日産サクラは、日本市場の常識を変えるEV普及のゲームチェンジャーになれるのか? 価格233万3100~294万300円 日産サクラは、日本市場の常識を変えるEV普及のゲームチェンジャーになれるのか? 価格233万3100~294万300円

今年6月に発売となった日産の軽EVが売れている。驚くことに昨年日本で販売されたEVの新車の総数をすでに上回ってしまったというからハンパない!

ここで気になるのは、普及が遅れているとウワサの日本のEV充電インフラだ。現在どうなっているのか? EV黎明期からインフラ問題を追い続けるカーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。

■EVの急速充電器は、全国に約8000基

サクラが売れに売れている。"ニッポンEV元年"と呼ばれる今年。トヨタ、日産、スバル、三菱が続々と新型EVを市場投入した。欧米や中国に後れを取る分野だけに、ニッポン勢の反転攻勢に大きな注目が集まっている。

そんななかで、早くも結果を出したのが、日産の軽EV「サクラ」。すでに受注は2万3000台を突破したという。ちなみに昨年、日本市場で発売された新車のEVは2万1139台(小型/普通車)。つまり、サクラ単体でその数を上回ったのだ。

だが、そこで気になるのが充電インフラの問題だ。例えば、マンション住まいで、充電設備がないユーザーはどうしても近隣で充電スタンドを探す必要に迫られる。しかも、週末のショッピングセンター、高速道路、自動車ディーラーの急速充電器は時間帯にもよるが混雑している場合が多い。正直、不便だ。

これまで日本では「EVが普及しないと充電インフラ整備は進まない」という意見と、「充電インフラ整備が進まないとEVは普及しない」という意見がぶつかるだけで、話が前に進まなかった。だが、世界を見ると充電インフラの整備は急ピッチで進んでいる。

2030年までにアメリカは50万ヵ所、EUは300万ヵ所の設置を目標に掲げている。一方、昨年6月に日本政府が発表した今後の充電インフラの目標は、30年までに15万基の設置だ。世界と比べると見劣りする数字である。

では、日本のEVの充電インフラの現状は?

「国内には急速充電器が約8000基、普通充電器が約2万2000基で、合計約3万基あります。ちなみに国内のガソリンスタンドの数は約2万9000ヵ所ですから、単純な比較はできませんが、実は遜色ない数ではあります」

そう話すのはEVのパイオニアの日産で充電インフラを担当する河田亮氏だ。河田氏が挙げた充電スポットのなかで、日産はもちろんのこと、東京電力、中部電力、トヨタ、ホンダ、三菱自動車などが出資し、日本の充電インフラの整備と拡充に取り組むのが、「イーモビリティパワー(eMP)」。

eMPが連携している充電器は、急速と普通を合わせて2万基超となる。余談だが、eMPが連携している充電器は国内外の自動車メーカーの充電カード(認証カード)に対応。カードがない場合の料金は1回最大30分で1650円だ。

稼働率が高いという日産グローバル本社(神奈川県横浜市)前に設置されている急速充電器。ちょうどリーフが充電中だった 稼働率が高いという日産グローバル本社(神奈川県横浜市)前に設置されている急速充電器。ちょうどリーフが充電中だった

そもそも国内の充電スポットの整備はEVの市販化をきっかけに本格化した。具体的には世界累計販売60万台超を誇る、日産「リーフ」が誕生した2010年前後から活発化する。

政府も急速充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」に補助金を出すなどバックアップした。では、なぜEV充電器の設置スピードは10年以上が経過しても上がらないのか? 河田氏が説明する。

「実は初代リーフが誕生した際に導入した充電器は、設備更新を行なう必要に迫られています。加えて、充電器の稼働率の見極めも重要です。しかし、稼働率が低いからといって、即撤去するのはインフラとしていかがなものかと」

当たり前だが、設置からすでに10年以上が経過したEV充電器は経年劣化が進み、部品の交換などが必要。また、稼働率が低いEV充電器は採算面が課題となる。さらに河田氏はEV充電インフラの課題についてこう指摘する。

「EVに乗らない夜間に自宅で満充電にし、不足した分は外出先の急速充電器を使っていただく。ただし、急速充電でも30分の時間が必要です。

ですから、さらに充電時間が長く、満充電まで7時間以上かかる普通充電を経路で使うのは効率的ではありません。自宅での基礎充電や宿泊施設などの目的地充電が重要なインフラとなります」

日産で充電インフラを担当するビジネスパートナーシップ推進部主担の河田亮氏。電機メーカーから2018年に日産へ転職 日産で充電インフラを担当するビジネスパートナーシップ推進部主担の河田亮氏。電機メーカーから2018年に日産へ転職

急速充電器の設置はトータルで1000万円以上の出費となるため、設置が進まない。政府も2030年までに急速充電器を国内で3万基設置することを新たな成長戦略に盛り込むことを決定しているが、サクラの躍進を目にし、EVの普及スピードに間に合うのか疑問が残る。

というのも、現在、日本のEV普及率は1%未満だが、休日の高速道路のサービスエリアなどは、すでに充電渋滞が起きている。そこでeMPは200kWの6口(1口最大出力90kW)の急速充電器を開発し、昨年12月に首都高速「大黒パーキングエリア」(神奈川県横浜市)に設置し、今後は全国で拡充する予定だというが、やはり時間がかかる。

さらに別の問題もある。EVを購入した場合、ほとんどの一軒家には200Vの電源が配線されている。そのため、5万~10万円程度で普通充電器の設置工事を行なえる。また、自宅に太陽光発電の設備を設置し、EVで使う電力を自給自足するユーザーも増えてきている。

しかし、問題はマンションなど集合住宅でのEV充電器の普及だ。予算の問題から住民の合意形成が難しいという話も耳にするが......。

「実は22年度から補助金対象となる設置数の上限が撤廃され、充電器を無料で設置する新サービスも登場しています。弊社もスタートアップ企業数社とマンションの充電インフラ整備に関する検討を開始しています」(河田氏)

現在、日本の急速充電器の総数は約8000基。日産は約2100あるディーラーや関連施設の大部分に急速充電器を設置し、日本にある急速充電器の約25%を担う。トヨタも今年4月に、2025年までに全国のディーラー約5000店舗に急速充電器の設置を進めると発表した。

日本が脱炭素社会実現のため、国を挙げてEV普及を考えているなら、さらなる充電インフラの整備は喫緊の課題だ。EVを売る自動車会社にインフラ整備を任せるのではなく、産学官が連携して取り組むべき。岸田文雄総理の今後の采配に注目したい。

●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務める。著書に『運転事故の定石』(講談社)など。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員