"世界一過酷なコースで行なわれる自動車レース"として有名なのが、ドイツの「ニュルブルクリンク24時間レース」だ。今年は新型コロナによる人数制限がなくなり、23万人もの観客が押し寄せたという。現地に飛んだモータージャーナリストの竹花寿実(たけはな・としみ)氏が、日本勢で唯一の参加となったスバルを密着した。
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■23万人が押し寄せた今年のニュル
5月26~29日、ドイツでニュルブルクリンク24時間レースが開催された。コロナ禍のため、ここ2年は制限付き開催となっていたが、50回目の開催となる今年は3年ぶりに例年どおりのスケジュールで、完全有観客で開催されると事前にアナウンスされたこともあり、思い切って現地に飛んだ。
ドイツ中西部の街ニュルブルクにあるサーキット「ニュルブルクリンク」は、F1やWEC(世界耐久選手権)なども開催されるGP(グランプリ)コースと、ノルトシュライフェ(北コース)と呼ばれる旧コースがある。
24時間レースはこのふたつを組み合わせた、1周25.375km、コーナー数87、高低差290mの〝グリーンヘル〟(緑の地獄)と呼ばれる、ブラインドコーナーだらけでエスケープゾーンがほとんどないコースで行なわれる。
そんなニュル24時間は、「1周が800kmのテスト走行に相当する」と言われるほどで、マシンにかかる負荷がハンパじゃない。そのため世界選手権の一戦でもないのに、クルマの走りを鍛えることを目的に、世界中の自動車メーカーが挑戦し続けている。
日本勢はトヨタ・ガズーレーシングとスバルSTIが挑戦を続けていたが、ここ2年は新型コロナのため参戦を見送っていた。
だが、トヨタは今年も参戦を見送ったものの、スバルSTIは3年ぶりに復帰。2019年のマシンをベースに大幅に改良を施した〝スバルWRX STI NBR チャレンジ2022〟を持ち込み、SP3T(排気量1.6~2.0リットルのターボエンジン搭載車)クラスの優勝を目指した。
決勝当日の観客数は、公式発表で23万人! サーキット周辺に延々と広がるキャンプサイトには数日前から泊まり込む人が大量にいる。
音楽を爆音で流しながら、ソーセージを片手にビールを延々と飲み続けるのが、ヤツらの観戦スタイルだ。もはやレースそっちのけだが、イベントをとにかく楽しむ姿勢は、とてもドイツ人らしい。
会場内もそこら中にビアガーデンやグッズを売る出店があり、メインスタンド裏やパドック周辺はほとんどお祭り状態。この非日常の雰囲気を味わうだけでも、ニュル24時間は楽しめる。
決勝レース前にスバルSTIの辰己英治総監督は、次のように意気込みを語った。
「予選は総合58位でクラストップでした。ベースのマシンはタイヤを太くしたのでグリップは上がっていますが、重量が80kg増えています。エンジンパワーは変わらないので、コーナリングで稼がなければなりません。
決勝ではクラス優勝と、総合20位以内を目指します。GT3勢(SP9クラス)に食い込んでいきたい。マシンの速さでは勝てないので、チーム力で勝負です」
このチーム力こそがスバルSTIの魅力のひとつ。毎年全国のディーラーメカニックから選ばれた精鋭をニュルに送り込んでいる。今年も8名が現地でチームを支えた。
■午前2時50分頃に悲劇に襲われる
現地時間5月28日16時に決勝レースがスタート。序盤は予選トップのフェラーリ488GT3(26号車)や、今年創立50周年を迎えたBMW M社の期待を背負うBMW M4 GT3(99号車)、ランボルギーニ・ウラカンGT3(7号車)、アストンマーティン・ヴァンテージAMR GT3(90号車)などがトップ争いを繰り広げたが、日没を迎えた21時半過ぎには、ドイツ勢が首位争いの中心となった。
その頃、スバルSTIの114号車は、総合52位まで順位を上げ、クラス優勝に向け順調に周回を重ねていた。ピット作業を行なう8名のメカニックも、無駄のない動きでピットワークをこなし続ける。
