4月16日に集英社新書から『MotoGP最速ライダーの肖像』著/西村 章)が発売されたのを記念して、同書にも登場する元MotoGPライダー、玉田誠氏と中野真矢氏による対談をお届けします

好きなサーキットやお互いの印象など、現役時代の思い出について語った【前編】に続き、【後編】は二人の現役時代のライバルで、今も走っているバレンティーノ・ロッシ、王者マルク・マルケス、そしてMotoGPに対する将来の夢を語ってもらった。

リモート対談を行なった玉田氏(写真下)と中野氏(写真右上)、そして進行役の西村氏(写真左上)

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西村 ところで、おふたりが現役で走っていた時代はもう15年近く前になりますが、当時のライダーで今も現役の選手って、バレンティーノ・ロッシだけだと思うんですよ。おふたりにとってロッシというライダーはどういう存在でしたか。また、今シーズン序盤の彼は非常に苦労をしていますが、そんな彼の姿を見て、どう感じますか? 

玉田 ロッシは、伝説のライダーです、ほんとに。当然、尊敬はしているし、彼が走っているのを見ると、引退する前にもう一度勝ってほしいとすごく思いますね。僕みたいに低迷して引退するんじゃなくて、最後にドカンと花を咲かせてから引退してほしい。彼の存在はホントに大きいので、頑張ってほしいと心から思います。

中野 僕と玉田さんは、彼の一番の全盛期を見てきたわけですが、自分自身が現役の時はむしろ、すごいと思っちゃいけない、と考えていました。すごいと思うことは負けを認めてしまうことですからね。だから、現役の時は「何とかならないか、何が違うんだ......」と、すごく悩みました。バレンティーノには1周だけならついていけるけれども、マラソンランナーのようにその後もずっとコンスタントで、しかも最後に勝負強い。そんなイメージでしたね。

その後、ケーシー(・ストーナー)が出てきた時に、「これはヤバい。自分が絶好調でもかなうかどうか......」と思って、時代が変わってきたと感じました。彼がMotoGPにステップアップしてきた年は、もちろん速いライダーだと思いましたが、何とかなるな、ぐらいだったんですよ。でも、ドゥカティへ移籍した時のあの速さを見たら、「これはちょっとバレンティーノでもキツいだろう」と思いました。

僕たちはバレンティーノと同じ時代に走り、今は引退して解説などをする立場ですが、玉田さんが言うように、同世代としてやっぱり頑張ってほしい。体力的にもきっと厳しいだろうから、次の日に疲れが残ってるんだろうなとか想像しながら(笑)、応援してます。

2004年の日本GP(ツインリンクもてぎ)では玉田優勝、2位ロッシ、3位中野というドラマのような表彰台が実現した。(写真/竹内秀信)

西村 あの年齢で、あの水準を維持して走るのは、体力的にもかなりキツいわけですよね。そういうところはおふたりとも、かなりリアルに想像できるんじゃないですか。

玉田 いや、とんでもないことだと思いますよ。僕も真矢君も、もしも今も継続して乗っていれば、ある程度の水準では走れると思うんです。ただ、いつもトップを目指して、勝つんだというモチベーションをこれだけ長年続けるのは、ちょっと想像がつかないです。

中野 ホントですね。ずっと続けていれば、技術的にはまだある程度は走れるかもしれないけど、僕の場合はMotoGPで合計10年、SBKで1年走って、あるときプツンと自分の中でモチベーションがなくなって、それで「もう引退しよう」と思ったんですが、バレンティーノを見ていると、今でもレースを楽しんでるじゃないですか。あれだけトレーニングをして、若い選手たちと戦おうという、あのやる気はどこから出てくるのか......。

さらに技術的なことを言えば、(フロントの)ブレーキディスクがあれだけ大きくなっているということは、今のバイクはブレーキパワーもとてつもなく大きくなっているわけです。しかも、この間のレースではトップスピードが時速360kmを記録しましたよね。ブレーキングポイントも、今はものすごく奥に行ってるはずだから、それによく耐えてるなと思います。

僕は最後の頃には、体力がけっこうキツいな、と感じてました。玉田さんに聞いた時に、「8耐よりキツいかも」みたいに言われたので、ちょっと安心しました。玉田さんでも結構きついんだ、と思って(笑)。

