ!?」と思う人もいるかもしれないが、それはちょっと違う。

急速充電器は安全のためもあって、バッテリーの空き容量が少なくなるほど電流を絞るようにつくられている。つまり、充電というのは満充電に近づくほど遅くなるのだ。だから、大容量バッテリーで空き容量が大きな状態であれば、同じ時間でより大量の電気を充電できる。

例えば、残量50%の状態で高出力の急速充電器による充電をした場合、同じ30分間でも、e+の62kWhバッテリーのほうが従来型40kWhより約40%も多く充電できるという。大容量バッテリーは充電も速いのだ!

リーフの国内商品企画を担当する冨井祐樹氏によると、このe+の登場以前、すなわち一昨年秋に2代目が登場した頃から、リーフのユーザー層は確実に変わり始めているという。

「おかげさまで2代目リーフは発売以来、ご好評をいただいています。国内でも発売直後の17年下期で約1万台、続く18年上期で約1万1000台を販売しました。この実績がリーフの銘柄で上期販売台数過去最高になります。

2代目リーフになってからは、『クルマはリーフ1台』『集合住宅に住んでいて自宅では充電しない』といったお客様が増えているのも大きな特徴のひとつです」(冨井氏)

もちろん、全体的には自宅で充電可能な一戸建てユーザーの比率が高く、リーフをセカンドカーとして使うユーザーもいまだに多いが、そうではないリーフ乗りが増加中なのは間違いない。その理由は「加速性能や乗り心地、静粛性など、純粋にクルマとしてEVが気持ちいい乗り物であると広く認知されてきたこともありますが、やはり航続距離の伸長によるところが大きい」と冨井氏は説明する。

■航続距離問題はつ、ついに解決!?

繰り返すが2代目リーフの航続距離はe+でなくても400km。ということは、ごく普通の走り方でも航続距離300kmくらいはカタいと考えられる。

「300kmあれば、日常の買い物などで充電をことさら気にかける必要はなくなります。その使い勝手は一般的なガソリンコンパクトカーと大きく変わりません。

また、日産のEV専用の『ゼロ・エミッションサポートプログラム2』にご加入いただければ、月額2000円(税別)で全国5860基以上の急速充電器が使い放題になります」(冨井氏)

なるほど。最大で300km以上走れるのなら、自分の生活圏にある急速充電器をいくつか把握しておけば、「何かのついで」の継ぎ足し充電だけで困らなそうだし、自宅充電なしでも月額2160円ポッキリで問題なく使えるのだ。こうしてあらためて聞くと、EVはいつの間にか、こんなに便利で安く乗れるクルマになっていた!

さらに「バッテリー残量にとらわれず一気に400km以上走れる」というリーフe+なら、EV懐疑派も「もう十分っす」と言いたくなるのではないだろうか。日産の調査でも、一日当たり400kmなら、今日本でクルマに乗っているドライバーのニーズ全体の99%以上をカバーできる計算になるという。

この種の計算で「100%」になることは理論的に永遠にないから、99%とは「実質的には100%ということでいいんじゃね?」の数字である。ということは、EVの航続距離問題はここでついに解決したのだあぁぁぁ!

■蓄電池のフル活用で発電量を一定に

......と盛り上がっていると、「EVが普及していくためには航続距離も大切ですが、EVの本当の価値はエネルギーの使い方を根本的に変えることだと思います」。

そう語るのは、日産でEVオペレーション部主担を務める林 隆介氏。林さんの部署ではどんなことをしているのか伺うと、「早い話がEVを売るために必要なことを全部やる仕事です」と話す。

「日産はクルマを造って売るのが本業ですが、EVを始めると、それ以外にもやらなければならないことがいっぱい出てきました。最もわかりやすい例でいうと、充電インフラの整備もそのひとつです。従来ならエネルギー供給は石油メーカーさんに任せていましたが、EVでは何もしないと誰も充電器を造ってくれません(笑)」

そんな日産が早くから力を入れているのが「LEAF to Home」だ。一般的には「V2H」の略称で呼ばれている。これは「Vehicle to Home」の頭文字を取った言葉で、つまりは「EVと家をつないで、EVのバッテリーを最大限に活用しよう」という取り組みである。

電力供給というのは実は非常に巨大な仕組みであると同時に繊細である。現在の電力供給インフラでは基本的に電気の貯蔵はできないので、太陽光や風力発電などの発電量の不安定な再生可能エネルギーは使いにくい。

また、発電量はできるだけ一定にするのが望ましいが、実際の電力需要は季節や天候、大型連休や年末年始などで乱高下する。電力会社は上下する需要にピタリと合わせて発電しなければならず、しかも、ホンのわずかでも需要に対する供給が不足してしまうと、一瞬にして大規模な停電を引き起こしてしまうのだ。

そのため、今後の再生可能エネルギーの活用や効率的な電力供給のために不可欠なのが蓄電池(=バッテリー)である。

バッテリーに電気を貯蔵することができれば、昼間に太陽光発電した電気を夜に使うこともできる。いや、もっと大きなスケールで言うと、日本中の電力を貯蔵できる巨大バッテリーがあれば、電力会社の供給能力もわざわざ真夏のピークに合わせる必要はない。年間を通してジワジワと一定量を発電して、ピーク時のための電力はためておけばいいのだ。