だが、悲劇は起きた。午前2時50分頃、佐々木孝太選手のドライブ中に、スタートラインから約6km先の高速左コーナー・シュヴェーデンクロイツでクラッシュ。下り坂を6速全開、245キロで走行中に左フロントサスペンションが破損した。そしてマシンは先の左コーナーで右側のガードレールに当たって止まった。
幸いにも佐々木選手は無事だったが、マシンは走行不能に。トランスポーターに載せられて午前5時過ぎにピットへ戻ってきたが、ダメージが大きく、レース中の修復は不可能と判断。チームは午前6時前にリタイアを決断した。走行ラップは95周だった。
悔しさをにじませた表情で辰己総監督は語る。
「残念ですが、これも実力です。まだまだ甘かったですね。クルマづくりを失敗しました。検証が甘かった。重量増とグリップ向上で、コーナリング中にサスペンションにかかる負荷が想定以上に増していた。来年の予行演習になってしまいました」
豊富なモータースポーツ参戦経験を持つスバルSTIにとっても、ニュルの2年間のブランクは小さくなかったのかもしれない。辰己総監督が続ける。
「われわれはレースに勝つことだけが目的ではなくて、全国から集ったディーラーメカニックに経験を積ませ、モチベーションを高めてもらうことに主眼を置いています。ただ、スバルファンの皆さんに喜んでいただけなかった。そういう意味では目的が半分達成できなかったと感じています」
8名のメカニックのうちのひとりである、大阪スバルの春本直輝さんは、「リタイアが決まったときには泣きました。ニュルには1度しか参加できないルールなので悔しさが残ります。最後まで走り切る姿を見たかったです」と言葉を振り絞った。
そして、「ラリーにはメカニックとして参加経験がありますが、レースは緊迫感がまるで違います。レースの現場では、ひとつひとつの作業を完璧にこなさなければ命に関わると実感しました。いつか違う形でチャンスがあれば、またニュルに来たいです」と語った。
「まるで麻薬のよう」とも言われるニュルの魅力に取りつかれた男が、またひとり増えた瞬間を見た気がした。
■ドイツ勢が表彰台を独占
レースは終盤の降雨時にタイヤ選択が当たった15号車のアウディR8 LMS GT3が後続を振り切って優勝。2位と3位には2台のメルセデスAMG GT3(3号車、4号車)が入り、ドイツ勢が表彰台を独占した。
今回のニュル24時間では、もう1台注目すべきマシンがエントリーしていた。参戦を見送ったトヨタだが、実はトヨタ・ガズーレーシング・ヨーロッパ(TGR-E)の有志チームが、86号車のGRスープラGT4で参加したのだ。
このスープラは、代替燃料を使用するATクラスにエントリーし、eフューエルと呼ばれる合成燃料を使用してレースに臨んだ。結果は総合65位(クラス3位)だったが、しっかり完走を果たしている。
チームマネジャーのイェルク・マーティン氏は「カーボンニュートラルへの道がEVだけではないと、多くの人に知ってもらうことが参戦目的です。eフューエルを使用すれば、エンジン車でもCO2ニュートラルが可能であることを示せたと思います」と真剣なまなざしで語っていた。
現在、2035年にエンジン車を販売禁止とするEUの方針に、異議を唱える加盟国も出ており、欧州の空気が変化しつつある。TGR-Eの取り組みは小さな一歩かもしれないが、とても意義深いものであることは間違いない。
チームやドライバーが、それぞれの思いを持ち戦うニュル24時間は、無数の熱いドラマを見ることができる、とても魅力的なレースだとあらためて実感した。できれば来年は、キャンプサイトでビールを飲みながら観戦したい。
●竹花寿実(たけはな・としみ)
モータージャーナリスト。2010年渡独。フランクフルトをベースに在独モータージャーナリストとしての経験を持つ。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員