中野真矢氏


西村 今のライダーたち、ロッシ選手以外の今の世代の若いライダーを見てて、どう思います? たとえば、このあいだ勝ったファビオ・クアルタラロなんて、20歳そこそこじゃないですか。申し訳ないけど、おふたりの年齢の半分程度ですよね。ロッシ選手が既にMotoGPで走ってる頃に生まれたライダーです。

玉田 そうですね。最近の選手たちは、僕たちの頃とは世代が違うから単純な比較はできないけれども、一番感じるのは、(マルク・)マルケスですね。彼が最初に登場してきた時は、なんかまったく種類の違うとんでもないのが現れたな、という印象で、極限を見ているような理解できない速さを感じました。なんというか、常識外のライダーだな、とすごく思います。たとえば電子制御を全部ゼロにして「さあレースをしましょう」となると、バイクを自由自在に扱えるのはロッシとマルケスだけじゃないか、という気もします。

中野 そうですね。マルケスが時代を完全に変えちゃった、ということについては同感ですね。僕もテレビで解説しなきゃいけないんだけど、解説できないんですよ。はっきりいって想像がつかないんで。逆に「解説をできたら、オレも速く走れるんだろうな」と思います。それくらい、ホントに理解できない。

一例を挙げれば、彼はチャンピオンが懸かったレースの朝に、フリー走行で大転倒とかするわけじゃないですか。僕の引き出しには、そんなことありえない。そういったメンタル面、攻める気持ちもそうだし、あとはやはり、マシンコントロール。だって、あそこまでフロントタイヤが切れ込んだら、普通はもう転倒するけれども、それを肘で押さえたりして何とかしちゃう。1回や2回ならまぐれでそういうこともあり得ると思うんですが、彼の場合はちゃんとコントロールしていますから。そこからしてもう、考えかたが違う。

他のライダーたち、たとえば去年のチャンピオンを獲得したジョアン・ミルや、今年の開幕戦で優勝したマーヴェリック・ヴィニャーレスもすごいライダーたちです。だけど、彼らの場合は走りを見ていれば、何をしているのかだいたい想像がつくんです。一緒に走ったことがあるわけじゃないけど、画面を見れば何となく想像がつく。でも、マルケスだけは異次元なのでちょっとよくわからない、という印象ですね、僕は。

玉田、中野両氏に「常識外」「異次元」と言わせる走りを見せる王者マルク・マルケス。4月半ばのレースで9カ月ぶりにケガから復帰した。(写真/竹内秀信)

西村 確かに頭のネジの飛び方も、他の選手とは違う何かを感じますね、彼の場合。

玉田 違いますね。僕らが考えないような、まったく違うところから出てきてるっていうか。ちょっと特殊です、ホントに。だから、彼はたぶん、どのバイクに乗っても速いんだろうなっていう種類の人間です。

西村 そういう意味で言えば、今週末に彼が帰ってくるじゃないですか(※この鼎談は4月15日夜に収録された)。そもそも、上腕の骨をポキッと折ってチタンプレートとスクリューを12本入れた次の週に走ろうっていう神経も、ちょっとどうかしてるとは思うんですけど。

玉田 まあ、いかれてますよね。

西村 で、リハビリをして今回戻ってくるわけじゃないですか。どれぐらい行くと思いますか?

玉田 どれくらいテストをしているのかにもよりますが、やっぱりレースには「レース慣れ」という要素が絶対にあるので、あれだけレースから離れていていきなり勝つのは、さすがに難しいとは思います、普通なら。ただ、彼ならやるんじゃないか、と思っちゃうんですよ。そう思わせるライダーなので、もしも勝ったとしても、「マルケスならそのぐらいやるだろうな」と思っちゃうと思います。

中野 確かにそうですね。他のライダーたちは冬の間にテストをして少しずつ調子を上げてきて、マシンも煮詰まってきている。そこにMotoGPマシンでテストをしてないマルケスが来るわけじゃないですか。だから、初日は苦戦するんじゃないかなとも思うけど、2日目、3日目って合わせてくる予感もするし、そこがまた、彼の魅力ですね。

西村 おふたりの話を聞いていると的確で鋭いし、なるほどなと思うことばかりなんですが、そろそろ時間も迫っているので、まとめとして、先ほども少し話が出ましたが、それぞれ指導者としての立場から、日本とアジアの今後のビジョンを聞かせてください。

