フォーアールエナジー代表取締役社長・牧野英治氏。1983年4月に日産自動車に入社。開発部門、経営企画室、リーフプロジェクトメンバー、ゼロエミッション企画本部長などを経て、2014年4月から現職

2010年12月に誕生した世界初の量産EV、リーフ。日産はそのリーフの登場以前から車載バッテリーの再利用への取り組みを行なってきた。そして、その後押しを続けてきたのが、日産と住友商事が設立したフォーアールエナジーだ。狙いなどを社長の牧野英治(まきの・えいじ)氏に聞いた。(取材/渡辺陽一郎)

■地球温暖化を抑制する電池の再利用

――地球温暖化の対策として、日産は「2030年代の早期に、主要市場におけるすべての新型車を電動車にする」と公表しています。

牧野 EVの普及には、いくつかの課題があります。駆動用電池の重量や充電時間といったEVの機能、電池を製造する資源の確保、そしてキモになるのが、電池の再利用とリサイクルです。

――EVをはじめとする電動車の課題として、電池の再利用があると。そこに取り組むのがフォーアールエナジーなんですよね。まず会社の歴史から教えてください。

牧野 2010年9月、車載バッテリーの再利用を念頭に日産自動車と住友商事が設立したのが、フォーアールエナジーです。

――具体的な取り組みは?

牧野 リーフに搭載されるリチウムイオン電池は、使用後でも高い残存性能を持つ場合があります。これを活用し、再び製品化します。

――ただ、リチウムイオン電池は製造過程で二酸化炭素を排出してしまいます。

牧野 はい。地球温暖化の抑制にはEVの普及が不可欠ですが、そのためにリチウムイオン電池を大量生産すると、電池製造時の二酸化炭素も無視できないレベルになります。ですから、リチウムイオン電池の生産量を抑える必要があり、再利用は非常に重要です。

――再生されたリチウムイオン電池は、どのような用途に使われている?

牧野 リーフにも搭載されていますが、蓄電池や災害時に備えたバックアップ電源など用途は幅広いですね。リチウムイオン電池のパックに含まれるモジュール(バッテリーを構成する単位)を再生して単品で販売することもあります。

――しかし、車両に使われたリチウムイオン電池は、走行距離や充電の仕方によって劣化の仕方も異なるのでは?

牧野 リチウムイオン電池には、パックの部品番号と製造番号を記載しています。どこで製造され、どう使われてきたか、走行履歴まで含めて車両に残ったデータから把握できます。そのデータが次のお客さまにも継承されます。

――リチウムイオン電池の生い立ちがすべて記録され、再生品になった後も、性能まで含めて管理されるわけですね。

牧野 詳細で膨大なデータがあります。

――リチウムイオン電池は、複数のモジュールで構成されています。ひとつのパッケージの中にも、個々のモジュールの性能に優劣があると思いますが、良好なモジュールを集める場合もある?

牧野 おっしゃるとおり、ひとつのパックにも性能の異なるモジュールが共存しており、モジュールを入れ替えて、性能の優れたリチウムイオン電池のパッケージを造ることが可能です。リサイクル品を再びリーフに搭載する場合は、一定以上の性能が求められるので、モジュールをバラして性能の優れたものに入れ替えています。

コチラはカバーを外したバッテリーパック。中古のバッテリーパックは能力に差があるため、作業はその性能を把握することから始まる
恒温室と呼ばれる温度管理を徹底した専用空間で電池パックの状態を安定させ、数時間にわたる充電と放電を行ない、状態を把握する

――仮にリーフに搭載されているリチウムイオン電池が劣化したとき、ユーザーはバッテリー交換時に新品と再生品を選べると。性能の差は?

牧野 再生品は新品と比較すると性能は若干下がりますね。

――再生品の価格は?

牧野 性能が若干下がるので新品より3割以上安い価格ですが、再生品も新品と同様に、日産の純正部品として流通します。

――性能が少し下がっても、価格が3割以上安いなら魅力的です。

牧野 リチウムイオン電池の再生品を用意すると、車両の残価を高く保つ効果も生じます。例えば一般的なガソリンエンジン車は、製造から15年が経過すると下取り価格はゼロに下がりますが、EVはリチウムイオン電池を再利用できるため、価値が残る可能性があります。リチウムイオン電池の再生は、EVを使うお客さまの資産価値を守ることにもつながると思いますね。

分解・組み立てエリア。電池パックはひとつひとつをじっくり丁寧に整備し、検査する。気密性が高く汚れはほぼないが、掃除も行なう

約800個のバッテリーパックを収納できる倉庫。実際に見ると圧巻。このスペース以外にも外部倉庫でも在庫の対応を行なっている

■再生電池はJR東日本の踏切にも!

――EV以外の用途は?

牧野 太陽光発電など、再生可能エネルギーの普及には蓄電池が不可欠です。この分野にもリーフで使ったリチウムイオン電池を供給します。その際には火災の発生を絶対に防ぐ必要がありますが、リーフに使われたリチウムイオン電池は安全性が極めて高いんです。

――自動車はほかの機器に比べて、安全性が格段に重視されます。そこに搭載されたリチウムイオン電池なら、再利用時の安心感も高まります。そのほかの利用方法は?

