数年前は数えるほどしかなかった国産MT車の新車が、いつの間にか増殖している。特にトヨタとマツダはラインナップが大幅に増えているのだ。いったいなぜ? そして気になるお値打ち車は? カーライフ・ジャーナリストの渡辺陽一郎が解説する。
■なぜMT車が増え始めたのか?
――最近発売されたヤリスやカローラシリーズには、MTが用意されています。AT全盛の今、なぜMTが?
渡辺 現在、新車として売られる乗用車のうち、ATが約98%を占めています。90年代にAT限定免許も設けられ、MTを運転できないドライバーも増えました。そのためAT専用車も多く、19年の販売ランキングで上位に入ったN-BOX、タント、スペーシア、プリウスなどは、MTを選べません。
――確かに、たくさん売れる車種にはAT専用車が多い。
渡辺 そこにMTを好むユーザーの不満があります。運転免許統計によると、19年に第1種普通運転免許を取得した人のうちAT限定の比率は67%でしたが、逆に言えば33%の人たちは、MTも運転できる免許を選んでいる。この中にはMT車に興味のある人もいるはずです。
――しかし、MTの販売比率はたった2%です。
渡辺 MTとATの販売比率を振り返ると、80年代中盤までは半々でしたが、90年代からはMTを選べる車種が急速に減りました。その結果、MTを好むユーザーは不満がたまった。
――それに気づいたメーカーが搭載車を増やしたと?
渡辺 MTが増えた理由はさまざまです。商品開発の行き詰まりもあります。要はMTを用意してクルマ好きの客の反応を見ているわけです。
――反応を見るとは?
渡辺 シフトレバーとクラッチを操作するMTは、運転する実感が強い。だからMTを用意すれば「このクルマはMTでスポーティな運転を楽しめるほど走行性能が高いです」という販売促進のアピールにもなる。
――なるほど。ほかには?
渡辺 これは開発者のコメントだから差し引いて考える必要はありますが、新型車が出ると「開発メンバーの多くがMTの設定を希望したから用意しました」とよく話す。「MTの出来がいいから、試してみてください!」と提案している感じです。
――実際、MT搭載車の販売比率はどんな感じスか?
渡辺 車種による差が大きいです。スポーツカーのロードスターは、ソフトトップになるとMT比率が70%以上です。S660も68%に達します。逆にコンパクトカーのヤリスは2%と低い。
SUVのC-HRは、ハイブリッドと4WDはATのみなので、MTを選べるのは1.2Lターボの2WDだけですが、それでもMT比率は全体の10%に上ります。
――MT比率が最も高いのは、運転の楽しさを重視するスポーツカーということはわかりますが、SUVのC-HRは意外です。
渡辺 SUVのボディを見ると、上側はワゴンやハッチバックに準じた形状で、居住性や積載性が優れています。一方でボディの下側は、ワイドに張り出したフェンダーや大径タイヤによって強い存在感をもつ。
つまりSUVが人気を高めた理由は実用性とカッコよさの両立にあり、そしてユーザーは中年層のクルマ好きが多いんですね。彼らは80年代から90年代にはトヨタ・カローラレビン&スプリンタートレノ、日産シルビアなどのスポーツカーでMTに親しみ、その後の子育て期にはミニバンを愛用し、子離れした後はSUVに乗るというパターンがかなりある。
――子育てを終えてもスポーツカーには戻らないんですかね?
渡辺 戻るユーザーもいますが、子育て中に一度、天井の高いミニバンに慣れると、スポーツカーやセダンは窮屈に感じちゃう。また、子育てを終えたユーザーの年齢は、40代後半から50代なので若くありません。
だから程よく大人っぽくて、遊び心も感じられるSUVが選ばれる。そういう背景があるため、クルマ好きの多いSUVではMT比率も上昇傾向なんです。
――なるほど!
