東京・羽田空港近くで4月に開催された体験型展覧会にヤマハの"自立バイク"が登場。5年前の初公開から取材を続けるモーターサイクルジャーナリストの青木タカオ氏がリポートする。
■自立バイクのキモは"アムセス"
未来のバイクはこうなるのか! 持ち主が手招きすると、人の手を借りずに自立して勝手に走ってくる。オーナーを乗せる準備をし、走行後も合図を送れば自ら走り去って所定の場所へ戻る。自らスタンドを出してとどまり、再び呼ばれるときをじっと待つ。生き物というか、ペットみたいなEVモデルである。
コイツの名はヤマハが開発中の「モトロイド」。2017年の東京モーターショーで初公開され、新聞やテレビのニュースなどでも取り上げられ大きな話題を集めた試作車だ。今回5年の時を経て、再びその姿を現した。
モトロイドが登場したのは、東京・羽田空港近くにある複合施設「羽田イノベーションシティ」にて4月に開催された「SFプロトタイピング展」だ。ザックリ言うと、SF的世界観から影響を受けた試作品の体験型展覧会である。
残念ながら一般公開ではモトロイドの動く姿を見ることはできないが、報道陣には一連の動きが公開された。モトロイドは顔認識機能によりオーナーを判別し、手招きなどのジェスチャーに応えるAI機能に加え、自ら立ち上がり転ばず前後進する自律機能がある。この一連の動きは「AMCES(アムセス)」というヤマハが独自開発した技術によって成り立っている。
マシンはヘッドパイプ近傍に配したIMU(慣性計測ユニット)で自らの状態をセンシングし、重心移動によって起き上がる。IMUは軸回転の動きを検出するジャイロセンサーと、各方向の加速度を検出するGセンサーからなり、2000分の1秒以下の精度で司令塔となるメイン統合基盤に情報が送られ、アクチュエータが車体中心を通るアムセス軸やバッテリー、リアアームなどを緻密に回転させバランスを取り自立する。
2017年の登場時から取材を続けるアオキがその仕組みを質問すると、モトロイドのプロジェクトリーダー・浅村欣司氏はこう答えた。
「バランスの制御は振り子のようにオモリで重心を取る単純な仕組みなんですよ」
アオキは3年前にモトロイドの操作を体験している。そのとき感じたのは、モトロイドの圧倒的な未来感と愛くるしさだ。モトロイドの愛くるしさには秘密がある。エンジニアがデザインもし、デザイナーが設計もするのがヤマハ流。そんな"共創"作業がモトロイドの開発・設計にも生かされている。チーフデザイナーの前園哲平氏は言う。
「今あるオートバイのようなデザインにすることもできましたが、それをすると人の感情を動かすことはできなかったと思います。開発当初は『生物化したい』とか『ぬくもりを感じるデザインにしよう』というような話もありましたが、自然界にいる動物のように嘘のない、そしてムダのないデザインにし、動き自体をデザインしました。例えばモトロイドが起きる姿は大型犬を思わせるものです」
モトロイドは、生命体のように人とコミュニケーションができる。意思疎通することで、ユーザーにとってバイクがモノからパートナーへと変わる可能性を秘めた存在だ。
一方でヤマハは自律型オートバイ運転ロボット「モトボット」の開発も進めている。2015年と17年の東京モーターショーで公開して話題をかっさらった。MotoGPのトップライダーと時速200キロでサーキットを駆け抜け、45度の角度に車体を寝かし込んでコーナリングする姿を動画で披露し、バイクファンの度肝を抜いた。
ライダーが絶えずバランスさせつつ、両手両足を使って運転するオートバイの運転は数ある乗り物の中でも最も難しいもののひとつだが、既存のバイクに手を加えないままロボットが運転したのだから驚きを隠せない。
このようにヤマハはモトロイドやモトボットの開発で得た技術や知見を用いて、オートバイのニューモデル開発を進めている。今回の「SFプロトタイピング展」では、設計段階に想定するべき多種多様な環境をデザインラボで再現するために造られた走行シミュレーター「モトレーター」を世界初公開した。
モトレーターはヤマハのバイク開発で実際に使われているもので、ハンドルやシート、ステップ、レバー、ペダルなどの位置や角度、タンクカバーの形状やボリュームを自在に設定でき、乗車姿勢を模擬体験できる。
イベントを主催するプロトタイプが開発中の二輪型MR(複合現実)シミュレーター「GODSPEED XR」も体験。ヤマハYZF-R1の実車にまたがり、VRゴーグルを着けると、目の前には最高速アタックの舞台となるアメリカの「ボンネビル・ソルトフラッツ」の景色が広がっている。
実際のバイクと同じように操作すると、大塩原を駆け抜けている気分だ。旋回時はシート上でイン側にお尻をずらして膝を出すと、コーナリングもリアルに体験でき、高い没入感が得られた。
二輪車のシミュレーションは、ライダーのボディアクションなどさまざまな要因が複合的に絡むことから難易度がとても高い。GODSPEEDは2014年12月に初号機を公開。7年を経て、さらに進化したセンシング技術と連動したシミュレーションアプリケーションで、よりリアルな操作感を実現している。
ちなみに造形作家の池内啓人(ひろと)氏が手がけたヘッドセットも展示されている。サイバーパンクというのだろうか、将来的にはこうしたSF的なものを身につけてバイクに乗る時代が来るのかもしれない。
池内氏ご本人に聞くことはできなかったが、スタッフに各部がどのような働きをするのか問うと、「あくまでも世界観であり、詳細は不明です」とのこと。
●青木タカオ(Takao AOKI)
モーターサイクルジャーナリスト。著書に『図解入門 よくわかる最新バイクの基本と仕組み』(秀和システム)など。『ウィズハーレー』(内外出版社)編集長。YouTubeチャンネル『バイクライター青木タカオ【~取材現場から】』