昨年9月、日産のプレミアムブランド「インフィニティ」は、3列シートを持つ新型SUV「QX60モノグラフ」を日本で発表して話題に

昨年、日産ファンが狂喜乱舞した新型インフィニティの発表。しかし、残念ながら日本導入の予定はないという。こんなにカッコいいクルマをどうして売らないのか? 自動車ジャーナリスト・渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)が解説する。

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■日産がインフィニティを国内で発表するワケ

――日産の上級ブランドとして北米で人気の高いインフィニティですが、昨年、日本でも「QX60モノグラフ」「QX55」を立て続けに発表してファンをたぎらせました。

渡辺 インフィニティは海外でSUVのQXシリーズを展開しています。QX55は全長を約4.7mに抑えた比較的コンパクトな車種で、QX60モノグラフはミドルサイズSUVで、その後継モデルを披露したわけです。

――海外で販売するインフィニティをわざわざ日本で発表した日産の意図というか狙いはどこにあるんスかね?

渡辺 実は昨年、日産はインフィニティブランドの本社機能を香港から横浜に移したんです。これに伴い横浜の日産本社ギャラリーにもインフィニティラウンジがオープンして、情報を発信することになった。従来インフィニティのプロトタイプモデルの発表などは海外で行なっていたんですが、今後は国内でも発信するようです。

昨年11月にワールドプレミアされた新型SUVクーペのインフィニティ「QX55」。まるでクーペのような美しいルーフラインが特徴だ

室内で目を引くのは、上側8インチ、下側7インチの高解像度モニター

――日本でインフィニティを販売する話はありませんか。

渡辺 日産本社にインフィニティラウンジが用意され、報道発表も活発になると、「日本国内でもブランドを展開するのでは?」と考えますよね。日産に尋ねたら、「本社機能の移転に伴ってラウンジをオープンしたが、日本国内の展開は未定です」とのことでした。

――未定というのは?

渡辺 まぁ、インフィニティの国内展開は常識では考えにくいです。インフィニティはトヨタのレクサスと同様、1989年に北米で開業しました。その後、レクサスは2005年に日本で発売します。もちろん、当時の日産もインフィニティの国内展開を検討したものの、結局やめた。

――なぜトヨタはレクサスブランドを国内展開できた?

渡辺 現在、トヨタは国内の小型/普通車市場で、45~50%のシェアを確保していますが、実は1990年から2000年頃には、メルセデス・ベンツやBMWなどの輸入プレミアムブランドのシェアが急激に伸びた。

好景気の絶頂だった90年代と、販売が落ち込んだ00年を比べると、トヨタの国内登録台数は、小型/普通車市場全体の縮小と同様に約29%減りました。しかしメルセデス・ベンツは、同じ時期に車種を充実させて32%も販売が増えている。

――国内販売の王者であるトヨタの心中は穏やかではなかったでしょうね。

渡辺 つまりバブル経済崩壊後のトヨタの高価格車はメルセデス・ベンツなどの輸入プレミアムブランドに脅かされていたわけです。

――なるほど。

渡辺 そこで高価格の輸入車に対抗すべく、05年に国内でレクサスを開業しました。

――レクサスの国内開業には、販売首位を守るトヨタ特有の事情があったと。

渡辺 そのとおり。一方、現在の日産はトヨタのような輸入車からシェアを守る立場ではありません。仮に日本でインフィニティの専門の店舗を設けたとしても、失敗する可能性が高いと思いますね。

――ということは、昨年発表されたQX60、QX55はチラ見せの発表のみ?

渡辺 そこはわかりません。インフィニティが北米で開業したときに設定したQ45は、日本でも89年に日産の販売店から「インフィニティQ45」の車名で発売されました。

1989年に日産から発売された「インフィニティQ45」。18金製やダイヤの鍵も用意。価格は520万~630万円

――要はレクサスのように独自の店舗を持つのではなく、既存の日産店でインフィニティを売る可能性はあると。

渡辺 需要は確実にあると思いますよ。かつてはスカイラインのクーペやクロスオーバーなど、海外のインフィニティブランド車を国内でも積極的に扱っていましたから。

ただ、販売店に聞いたら以前はインフィニティの復活を望む声も根強く、「スカイラインクーペ(インフィニティQ60)が新型になったらすぐ乗り替える」という声もけっこうあったようですが、さすがに販売終了から4、5年が経過しており、お客さんの購買意欲は完全に消えてしまっているようですが。

――なんというか、実にもったいない話ですね!

渡辺 そうなんです。レクサスと違い、インフィニティが独自の店舗を立ち上げることはないですが、QX55を日産の店舗で販売する可能性はあるのかなと。

今の日産が国内で扱うSUVは、キックスとエクストレイルだけです。21年に登場予定のアリアは電気自動車なので、ハリアーに相当する上級SUVとしてQX55はピッタリです。

車種の位置づけは以前のスカイラインクロスオーバーと同じですが、今はSUVの人気が高く、販売に力を入れると相応の効果を期待できます。QX55は「今後は国内市場にも力を入れる」という日産の方針とも親和性の高い商品ですから。

●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう) 
カーライフジャーナリスト。1989年に自動車購入ガイド誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長に。1997年に同社取締役を兼任。その後、フリーランスに。著書に『運転事故の定石』(講談社)など

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