GMは、医療機器メーカーのベンテック・ライフ・システムズ社の重症患者用人工呼吸器を製造する GMは、医療機器メーカーのベンテック・ライフ・システムズ社の重症患者用人工呼吸器を製造する

新型コロナウイルスの感染患者激増により医療現場で物資不足が深刻化する欧米では、自動車業界がその高い技術力を駆使してガッツリ支援している。ジャーナリストの竹花寿実(たけはな・としみ)が解説する。

■新型コロナと戦う世界の自動車メーカー

――新型コロナの感染拡大の影響で、各国の自動車メーカーが医療分野にかなり貢献しているらしいスね。

竹花 そうなんです。日本でも各社が感染者の搬送車両を自治体に提供したりしていますが、欧米のメーカーは車両提供以外にも、さまざまな貢献をしています。

――例えば?

竹花 世界最悪の事態に陥っているアメリカでは、GM(ゼネラル・モーターズ)が「国防生産法」に基づいて3万台の人工呼吸器の生産を"命令"されました。生産は4月中旬にスタートし、6月末までに約半数を、8月末までにすべてを生産する予定です。

また、フォードは人工呼吸器や電動の空気清浄マスクを生産しているほか、テントや衛生設備、バッテリー、Wi-Fi設備を搭載したPCR検査車両を地元自治体に提供しています。FCAも、中国の工場で月に100万枚のマスクを生産して北米の医療機関へ供給しているほか、人工呼吸器の増産サポートなどを行なっています。

GMの人工呼吸器の生産には1000人以上の従業員があたり、8月末までに3万台を納入する計画だ GMの人工呼吸器の生産には1000人以上の従業員があたり、8月末までに3万台を納入する計画だ
フォードもGEおよび米エアロン社と協力し、100日間で5万台の人工呼吸器を生産する予定 フォードもGEおよび米エアロン社と協力し、100日間で5万台の人工呼吸器を生産する予定

――ヨーロッパはどうです?

竹花 ドイツでは、メルセデス・ベンツが医療機器の製造に必要なさまざまな部品を、VW(フォルクス・ワーゲン)グループもフェイスシールドを生産しています。

VWグループのなかでもポルシェは、独自にプロジェクトマネジャーとITスペシャリストを、地元のバーデン=ヴュルテンベルク州とライプツィヒ工場があるザクセン州の危機管理チームに送り込んで、コロナ対策の現場をサポートしています。

VWグループは、3Dプリンター技術を生かして医療従事者のためのフェイスシールドを生産 VWグループは、3Dプリンター技術を生かして医療従事者のためのフェイスシールドを生産

――へぇー!

竹花 さすがはモータースポーツでも抜群のマネジメント能力を見せる頭脳集団といったところです。VWグループはさらに、中国とのネットワークを活用して、医療用品を大量に買いつけてドイツへ輸送しています。

そのほかのドイツメーカーも、医療機関への多額の寄付金や車両提供、医療用マスクや防護服、人工呼吸器などを寄付していますよ。

――そのほかのヨーロッパ各国はどんな感じで?

竹花 甚大な被害となっているイタリアでは、フェラーリが人工呼吸器用のバルブと防護マスクを各地の医療機関に提供しています。また、ランボルギーニはマスクやフェイスシールド、さらに人工呼吸器メーカーの製造も支援しています。

フェラーリがマラネロ工場で生産する人工呼吸器用のバルブ。跳ね馬のマークが入っている フェラーリがマラネロ工場で生産する人工呼吸器用のバルブ。跳ね馬のマークが入っている

ランボルギーニは、サンタアガタの内装工場でサージカルマスクを一日1000枚生産している ランボルギーニは、サンタアガタの内装工場でサージカルマスクを一日1000枚生産している
――フランスやイギリスは?

竹花 フランスではPSAが、車両提供に加えてフェイスシールドの部品を生産。ルノーもフェイスシールドの生産に加えて、国内の医療従事者のために1300台もの車両を提供しています。イギリスのジャガー・ランドローバーも、フェイスシールドのバイザーを生産しています。

――なぜ自動車メーカーは短期間にいろいろ作れる?

竹花 GMやフォードの人工呼吸器は、生産設備を活用して、すでにある医療メーカーの製品を作っているのですが、ヨーロッパのメーカーが作っているフェイスシールドやバルブなどは、各メーカーの3Dプリンター技術が生かされています。

自動車の開発は近年、「MBD(モデル・ベース開発)」と呼ばれる、コンピューター上でほぼすべて完結する手法が主流になっていて、3Dプリンターが大活躍しています。今回はコロナ禍で開発も生産もストップしてしまったので、この技術とリソースを医療製品の生産に活用しているというワケなんです。

――なるほど。

竹花 つまり大きな装置の開発には時間がかかりますが、部品単位の開発はとても速い。そして、これが際立っているのはF1業界です。

――F1が?

竹花 そうです。F1はすべてのパーツが一品モノで、毎週末ごとの進化が求められるので、開発から生産までのスピードがメチャクチャ速い。しかも製造クオリティもピカイチです。

そこで7つのF1チームが拠点を構えるイギリスでは、政府の要請で7チームが協力して「プロジェクト・ピットレーン」という支援活動を行なっています。すでに人工呼吸器を1万台以上受注して製造に取り組んでいます。

――ほかのF1チームはどんな支援をしている?

竹花 メルセデスAMGはCPAP(シーパップ/経鼻的持続陽圧呼吸補助装置)という呼吸支援器具を生産して、イギリスのNHS(国民保健サービス)に供給しています。

さらにレッドブルとルノーは、ライバル関係であるにもかかわらず「BlueSky」というプロジェクトの下で、双方のエンジニアが協力して低コストなポータブル人工呼吸器をわずか3週間で開発しました。

ただ、NHSが特定のタイプの人工呼吸器を要求したため、残念ながら現時点ではお蔵入りになっていますが。

メルセデスAMGが生産する呼吸補助装置「CPAP」は、設計図と仕様書がすぐに公開された メルセデスAMGが生産する呼吸補助装置「CPAP」は、設計図と仕様書がすぐに公開された

――メーカーだけではなく部品業者でもありそう。

竹花 ええ。ドイツの自動車サプライヤー大手のボッシュは、同社のヘルスケア部門が手がける分子分析器「Vivaly tic」の技術を用いて、2時間半以内に結果が得られる高速PCR検査装置を6週間で開発しました。

――マジか!

竹花 サンプル採取は医療関係者が行ないますが、試薬が入ったカートリッジにサンプルを入れて装置に挿入するだけと、操作も簡単。すでに現場に投入済みです。

――まさにドイツの底力!

竹花 ドイツに限らずヨーロッパは今、自動車産業全体で一丸となって新型コロナと戦っています。

ボッシュが6週間で開発した高速PCR検査装置は、2時間半以内で結果が得られる優れものだ ボッシュが6週間で開発した高速PCR検査装置は、2時間半以内で結果が得られる優れものだ

写真協力/ゼネラルモーターズ・ジャパン フォード フォルクスワーゲン フェラーリ・ジャパン アウトモビリ・ランボルギーニ・ジャパン メルセデスAMG F1 Team ボッシュ