牧野 JR東日本には約7000ヵ所の踏切がありますが、そのバックアップ電源としても利用できます。踏切のメンテナンス作業をする。その一時的な停電時にもバックアップ電源を使えば踏切の動きは継続できる。しかも、従来品に比べ、弊社の商品は短時間でフル充電が可能なんです。

電車の運行、交通安全に重要な役割を果たすのが踏切だ。踏切には停電時などでも正常に動作するよう非常用電源が設置されている(写真の赤丸で囲った部分)

――とても効率的ですね。

牧野 踏切のバックアップ電源は、電池単体ではなく、システムとして販売しています。つまり付加価値を加えたビジネスです。JR東日本では、弊社の商品を利用し、最大約40%のコスト低減を達成したそうです。

――フォーアールエナジーは新しい使い方を開拓しているわけですね?

牧野 先ほど申し上げましたように、性能の優れたモジュールは、走行距離などの性能が問われるEVで再利用されます。その一方で、性能が若干劣化したモジュールも生じます。この使い道も確保する必要がある。それがバックアップ電源ですね。

――再利用に際して、すべてのリチウムイオン電池を精査するのは大変では?

牧野 繰り返しになりますが、膨大なデータを精査してきたので、今では車両の走行履歴を見ただけで、リチウムイオン電池の状況がかなり正確に予測できるようになりました。

――測定をせずに、推定が可能になったと。実は補助金にも変化があったとか?

牧野 当初は再利用される電池は補助金の対象外でしたが、役所の方々と議論を重ねた結果、電池再利用の社会的な意義をご理解いただき、交付対象に入りました。

――役所の理解も深まったと。

牧野 しかも最近の補助制度のなかには、新品より再生品の補助率が高い、つまり、再生品は新品よりも多く補助されるケースも出てきました。再生品は新品と違って製造時の二酸化炭素排出が抑えられ、資源もほとんど使わないので奨励されるようになったのだと思いますね。

――ほかにも再利用にはメリットがあるそうで?

牧野 リチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトといった、バッテリーに用いられる世界的に貴重なレアメタルの有効活用にもつなげることができるんです。

■福島県浪江町に事業所があるワケ

――それにしてもフォーアールエナジーは、なぜ福島県双葉郡浪江町(なみえまち)に事業所を?

牧野 2016年に当時の浪江町の馬場有(たもつ)町長(故人)が横浜の本社に来られまして、「17年に避難指示が一部解除になるから、ぜひともEVの電池を再利用する産業を興したい」と述べられました。

――具体的には?

牧野 要するに、再生電池を使って再生可能エネルギーによる発電設備を増やし、災害に強い街をつくりたいというお話でした。このコンセプトは、弊社のビジョンと同じなので、フォーアールエナジーの浪江事業所を立ち上げたわけです。

フォーアールエナジー浪江事業所の外観。JR浪江駅や浪江町役場がある中心地から北へクルマで約10分ほどの場所に位置する

――再生可能エネルギーの風力発電などには、大容量の電池が必要だと思います。リーフで使用された電池も応用できるんでしょうか?

牧野 もちろん、有効に機能します。

――フォーアールエナジーの事業内容は、リチウムイオン電池の再利用ですが、具体的な内容はEVへの供給から踏切のバックアップ電源まで幅広い。この事業を立ち上げた背景には、牧野社長のキャリアもあると思います。

牧野 私は1983年に日産自動車に入社しまして、26年間にわたり調査業務や企画業務を中心に担当してきました。その後、EVを手がけますが、従来のガソリンエンジンとは異なる点も多い。そこで、EVの普及を支援する新しいビジネスが必要だと。その業務を任されました。

――今の仕事をするために、キャリアを積み重ねてきた感じですね。

牧野 急速充電器の普及にも携わりました。人脈を生かしてファミリーマートに設置することが可能になりました。

――今はさまざまな施設に急速充電器が設置されていますが、その基礎を築いたわけですね。では、フォーアールエナジーの今後の取り組みは?

牧野 直近では3つの成長戦略があります。まず今後はEVが増えるので、リチウムイオン電池の再利用ビジネスを拡大します。ふたつ目はハイブリッドです。EVに比べて販売台数が圧倒的に多く、大きなビジネスになる可能性があります。そこでe-POWERへの対応を進めていきたいと思います。

リーフの世界累計販売は57万台以上を誇る。当然、海外でも中古電池の回収が見込まれ、「海外事業は視野にありますね」という

――そして、3つ目は?

牧野 他社との協業も進めていけたらと思います。EVのリチウムイオン電池を使い、大型の蓄電池に再利用するときは、複数の電池を連携させますが、私はその中に他社製品が交ざってもいいと思っています。

――クルマ関連の再利用というのは、もっと幅が広がる分野でしょうね。

牧野 例えば走行距離の長いタクシーや商用車で使ったリチウムイオン電池は、次に走行距離の短いEVに使う。その次は据え置きの蓄電池という具合に、段階的に利用すると合理的です。リチウムイオン電池の性能向上が、それを可能にします。

――リチウムイオン電池の再生を中心に、いろいろな発展があると。

牧野 国や自治体にも協力していただき、大勢の皆さんの力を得て進めているプロジェクトです。それだけに相乗効果も多岐にわたると思います。

●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務める。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員