3月の新車販売台数トップもN‐BOXだったが、一方で、広い室内空間や先進安全装備がブッ込まれた魅力的な新型軽自動車が続々デビュー。王者を倒すクルマはあるのか、カーライフ・ジャーナリストの渡辺陽一郎が濃厚解説する。
■なぜN-BOXは爆売れしているのか?
――軽自動車の売れ行きが絶好調で、昨年は新車として売られたクルマの37%を占めました。しかも販売ランキングの上位4車も、すべて軽自動車。特にN-BOXは国内販売のぶっちぎりトップです!
渡辺 つけ加えると、今年1月、2月、そして3月の新車販売もトップでした。
――なぜN-BOXはこんなに強いんですか。
渡辺 基本的にN-BOX人気は2011年12月に発売された初代から続いていて、2代目の現行型と同様、全高が1700㎜を上回る水平基調の背の高いボディを備え、後席のドアはスライド式でした。
エンジンや補機類を縦長に配置してボンネットは短く、燃料タンクは前席の下に搭載して車内がとても広かった。現行型も初代の特徴を受け継ぎ、後席と荷室容量は軽乗用車では最大です。
――やはりN-BOXの人気を支えているのは、車内の広さ?
渡辺 初代N-BOXの車内を初めて見た人は、誰もがその広さに驚きました。後席や荷室をほとんど使わない人も、そこに圧倒されて購入しています。軽自動車の安い価格と税金で、小型車と同じ広さが得られる。これはお買い得じゃないかと。
――ほうほう。
渡辺 ただ、N-BOXの販売は常に好調でしたが、小型や普通車まで含めた国内販売の総合1位になれたのは17年以降なんです。初代発売の翌年の12年、当時新型になったミライース(従来型ミラを含む)に軽自動車の販売1位を奪われています。
――あ、そうだったんスか!
渡辺 その後、13年は軽自動車の1位でしたが、14年は新型になった先代タントが1位でした。15年と16年は軽自動車の1位でしたが、総合1位になれたのは17年。そのまま18年と19年も総合1位をキープしています。
――16年までのN-BOX人気は絶対的ではなかったと。
渡辺 ええ。一般的にクルマの販売台数は発売直後が最も多く、その後は下がります。それは目新しさや先進性が薄れるからです。ところがN-BOXは、12年は21万台、13年は23万5000台と売れ行きを伸ばし続けた。
14~16年は18万5000台前後でしたがそれ以上の下降はせず、17年に現行型に一新されると22万台に増えました。そして18年は24万台、19年は25万台と増えています。
――年を重ねるごとに売れ行きを伸ばしたと。
渡辺 そう。ココが、絶対王者になるクルマの特徴です。新しさとか先進性ではなく、街中で多く見かけることで生まれるなじみやすさや信頼性で、共感できるユーザーを地道に増やしていく。
この過程で得た人気は強固なので、勢いがつくともう止まりません。だから19年は、販売1位のN-BOXが25万台、2位のタントは17万5000台と大差がついた。
――今やN-BOXはホンダの救世主?
渡辺 そうとも言い切れません。実はN-BOXが絶対王者になり、ホンダに弊害も生じているからです。
――弊害?
渡辺 N-BOXが売れ行きを伸ばした背景には、フィット、フリード、ステップワゴンなどのユーザーがN-BOXに乗り替えた事情もあるからです。つまり最近のホンダの小型車や普通車は、N-BOXにユーザーを奪われて売れ行きを下げている。
19年に国内で売られたホンダ車のうち、N-BOXが35%を占めました。軽自動車全体となれば、国内で売られるホンダ車の50%です。そのため09年には日本国内でホンダの小型と普通車が46万台登録されたのに、19年は36万台まで減りました。ホンダの小型と普通車の需要は、N-BOXに食われた。コレが問題です。何が問題だと思います?
――軽は薄利多売だから?
渡辺 そうです。小型車や普通車に比べると、1台当たりの粗利が少額で儲かりません。従ってホンダのユーザーが小型車や普通車からN-BOXへ乗り替えるのは、実は困ることです。ホンダのセールスマンによると、販売会社から「軽自動車をこれ以上積極的に売るな」と言われているらしい。
■令和の絶対王者を倒す軽はどれだ!?
――一方で今年は、ハスラー、ルークス、eKスペースなど、新型の軽自動車も続々登場しています。これらのなかに、N-BOXの牙城を崩せる軽自動車はあるんスかね?
渡辺 いくら渾身(こんしん)の開発を行なっても、当分の間、販売台数でN-BOXを抜くことは不可能です。N-BOXは12年以降、絶大な人気と膨大な顧客を手に入れ、従来型から新型に乗り替える需要も多い。この流れは当分止まりません。しかし、販売台数ではなく商品力なら話は変わります。
――というと?