渡辺 実際、コンパクトSUVのトヨタ・ライズが好調に売れていますが、開発者も「現在、ライズにMTはないんですが、モーターショーに出品したときは、お客さまからMTを選べないのかという質問を多く受けました」と話していました。
■今買って損ナシ! 国産MT車7台
――では今、国産MTを選ぶならどこがポイントに?
渡辺 MTの魅力のひとつに、エンジンパワーを出し切る楽しさがあります。例えば高回転域を保ちながら峠道などを走るにはMTが最適です。その場合は排気量の小さな軽いクルマが好ましいですね。高性能エンジンでは、性能を出し切ると法定速度を簡単に超えてしまいますから。
――ほかには?
渡辺 スポーツカーを選ぶならMTを推奨します。中古車市場においてはスポーツカーはMTのほうが高値で売れることも。リセールバリューの高いクルマなら、数年後の下取りも高くなる。
――ということで、今買うべき7台を独断で選んでもらいました。ズバリ、1位は?
渡辺 最も楽しいのはアルト ワークスでしょう。軽自動車のアルトに、専用のチューニングを施したターボエンジンとサスペンションを搭載しています。5速MTで2WDの車両重量は670㎏と軽く、機敏な走りが特徴です。
軽自動車のサイズなら、道幅の狭いカーブでも理想的な走行ラインを取りやすく、日常的な移動のなかでスポーツ走行の気分を味わえます。アルト ワークスも、ベースのアルトと同じく合理的です。
――続いて2位は?
渡辺 軽量スポーツカーの代表となるロードスターです。ソフトトップは、パワーを出し切った走りを楽しめるように、エンジン排気量を1.5Lに抑えました。
グレードはスポーティなRSが人気ですが、89年に発売された初代ロードスターを知っている人には、価格が安いSの6速MTも試乗してほしい。後輪側のスタビライザーがない。後輪を徐々に横滑りさせていく運転感覚が初代ロードスターに似ています。マツダのいう「人馬一体」の神髄です。
――3位はなんですか?
渡辺 安全装備などが充実した設計の新しいMTなら、新型のヤリス1.5Zです。従来型のヴィッツに比べると、プラットフォームを刷新してボディ剛性も高まり、走りの質が向上しました。後輪をしっかり接地させて安定性を高めた上で、軽快によく曲がり、安心感と楽しさを両立!
――4位はジムニー!
渡辺 オフロードSUVのジムニーにも5速MTがあります。ジムニーの運転感覚は、野性的で素朴さもあり、自分でギヤを選んで駆動力をつなげるMTのアナログ感覚がピッタリです。
――そして5位はホンダ!
渡辺 S660はジムニーと同じ軽自動車ですが、エンジンをボディの中央に搭載する2シーターのミッドシップスポーツカーです。これも6速MTとの相性が抜群。ジムニーとS660は、MTが似合う個性的な軽自動車の双璧です。
――駆け足でいきましょう。6位はまたもスズキ!
渡辺 スイフトでは1.4Lターボのスポーツが有名ですが、パワーを出し切るなら1.2LノーマルエンジンのRSを推奨します。5速MTのギヤ比は峠道に最適で、欧州仕様に準じた足回りは、軽いボディと相まって安定性も良好です。エアロパーツなどを備えて170万円少々の価格も魅力です。
――7位はC―HRで、次点はマツダ2!
渡辺 先ほど詳しく話したC-HRは1.2Lターボで、マツダ2はクリーンディーゼルターボ。どちらも力強いです。マツダ2のディーゼルはエンジン回転を高めず、駆動力に余裕のある低回転域を保ちながらMTを駆使してシフトアップを続けると、独特の楽しさが味わえます。
――MTはエンジン次第で運転の仕方や楽しさも変わると。
渡辺 ええ。マツダはMTの運転が脳などの老化防止につながると考えて研究を進めている。そういう意味でMTは新しい可能性も秘めています。
●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
1961年生まれ、神奈川県出身。神奈川大学卒業。『月刊くるま選び』の編集長を約10年務めた後、フリーランスに。著書に『運転事故の定石』(講談社)など。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員