トヨタは富士スピードウェイで、エンジンに液体水素を使用する「カローラスポーツ」のコンセプト車両と、移動式液体水素ステーションを世界初公開

欧州のEVシフトに黄色信号が点滅するなか、トヨタが水素をエンジンで燃焼させて走る「水素エンジン車」の市販を検討していると発表! 今後は「液体水素」を燃料としても活用するという。これは水素の逆襲なのか? 自動車研究家の山本シンヤ氏に聞いた。

■水素を言い出したのは欧州の自動車メーカー

山本 6月3日、トヨタはこれまでサーキットで磨き続けてきた「水素エンジン車」の市販を目指す考えを明らかにしました。しかも、今後は「液体水素」を燃料として活用する研究を進めていくことも併せて発表し、大きな話題を呼んでいます。

――この発表はどこで? 

山本 6月3日~5日に静岡・小山町にあるサーキット「富士スピードウェイ」で開催されたスーパー耐久シリーズ第2戦・富士24時間レースの会見場です。トヨタのマスタードライバーでもある豊田章男社長は、この水素エンジン車のドライバーとしてレースに参加し、サーキットを疾走していました。

――でもトヨタには量産車世界初のFCEV(燃料電池車)のセダン「ミライ」がありますよね。ミライも俗に言う「水素カー」です。それと「水素エンジン車」は何がどう違うんスか?

山本 ミライのメカニズムは、燃料となる水素と空気中の酸素を燃料電池と呼ばれるシステムで化学反応させて電気をつくり、その電気でモーターを回して走ります。つまり、厳密に定義すると、自家発電が可能な電気自動車なんです。

その一方で、水素エンジン車は水素を直接燃焼させて走ります。要はガソリンエンジンなどと同じ内燃機関で、燃料が水素になります。燃料となる水素は気体で補充されるのですが、今後それを液化する考えがあるようです。

――水素を液化するメリットって?

山本 水素を気体のまま車両にたくさん積むことは難しい。つまり、水素エンジンの最大の課題になるのは航続距離です。でも、その課題は水素を液化して補充することで解決できます。しかも、液体は気体よりもエネルギー密度が高い。水素エンジンと液体水素の組み合わせが実現すると、航続距離はガソリン車にかなり近づくかと。

――でも、実用化への道のりは険しそうスね?

山本 実は現在あるFCEV用の水素ステーションに運ばれる水素は液体水素で、燃料としてクルマに補充するときに気体水素に変換して使用しています。ですから、わずかな仕様変更で流用も可能かと。

――マジか!

山本 ちなみに今回、移動式の液体水素ステーションも公開されましたが、現在の気体用に対して約4分の1の面積で運用できるようになります。

――早い話が、液体水素で水素エンジンがさらに化ける可能性があると。それにしても、なぜトヨタはエンジンにこだわる?

山本 それは単純明快で、「水素の活用にも選択肢を」ということでしょうね。トヨタは水素エンジンや燃料電池を適した場所で使い分ける。それが水素利用の普及のためには重要だと考えているはず。

さらにつけ加えると、水素エンジンが実用化できれば、脱炭素社会を実現しながらエンジンに関わる人の雇用を守ることができます。なぜなら、これまで100年以上にわたり進化・熟成を行なってきた内燃機関の技術をそのまま活用できるからです。つまり、脱炭素を進めるなかで失業者は出さんと。

――水素エンジン車が市販されたら、お値段はどうなります? ミライと比べると?

山本 まだ何も決まっていませんが、おそらくミライよりは安くなるはず。というのも、現在テスト中の水素エンジンはガソリンエンジンからの変更点は必要最小限で、水素燃料タンクや配管はミライの部品を流用しているからです。

――ちなみに水素エンジンの走り味はどんな感じ? 山本さんはもう乗ってんスか?

山本 もちろん。水素の特徴は燃焼が速いこと。その特性からアクセルを踏んだときの応答性やレスポンスがすこぶるいい。それからトルクの出方も滑らかですよね。事前に何も知らされていなかったら、「コイツはいいガソリンエンジンだよね」と勘違いするくらい完成度が高い。

――とはいえですよ、水素は爆発しやすく危険というイメージを持つ人もまだ多い。そのあたりの懸念については?

山本 主要なシステムは市販されているミライ用で、信頼性や耐久性はお墨付き。それに加えて、豊田社長自らステアリングを握り24時間レースに出場しています。社長を危険なクルマには乗せません。

――ふむふむ。今後の水素エンジンの可能性というのは?

山本 あくまでも僕の予想ですが、水素エンジン単体だけでなく、モーターやバッテリーを組み合わせたHEV(ハイブリッド)、あるいはPHEV(プラグインハイブリッド)の可能性もあるかと。

――欧州のEVシフトが新型コロナやロシアによるウクライナ侵攻により失速しています。もしや水素の逆襲も?

山本 そもそもの話ですが、トヨタに限らず、欧州の自動車メーカーも、水素エンジンやFCEVの研究をずっとしていたんです。

――へっ?

山本 FCEVはメルセデス・ベンツ、水素エンジンはBMWが熱心に開発を進めていました。それこそHEVが市販化されてすぐの頃は、「トヨタはなぜHEVなんだ? 水素をやらないなんて時代遅れだ」なんて口をそろえていた。ところが、それらの実現が難しいとわかった途端に水素を放り出し、クリーンディーゼルに舵(かじ)を切った。

――つまり、欧州の自動車メーカーは水素の開発を途中でやめたと。一方、トヨタはFCEVをミライで量産化し、さらには水素エンジンの市販化まで口にしていると。この差はなんなんスか?

山本 トヨタはきちんと段階を踏んできました。累計1810万台以上を誇るHEVを25年間地道に磨いてきたし、PHEVもある。それらの知見や財産を上手に活用しながらFCEVを世に出した。水素エンジンも同様で、内燃機関の応用によるものです。

――昨今、中国が水素ステーションを増やし、欧州の自動車メーカーも水素カーを表に出してきた。「世界的に水素の機運が高まっているのでは?」という声もあります。

山本 水素エンジン車でのレース参戦から1年が経過し、その間にトヨタと一緒にカーボンニュートラルへ取り組む仲間が確実に増えています。川崎重工、大林組、神戸製鋼所、ジャパンハイドロなどで、パートナーは自動車業界に限らない。なぜなら、水素社会の実現のためには「つかう」だけではなく、「つくる」や「はこぶ」も並行して考えなければいけないからです。

――なるほど。

山本 一方、欧州の自動車メーカーはディーゼル不正をした挙句にEVシフトを掲げましたが、それも頓挫しかけている。そして自分たちが手放した埃(ほこり)まみれの水素を再び蔵から出してきたと。

対する日本は技術の積み重ねと組み合わせで、これまで粛々と脱炭素を進めてきた。根本的な軸の部分が欧州とは異なるわけです。日本が欧州の考えに合わせる必要はないと思います。

――話をまとめると?

山本 日本は2017年に世界に先駆けて水素基本戦略を策定しています。産学官が連携し、「水素社会」の構築を推進すればいい。今後は「水素の仲間づくり」をしっかりやるべきかと。

●山本シンヤ(Shinya YAMAMOTO)
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』