ホンダは1965年のメキシコGPでF1初優勝を挙げた。この快挙を達成したマシン、RA272をモチーフにした白を基調としたカラーリングで、レッドブル・ホンダはトルコGPに臨んだ。ボディやウイングには日本のファンへの感謝を示すために「ありがとう」の文字が日本語で書かれている。ⒸRed Bull

王者メルセデスと熾烈なチャンピオン争いを繰り広げ、今シーズンのF1を大いに盛り上げているレッドブル・ホンダ。しかしパワーユニット(PU)を供給するホンダは今シーズン限りでのF1参戦終了を表明している。「ホンダとレッドブルの関係はどうなるのか」「来シーズン、ホンダはF1とは一切関わらないのか」といったファンの声も多かったが、ホンダは2022年もテクニカルパートナーとして、レッドブルとアルファタウリの参戦をサポートすることを発表した。

マシン同様にレーシングスーツも白を基調としたスペシャルカラーで臨んだトルコGP。表彰台に上がった両ドライバーのスーツにはそれぞれのドライバーの名前「マックス」「チェコ(ペレスの愛称)」と「レッドブル」の文字がカタカナで入っている。ⒸRed Bull

■PUの一部の組立やレース運営をサポート

10月10日は、本来であれば2年ぶりとなるF1日本GP決勝が鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催されていたはずだ。しかし新型コロナウイルスの感染拡大で中止に。レッドブル・ホンダは代替イベントとなったトルコGPで、日本のファンに感謝するために「ありがとう」と日本語で書かれたマシンで登場した。

レッドブル・ホンダは優勝こそできなかったものの、マックス・フェルスタッペンは2位、セルジオ・ペレスが3位になり、ダブル表彰台を獲得。フェルスタッペンはドライバー選手権でメルセデスのルイス・ハミルトンを抜いてトップに返り咲いた。

「ホンダが母国GPで活躍するシーンを最後に見たかった」。そんなF1ファンの望みは叶わなかったものの、今シーズンをもってホンダとF1の関係が完全に断たれるわけではない。2022年シーズンに関しても、ホンダのレッドブルへのサポート体制は継続されるからだ。

ホンダは10月7日に記者会見を行ない、レッドブル・グループが2022年以降のホンダのPU技術を使用することを許諾し、レッドブルとアルファタウリの両チームのF1参戦を支援すると発表した。

具体的には、レッドブル・グループが新たに立ち上げたレッドブル・パワートレインに対し、ホンダがPUの一部の組立やレース運営をこれまで通りにサポートしていくという。

また、ホンダのイギリスにあるF1参戦活動の拠点、ホンダ・レーシング・ディベロップメントUKの従業員は、その大半が一度ホンダを退社して、レッドブル・パワートレインへ移ることになる。

ただし、ホンダの立ち位置はあくまでも「テクニカルパートナー」だ。2022年のレッドブルと、日本人ドライバーの角田裕毅選手が所属するアルファタウリのマシンには何らかの形でホンダのロゴは入るようだが、PUの供給に関する全責任はレッドブルにある。PUの組み立てやレース運営のサポートは、すべてレッドブルの要請を受けて行なうことになるという。いわばホンダはレッドブルのF1活動を影で支える黒子に徹するのだ。

当然、来シーズンのレッドブルが搭載するPUにホンダの名前が付けられる可能性はない。ホンダの渡辺康治ブランド・コミュニケーション本部長は「具体的にPUにどんな名前がつくのかはわかりません。レッドブルが決めることになります」と会見で語っている。

2022年、F1ではPU開発の凍結が決まっていることもあり、ホンダが技術面でサポートを行なうことはない。「ホンダは予定通りに今シーズンいっぱいでPUの開発を終了します。開発を1年間延長することはありません」と渡辺ブランド・コミュニケーション本部長は明言している。

F1は2025年からPUの新レギュレーションが導入されることが決まっており、ポルシェやアウディを傘下に持つフォルクスワーゲン(VW)などの参入が噂されている。レッドブルとしては少なくとも22年はホンダのサポートを受けながら自らのPU部門を立ち上げ、PUに関する技術やノウハウをできるだけ吸収し、その後はまた別の自動車メーカーとパートナーシップを組んでF1活動を続けていくとみられている。

■今後は「HRC」のスポーツモデルが登場!?