玉田 僕の目標としては、MotoGPやSBKでしっかりと結果を出せるアジアのライダーをつくりたいし、育てたいです。そのためにすごく大事なのは、ライダーと同様にスタッフやメカニックも育てる必要がある。時間はかかるけれども、世界で活躍し、チャンピオン争いをできるライダー、そして、どこのチームに行っても恥ずかしくないメカニックをつくっていきたいです。というか、つくります。

玉田誠氏

中野 それはすごくいいことだと思います。日本が経験してきたいいこともうまくいかなかったことも伝えることができるし、アジアのライダーたちはモチベーションも高くすごくハングリーなので、そこは玉田さんにお任せします。

僕のほうは、もう少し底辺のミニバイクやポケバイをやっていて、これからロードレースに行きたいけどどうしたら分からない、という子たちを少しずつサポートできればいいなと思って活動しています。たとえば先日も、ゴルフで松山英樹選手が優勝して盛り上がっているから、それをきっかけに子どもたちは目標にするだろうし、バイクやモータースポーツの世界にもそんなふうにどんどんどんどんいい人材が入ってきてほしいと思います。

西村 そのためにもやはり、今、現役で走っているMoto3やMoto2やMotoGPの日本人選手、アジアの選手が活躍することが、人材を呼ぶという意味では一番効果的なんでしょうね。

中野 さらに別の視点から言うと、オートバイがもっと日本で認知され、盛り上がって売れてくれないと、レースをやってる場合じゃない、ということになるかもしれない。鶏(にわとり)が先か卵が先か、という話ですが、バイクがもっと盛り上がれば、モータースポーツももっと盛り上がってくれるんじゃないかと思います。


西村 そういう意味では、つい最近、56design (中野氏が経営するモーターサイクルファッションブランド)が渋谷の西武に出店しましたよね。

中野 僕たちはブランド始めてまだ13年で、ホントに新参者なんですけど、東京の渋谷という場所で百貨店にバイクが置いてあること自体が、なかなかないことだと思うんですよ。いろいろと大変だったんですが、若い方たちも含めて、いろんな人々にバイクに触れてほしいと思っています。

玉田 じゃあ、なにか企画してイベントすればいいのに。オレ、行くよ。

中野 ほんとですか。

玉田 うん。

中野 ぜひお願いします、MotoGPを走っていた我々で、なにか盛り上げることができればいいですね。

玉田 人が集まれば、若い子たちも来るかもしれないし。

中野 ぜひぜひお願いします。

西村 きれいにまとまったような気がするので、では、今日のところはそろそろこのへんで。

玉田 はい。話しはじめると、意外なくらい楽しくて面白かったですね。

中野 もっと話したいぐらいですけどね。

玉田誠(たまだ・まこと) 1976年、愛媛県生まれ。95年に全日本ロードレース選手権250ccクラスデビュー。99年にスーパーバイククラスへステップアップし、2001年にホンダファクトリーのチーム・キャビン・ホンダに加入。03年、ブリヂストン契約でMotoGP参戦を開始、初年度から表彰台に登壇する活躍を見せる。2年目シーズンの04第7戦リオGPで優勝、同年第12戦日本GPではポールトゥウィンを達成した。08年から2年間はスーパーバイク世界選手権(SBK)に参戦。その後、アジアロードレース選手権参戦などを経て、現在はアジア圏全域を視野に入れた後進の育成に取り組んでいる。

野真矢(なかの・しんや) 1977年、千葉県生まれ。98年に全日本ロードレース選手権250ccクラスで9戦中8勝を挙げてチャンピオンを獲得。99年からロードレース世界選手権250ccクラスにフル参戦を開始し、ランキング4位。翌2000年は最終戦までチャンピオンを争うが、僅差で年間ランキング2位となる。01年より最高峰クラスにステップアップ、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得する。MotoGPを08年まで戦った後、09年にSBKへ転向し、この年限りで現役を引退。現在はモーターサイクルファッションブランドの56designを運営。次代を担う選手の育成にも力を入れている。

1,034円(税込)新書判/288ページ

F1と並ぶモーターレーシングの最高峰、MotoGP。むき出しの体で時速350kmのマシンを操り、命賭けの接近戦を繰り広げるライダーとはどういう人間なのか? チャンピオンに輝いた者、敗れ去った者、日本人ライダーなど全12人の男たちの、勝利に賭ける執念、コース外での駆け引き、チームとの絆、ケガ、トラブル…。レース中継では映らない彼らの素顔を、20年間、間近で取材し続けてきたジャーナリストが描き出す。

【著者略歴】西村 章(にしむら・あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。