現在、世に出ているバッテリーの中では、実はリーフを筆頭とするEV用のバッテリーが最も高性能......とはよくいわれるところである。

「どんな性能を必要とするかによっても変わりますが、EVではエネルギー密度(体積当たりの容量)が重視されるので、その面ではトップクラスと言ってもいいです」(林氏)

まさに無敵の蓄電池。一説によると初代リーフ初期型の24kWhバッテリーでも、4人家族が住む一般的な一戸建てが使う2日分の電力を貯蔵できるという。最新のリーフe+であればその3倍。2日間なら3戸分。自分んちだけで使うなら約1週間分(!)である。

新しいリーフe+ の62kWhバッテリーは現時点で世界最高峰の蓄電池。標準の40kWh型より厚いが、実際の室内空間やデザインを犠牲にしていない 新しいリーフe+ の62kWhバッテリーは現時点で世界最高峰の蓄電池。標準の40kWh型より厚いが、実際の室内空間やデザインを犠牲にしていない

■電気を預けるとお金がもらえる社会に!?

日産は初代リーフを発売した直後から「V2H」に力を入れているのも興味深い。

「V2Hのアイデアはリーフの開発中からありました。ただ、当初のロードマップとしては、EVが一定以上普及してから二次的にやるべきものだと考えていたのです。きっかけは東日本大震災でした」(林氏)

東日本大震災が起こったのは2011年3月11日。初代リーフの国内発売がその前年の10年12月である。

「被災地でガソリンが不足してガソリンスタンドに長蛇の列ができていたときに、電気の復旧が先行して『EVなら動けるのに』という状況がそこかしこに発生しました。そこで全国にあったリーフをかき集めて......といっても、当時はまだ生産開始したばかりで計66台ほどでしたが、それを被災地の医療施設や避難所などに送りました。

うれしいことにリーフは大活躍してくれましたが、現地で『EVの電気を暖房その他の用途に使えないのか』という声を多くいただきました。それこそまさにV2H。そこで将来技術として計画していたV2Hを前倒しで開発することにしました」(林氏)

「自分たちで売っているものは自分の家でも使うのがモットー」という林氏は、自宅駐車場にリーフを置いて、住宅屋根には太陽光パネルを設置している。まさに典型的な「Vehicle to Home」なお宅で、実際のところ年間を通して、電力会社から買う電気代はかなり下がっているという。

「今のところ余った電気は電力会社に買い取ってもらうことができます。日照時間が短い時期に少しだけ電気を買うこともありますが、うまく使えば完全自給自足もできます。誤解を恐れずに言えば、節電する必要もなくなりました。家の大きさにもよりますが、屋根いっぱいに太陽光パネルを設置すると1軒では使いきれないくらいに発電できる場合もありますので、そういう状況ではガンガン使わないと無駄になるんです」(林氏)

さらに林氏が続ける。

「V2Hの使用例で、家中のエアコンを一年中つけっぱなしにしているというお宅もあります。極端な話、それだけ電気が余るということです。ただそうやって家中の空調をくまなく管理できれば、高齢者が冬のお風呂場でヒートショックで亡くなるような例も減るのではないでしょうか」

EVの高性能バッテリーを軸にエネルギーを効率的に使うのがV2H。V2Hなら停電があっても普段の生活がそのまま続けられる。決して望ましいことではないが、自然災害があった後にリーフやLEAF to Homeの注目度が上がって、販売が上向くのは事実らしい EVの高性能バッテリーを軸にエネルギーを効率的に使うのがV2H。V2Hなら停電があっても普段の生活がそのまま続けられる。決して望ましいことではないが、自然災害があった後にリーフやLEAF to Homeの注目度が上がって、販売が上向くのは事実らしい

なるほど、目からウロコだ。リーフと太陽光パネルがあればエネルギーの自給自足も夢ではないが、視点を逆にして、例えば町にあるすべてのEVを「V2H」でつないでネットワーク化すれば、町を「ひとつの巨大バッテリー」にすることも夢ではない......というか、それこそが「EVのある社会」が目指す理想的な姿だという。

「日産もそこに大きなビジネスチャンスがあると考えています。電力会社はできるだけ発電量を一定にしたいので、需要が少ないときにはEVユーザーに『電気を預かってもらう』、そして需要ピーク時には各地のEVから『電気を返してもらう』。そんなシステムができないか考えています」(林氏)

将来、もし「一家に1台EV」社会が実現すればV2Hで電気代がタダになるどころか、電気を自宅のEVで一時的に預かることで、電力会社からお金がもらえる......なんてビジネスモデルが可能かもしれない! いやはや、EVってスゲーな。

このように日産が描く壮大なEV社会の未来像を聞くと、リーフの航続距離がどうした......なんてことは些末(さまつな)問題(?)に思えちゃったりもする。EVというのは"ただのクルマ"じゃないのだ。 

●冨井祐樹(とみい・ゆうき) 
日産自動車 日本戦略企画本部 日本商品企画部 リージョナル プロダクトマネージャー。リーフの国内戦略をまとめる冨井氏は「e+は570㎞という航続距離が注目されていますが、モーターの出力トルクもアップして、そのパワフルな走りは誰が乗っても驚くほど」と語る

●林 隆介(はやし・りゅうすけ) 
日産自動車 グローバルEV本部 EVオペレーション部 主担。EVは単独で走るだけでは半分の価値しかない? 林氏が属する「EVオペレーション部」とはEVをさらに普及させて、EVを使ったあらゆる可能性を模索する日産EV戦略の頭脳なのだ