ID.3の生産は、今年の年末にドイツ・ザクセン州のツヴィッカウ工場でスタート。欧州市場で2020年4月にデリバリー開始となる ID.3の生産は、今年の年末にドイツ・ザクセン州のツヴィッカウ工場でスタート。欧州市場で2020年4月にデリバリー開始となる

独VW(フォルクスワーゲン)が新型ピュアEV(電気自動車)をぶっ込んできた。しかも、先行予約車3万台の半分がたった6日で売れたというからスゴい。いったいどんなクルマ? ということで、専門家・竹花寿実(たけはな・としみ)氏に解説してもらったぜ!

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■人気びんびんで、予約は完売確実!?

5月8日、VWが新型EV「ID.」ファミリーの第1弾となる「ID.3」の事前予約をヨーロッパ29ヵ国で開始した。

ID.ファミリーは2016年にパリ・モーターショーで最初のプロトタイプ「I.D.」がお披露目され、その後、市販予定のコンセプトカーだけでもクロスオーバービークルの「I.D.CROZZ」やミニバンタイプの「I.D.BUZZ」、セダンタイプの「I.D.VIZZION」、3列シートSUVの「ID.ROOMZZ」などが公開されている。

今回のID.3は、2016年にパリで公開されたI.D.の市販バージョンで、全長4250mm、全幅1800mm、全高1580mmのコンパクト・ハッチバックだ。

サイズ的にはちょうど現行ゴルフくらいだが、内燃エンジンを搭載しないためパッケージ効率が高く、はるかに広々としたパッセンジャースペースを実現しているという。

ちなみに「ID.3」という車名には、「ビートルとゴルフに続く、ブランドの歴史における戦略的に非常に重要な3番目の時代を開くモデル」という意味が込められている。

ID.3には「レベル3」の自動運転機能が搭載されており、アップデートにより使用可能になるという ID.3には「レベル3」の自動運転機能が搭載されており、アップデートにより使用可能になるという

VWは、2025年にVWブランドだけでEVを年間100万台販売し、グループ全体では世界販売台数の4分の1に当たる300万台をEVとすることを目標にしている。今回のID.3は、このVWの壮大な計画に向けた、極めて重要なモデルなのだ。

そんなID.3は、VWグループの次世代EV専用プラットフォームであるMEBを用いた初のモデルである。45kWh、58kWh、77kWhの3種類のバッテリーサイズが用意され、航続距離はWLTPモードでそれぞれ330km、420km、550kmとなる。ベーシックな45kWh仕様は、3万ユーロ(約370万円)以下の値札がつく予定だ。

今回事前予約がスタートしたのは、3万台限定の特別仕様車、ID.3 1stのみ。価格は4万ユーロ(約490万円)弱からで、ボイスコントロール機能やナビゲーションシステムなどを装備した標準モデルのほか、運転支援システム「IQ.Light」やツートーンの内外装が標準のID.3 1st Plus、そして大型パノラマガラスルーフやAR(拡張現実)テクノロジーを採用したヘッドアップディスプレイなどを装備したID.3 1st Maxの3タイプから選択可能。

予約の際には、1000ユーロ(約12万円)のデポジットが必要となる。9月のフランクフルト・モーターショー開催直後から事前予約者による注文が開始となり、3タイプの中からひとつを選択して注文が確定する。ただし、ドイツの場合は2020年4月に予約確定となる。これ以前であれば、キャンセルすればデポジットは返金される。

5月に開かれた株主総会でVWのヘルベルト・ディースCEOは「電池はEVのカギを握る。VWは電池セルの生産にも歩を進める」と宣言 5月に開かれた株主総会でVWのヘルベルト・ディースCEOは「電池はEVのカギを握る。VWは電池セルの生産にも歩を進める」と宣言

5月8日に専用ウェブサイトのみでスタートした事前予約は、わずか24時間後に1万台を超え、6日後の5月14日には、販売台数3万台の半数以上となる1万5000台を突破。この記事が出る頃には完売しそうな勢いである(残念ながら日本からは予約できないが)。

しかし、これほど人気が出るとは正直驚きである。VWはノルウェーやドイツ、オランダ、フランス、イギリス、オーストリアをID.3の最も重要な市場に挙げているが、ノルウェーは、すでにEVとPHEV(プラグインハイブリット)の割合が4割近くに達している一方で、政府からの購入補助金や無料充電スポットの終了を受けて、電動車の人気が急激に落ちている。

また欧州最大の自動車市場であるドイツも、1台当たり4000ユーロ(約49万円)のEV購入補助金のおかげで、以前よりはEVの販売が伸びているが、わずか1%(2018年)にすぎない。

しかし、ドイツではにわかにEV人気が高まりつつある。ドイツでは社有車を社員に使わせるカンパニーカー制度が広く普及しているが、これまでは新車価格の1%が個人の収入に毎月加算されて所得税が計算されていた。

しかし今年1月に施行された新しい優遇税制では、ピュアEVまたは40kmEV走行が可能なPHEVに限り、これが2021年末まで0.5%に引き下げられた。さらに、2020年末までは自動車税が免除され、その後も半額に減額されるのだ。

税金が高いドイツでこの優遇税制のメリットは大きい。これを受けてドイツでは、大企業がアウディe‐tronを大量購入する動きが出始めている。ID.3 1stも、同様に税制面で優遇される上、購入初年度に限り最大2000kWhの無料充電サービスも受けられるので、カンパニーカーとしてはもちろん、プライベートで購入してもうまみがある、というワケ。

VWはEVに本気だ。5月14日にベルリンで開催された株主総会においてヘルベルト・ディースCEOは、EV用バッテリーの自社生産に10億ユーロ(約1225億円)を投資し、本社があるヴォルフスブルクに程近いザルツギッターで2022~23年に生産開始すると公言した。

充電ステーションについても、「IONITY(イオニティ/ドイツの自動車メーカーが共同設立した急速充電ネットワーク企業)」と共に、高速道路沿い120kmごとに400の充電ステーションを設置し、2025年までにはさらに3500の充電施設を整えるという。

また今年1月には、電力プロバイダー子会社の「Elli(エリ)」を設立。2020年までにスマートグリッドを活用して100%CO2フリー電力を用いた9000ヵ所以上の充電施設を設置するというから、数年後には、少なくともヨーロッパでEVが実用的な移動手段になりえるかもしれない。

VWは、ID.ファミリーを年間10万台販売する計画だが、EVの民主化を牽引(けんいん)できるのか? そして日本での販売は? 今後に注目だ!

●竹花寿実(たけはな・としみ) 
1973年生まれ。東京造形大学デザイン学科卒業。自動車雑誌や自動車情報サイトのスタッフを経てドイツへ渡る。昨年まで8年間、ドイツ語を駆使して、現地で自動車ジャーナリストとして活躍。欧州車のスペシャリスト