累計受注台数が2万3000台を突破している日産の軽EV「サクラ」。10月にEV補助金終了のウワサも飛び交っているが、このまま売れ続けるか? 価格233万3100~294万300円 累計受注台数が2万3000台を突破している日産の軽EV「サクラ」。10月にEV補助金終了のウワサも飛び交っているが、このまま売れ続けるか? 価格233万3100~294万300円

"EV元年"と呼ばれる今年は、国内の自動車メーカーから新型EVが続々デビュー! しかし、ここで気になるのは電力不足だ。一時期ほどの騒ぎにはなっていないが、相変わらず厳しい状況は続いており、「今冬はもっと電力逼迫が綱渡り状態になる」なんて声も!

そんななか、充電時に大量の電力を使うEV推しを続けて問題ないのか? 黎明期からEVの取材を続けるカーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏に聞いた。

■一般家庭の7日分の電力を使うEVも

――全国的に気温40℃前後の危険な暑さが牙をむいた今夏。6月26日には経済産業省資源エネルギー庁から初となる「電力需給逼迫(ひっぱく)注意報」が東京電力管内に発令され、国民に節電を促しました。

渡辺 これを受けて各企業は節電を実施しました。ファミリーマートはサマータイムを導入し、日本郵便は集配に使うEVの充電を電力需要が高まる夕方を避け、夜間にずらす実証実験をスタート。

――なぜ夜間に充電を?

渡辺 EVの充電には大量の電力が必要だからです。地域の電力需給に支障が出ないよう配慮するという判断でしょうね。もちろん、電力需要のピーク時を避けることで、経費削減にもつながります。それも狙いだと思われます。

7月25日、日本郵便は郵便物の集配に使用するEVの充電を電力需要の高い時間帯を避けて行なう実証実験をスタート 7月25日、日本郵便は郵便物の集配に使用するEVの充電を電力需要の高い時間帯を避けて行なう実証実験をスタート

――そもそもですが、なぜ日本の電力は逼迫している?

渡辺 脱炭素を目指すなかで、火力発電所の休止や廃止が進み、余剰供給力が低下しているのが大きい。

――ふむふむ。

渡辺 それとウクライナ危機も影響していますね。国際社会がロシアに対して経済制裁を行なっているため、ロシア産のLNG(液化天然ガス)や石油の輸入が制限されており、世界的に資源の奪い合いが勃発しているんです。実は今冬は夏以上の電力不足が指摘されています。

――そういう背景もあり、「電力不足のニッポンでEV普及を推し進めるのはいかがなものか?」という声が一部に出ています。ぶっちゃけ、EVの充電にはどの程度の電力が必要なんですか?

渡辺 環境省が発表した2020年度の1世帯当たりの年間電力消費量は4258kWhです。これを1日当たりに換算すると約11.6kWhとなります。世界的に普及しているEV(テスラモデル3など航続距離の長いもの)の平均的なバッテリー総電力量は75kWhです。単純計算ですが、満充電させるためには一般家庭の約7日分の電力を使用するんですよね。

――えっ!

渡辺 今年は国産メーカーからも新型が続々デビューしましたが、特に日産の軽EV「サクラ」の受注は2万3000台を突破。そんな売れに売れているサクラでもバッテリー総電力量は20kWhあり、一般家庭の約2日分の電力を使用します。

――となると、このままEVを普及させるなら、発電所の増設や発電能力の増強といったインフラ整備も同時に必要になるわけですよね?

渡辺 それについては以前、日本自動車工業会の会見で豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が、「国内の乗用車がすべてEV化したら、夏の電力使用のピーク時に電力不足になる。解消には発電能力を10~15%増強しないといけない。これは原子力発電で10基、火力発電なら20基に相当する」と指摘しています。

昨年9月、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)はEVや燃料電池車しか生産できなくなると、「自動車産業を支える550万人の雇用維持が困難になる」と語った 昨年9月、日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)はEVや燃料電池車しか生産できなくなると、「自動車産業を支える550万人の雇用維持が困難になる」と語った

■EV普及の肝はパーク&ライド

――では、電力不足のニッポンでEVはいつ充電すべき?

渡辺 電力消費量は時間帯によって大きく変わります。特に夏は冷房のために電力消費量が増えるため、最も多いのは午後2時頃から4時頃です。逆に12時間後の真夜中は、電力消費量が約半分に減ります。EVの充電を深夜に行なうようなシステムを確立させれば、電力消費量の時間的なバランスは整えられます。

――そのためのコストは?

渡辺 自工会の豊田会長が語ったところでは、日本にある車両をすべてEVに変更した場合、その充電インフラを整備するコストは、14兆~37兆円かかるそうです。日本の国家予算が一般会計で約100兆円ですから、相当なコスト負担になるのは確かですね。

――ちなみにEVの電費ってどれくらいですか?

渡辺 一般的なEVの電費の平均は、1kWh当たり6~8㎞です。リチウムイオン電池の容量が40kWhなら、一回の充電で、240~320㎞を走行できます。

――クルマや使い方にもよると思いますが、30分の充電で走行距離はどれぐらい?

渡辺 90kWの急速充電器を使用すると1時間に90kWh、30分で45kWhを充電できます。しかし実際には車種によっても異なりますが、30kWhくらいですね。

1kWh当たり7㎞を走行できるとして、30分/30kWhの充電で可能な走行距離は210㎞程度ですね。この数字は1Lで20㎞走るガソリン車やHV車に置き換えると、約11Lの給油に相当しますが......。

――なんです?

渡辺 当たり前ですが、充電スポットに先客がいたら待ち時間が必要ですし、すでに充電渋滞も問題になっている。なので、充電待ちを減らすため、急速充電器の利用は一回30分程度に限定されていることも多いです。

EVの普及率は1%未満のニッポンだが、高速道路や道の駅などにあるEV充電器は週末になると「充電渋滞」が起きている。電気不足もそうだが、EVの充電インフラの整備も課題だ EVの普及率は1%未満のニッポンだが、高速道路や道の駅などにあるEV充電器は週末になると「充電渋滞」が起きている。電気不足もそうだが、EVの充電インフラの整備も課題だ

――普通充電器を使うと?

渡辺 もしも、普通充電器しかなければ、1時間当たり約3kWh、あるいは6kWhしか充電できません。3kWhの場合は、5時間充電して15kWhですから、100㎞少々の走行距離になります。

――なるほど。

渡辺 つまり現時点では、EVというのは比較的短い距離の移動に使い、外出しない夜間にしっかりと充電するのが好ましい。私は日本でEVを普及させる肝はパーク&ライドだと思っています。遠くに行く場合は最寄りの駅までEVで行き、あとは電車に乗る。そうすれば電力インフラへの負荷も抑えられます。

――渡辺さん、今回の話をまとめてください。

渡辺 電力不足を抱えたまま、EVシフトを推し進めるのであれば、国は夜間充電を効率的に行なえる仕組みを構築すべきです。もちろん、最適解は日本のエネルギー問題をきちんと解決することですけどね。

●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう)

カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務める。著書に『運転事故の定石』(講談社)など。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員