また今回の記者会見で興味深かったのは、ホンダはロードレース世界選手権(MotoGP)などの2輪レース活動を運営しているホンダ・レーシング(HRC)に、F1をはじめとする国内のスーパーGTやスーパーフォーミュラなどの4輪レース活動の機能を追加すると打ち出したことだ。

ホンダには2輪、4輪の分野でそれぞれが持っている技術やノウハウを連携し、モータースポーツ活動を強化するという狙いがある。同時に新体制となるHRCをホンダのモータースポーツのブランドとして打ち出し、市販車にも生かしていく方針だという。

すでにメルセデスはAMG、ルノーはアルピーヌというブランドでF1などのモータースポーツに参戦。そのブランドイメージを活用してハイパフォーマンスなスポーツモデルを販売し、ビジネスを展開している。

メルセデスAMGが開発中のプロジェクトワン。F1のテクノロジーを搭載し、公道での走行ができるハイパーカーで、7度の世界チャンピオンに輝くハミルトンが開発を担当する。ホンダからも将来、HRCと名付けられた、こんな市販モデルが登場するかも!? ⒸMercedes-AMG (写真4)
2022年7月に30台限定で発売予定の「NSX Type S」。2代目NSXの集大成とすべく、これまでのNSXを超えるパフォーマンスとデザインと追求した。ⒸHONDA

ホンダはモータースポーツの世界では、フェラーリやポルシェに匹敵するほどの歴史と実績がある自動車メーカーだが、近年はそのブランドイメージを活かしてきれていなかった。

例えば、ホンダのフラッグシップスポーツカーのNSX。1990年に発売された初代はアイルトン・セナや中嶋悟が開発テストに参加し、当時、最強を誇ったホンダF1のイメージを効果的に使い、世界的に高い評価と注目を集め、2005年まで生産された。

ところが2016年に発表した2代目NSXは販売が低迷し、2022年12月で生産終了することが決まった。ホンダは2019年にレッドブルと手を結んで以降、F1で着々と勝利を重ね、いよいよタイトル獲得に迫っている。F1のイメージを活かしてNSXをグローバルでアピールできる絶好のチャンスが到来していたにもかかわらず、F1の参戦を終了し、NSXの生産も終了という判断に至ったわけだ。

そして今後は、ホンダのDNAと公言するモータースポーツをHRCに集約し、新体制を通じてよりブランドを強化に乗り出していくという。

「モータースポーツブランドの活用に関しては、いろいろとやっていきたいと思っています。レースのイメージをどうやって市販車の魅力づけに利用し、商品に派生させていくのか。これから具体的に検討・決定していきますが、モータースポーツブランドを市販車に生かしていく方向性で考えています」(渡辺ブランド・コミュニケーション本部長)

シビックなどホンダの市販車のスポーツグレードには「タイプR」という名前がしばしば用いられているが、今後はメルセデスの「AMG」のように、「HRC」と名付けられたホンダのスポーツモデルが登場するのかもしれない。モータースポーツブランドを強化するのであれば、消費者にアピールするイメージや物語が必要となってくる。その恰好の舞台といえるF1からホンダが去るのは「もったいない」と感じるし、やっぱり寂しい。

F1の表舞台に立つのは最後となる今シーズン、最強を誇ってきた王者メルセデスを倒してレッドブル、フェルスタッペンと共に頂点に立ち、ホンダのモータースポーツの歴史に新たなストーリーを刻んでほしい。