渡辺 N-BOXの直接的なライバル車は、全高が1700㎜を超えるスライドドアを備えたスーパーハイトワゴン。タント、スペーシア、ルークスとその姉妹車になるeKスペース&eKクロス スペースなどが該当しますが、各車がN-BOXに勝っている点はあります。
――具体的には?
渡辺 例えばタントと比べると、N-BOXの後席は柔軟性が乏しく、座り心地が劣ります。また、運転するとステアリング操作に対して車両の動きが鈍い。さらにタントは、左側のセンターピラー(柱)をドアに埋め込み、前後ともに開けば開口幅が1490㎜に達し、子供を抱えて乗るときなどに便利ですが、N-BOXにこの機能はありません。
――なるほど。
渡辺 また、車間距離を自動調節できるクルーズコントロールは、タント、ルークス、eKスペースは全車速追従型ですが、N-BOXは時速25キロを下回ると自動解除され、停車状態までは追従できない。
さらにルークスとeKスペースは衝突被害軽減ブレーキも進化して、2台先を走る車両の動きも検知します。これらの安全装備でもN-BOXは見劣りしますね。
――となると、ライバル車がN-BOXに勝てる機能も多い?
渡辺 軽自動車は競争が激しく、開発は常にライバル車を意識して行なわれます。そうなると17年に発売されたN-BOXよりも19年登場のタント、さらに20年登場のルークス&eKスペースのほうが有利になってくる。
――ちなみに、各車のお買い得グレードってあります?
渡辺 機能の割に価格が割安なのは、N-BOXのG・Lホンダセンシング、タントX、ルークスX、スペーシアハイブリッドXですが、お買い得なグレードは、だいたい149万~155万円あたりに集中しています。この価格帯でライバル同士を比較検討すると、合理的に購入できます。
■ホンダのライバルはホンダだった!?
――ほかに王者を倒せる軽ってありませんか。
渡辺 N-BOXやタントは、全高が1700㎜を超えるスライドドアを備えたスーパーハイトワゴンで、軽のなかで占める販売比率は約50%です。このほかN-WGN(ワゴン)、ハスラー、ワゴンRなど、全高が1600~1700㎜で後席側のドアが横開き式になるハイトワゴンもあります。こちらの販売比率は約35%です。
――ハイトワゴンとN-BOXを比べると?
渡辺 ハイトワゴンは、スーパーハイトワゴンに比べて全高は前後100㎜低く、居住空間と荷室が少し狭い。後席を畳んで自転車などを積む際は不利です。スライドドアもありません。
その代わりハイトワゴンは車両重量が60㎏前後軽く、重心も下がるため、動力性能や安定性、さらに燃費の面では有利となります。また、価格も電動スライドドアなどがつかないために約15万円ほど安い。
――ハイトワゴンで推しの車種は?
渡辺 N-BOXとエンジンやプラットフォームを共通化したN-WGNは、発売が19年なので進化が見られ、クルーズコントロールは全車速追従型です。後席の頭上と足元空間はN-BOXが広いですが、座り心地はN-WGNのほうが柔軟で快適。シートアレンジは単純ですが、後席の下にワイドなトレイが備わり、ボディの軽いハイトワゴンだから走りと燃費もいい。
――ほかには?
渡辺 ハスラーは車内の広さやシートアレンジなどの実用性はワゴンRと同じですが、外観がSUV風で最低地上高も180㎜だから悪路の走破に加えて、駐車場と車道の段差が大きな場所でも下回りを擦りにくい。ターボ車には全車速追従型クルーズコントロールを用意しています。
――最後にズバリ聞きます。これまで挙げた軽のなかで、N-BOXに勝てる車種は?
渡辺 販売台数でN-BOXをすぐに抜くのは困難ですが、商品力は今の軽自動車でいうとN-WGNが最高です。クルーズコントロールは全車速追従型なのに価格は割安です。
――スーパーハイトワゴンではもはやライバル不在?
渡辺 いやいや、注目はタントです。操舵(そうだ)感、後席の座り心地、運転支援機能などが優れ、商品力はN-BOXと同等かそれ以上です。そしてスペーシアギアやハスラーにはN-BOXとは異なるSUVの付加価値がある。軽自動車は日本のユーザーの生活を見据えて開発され、競争も厳しく、今、商品力の高い個性的な車種がそろっています。
●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフ・ジャーナリスト。1961年生まれ、神奈川県出身。神奈川大学卒業。『月刊くるま選び』の編集長を約10年務めた後、フリーランスに。著書に『運転事故の定石』(講談社)など。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員