二輪車ロードレースの最高峰「MotoGP」。9月23~25日、その日本グランプリが3年ぶりに開催された。しかも、若武者・小椋 藍(おぐら・あい/イデミツ・ホンダ)がMoto2で完勝! 舞台となった「モビリティリゾートもてぎ」(栃木県茂木町)に飛んだモーターサイクルジャーナリストの青木タカオ氏がリポート。
■2位に1秒以上の差! 小椋藍が完全優勝
ゼッケン79がホームストレートに先頭で戻ってくるたびに、観客が沸きに沸く。大きな拍手が巻き起こり、応援フラッグが激しく揺れる。観客を熱狂させているのは、Moto2クラスにフル参戦する21歳の若き侍ライダー・小椋 藍。
Moto2は排気量765㏄、トライアンフ製3気筒の同じエンジンを積むマシンで行なわれる。つまり、ライダーの技量が勝負を大きく左右する。
小椋は前日、雨の中で行なわれた予選に苦しみ、5列目13番手からのスタートとなってしまった。しかし、天候が回復し、ドライコンディションとなった決勝では着々と順位を上げ、13周目でついにトップに立つ。
日本グランプリで日本人ライダーが優勝するのは、2006年に250㏄クラスを制した青山博一(ひろし)以来、16年ぶりの快挙となる。母国グランプリでの侍ライダー優勝は、ファンにとっても悲願。小椋は圧倒的な速さで周回を重ねる。夢が現実になる瞬間が刻一刻と近づく。
22周のレースを小椋は2位に1秒以上の差をつけ、ぶっちぎりでトップチェッカーを受けた。なんと、12台抜きという完全無欠にも程がある走りであった。完勝である。
「後ろからのスタートだったので、どうなるかわかりませんでしたが、自分の力を出し切って最高の形で終わることができました」
レース後、小椋はロケットスタートからのゴボウ抜きを決めたレース展開をこのように振り返った。
ちなみに06年に優勝した青山博一は現在、小椋が在籍するイデミツ・ホンダの監督。
「感慨深いですし、すごくうれしい。(今回の勝利で)終盤戦のいい流れにもつながる」
青山監督は喜びのコメントとともに、すでにチャンピオンシップ争いに照準を合わせていることも明かした。というのも、小椋はこれで今シーズン3勝目。ランキングは2位である(9月26日時点)。トップまでわずか2ポイント差に迫り、狙うは逆転チャンピオンしかない。
気になるのは、16年ぶりに日本人母国優勝の快挙を成し遂げた小椋藍選手の今後だろう。Moto2でタイトル獲得となれば、いや、たとえ王者にならなくとも実力的に見れば、いよいよ最高峰MotoGPクラスへのステップアップが妥当だ。
しかし、アオキは小椋のMoto2残留は濃厚とにらんでいる。関係者筋への取材で、「まだやるべきことがある」と本人の意思がすでに決まっているという情報を耳にしたからだ。
そんな若き侍ライダーの動向を世界中のバイクファンが見守っているが、当面の注目はやはりシーズンのタイトル争い。次戦のタイから、オーストラリア、マレーシア、そして最終戦バレンシアまで激熱のバトルが続くはず。小椋藍が王座奪取に向けてどう挑むのか? 見ものである。
■最高峰のMotoGPに挑んだ3人の侍ライダー
排気量1000㏄のマシンでバトルが繰り広げられる最高峰のMotoGPクラスは、6度の年間チャンピオンに輝いた絶対王者のマルク・マルケス(レプソル・ホンダ)が、前週の第15戦アラゴンでケガからの復帰を果たし、2019年の日本グランプリ以来、3年ぶりのポールポジションを獲得。
小椋に続き、ホンダが母国開催で大暴れすることを期待されたが、終わってみれば4位。とはいえ、復帰して2戦目で、24周の決勝レースを上位で走りきったのは上出来だ。今後、終盤戦での巻き返しを予感させた。
そして、日本人で唯一、最高峰のMotoGPクラスに参戦する中上貴晶(なかがみ・たかあき/LCRホンダ・イデミツ)は20位だった。
前週のアラゴンGPでのクラッシュにより負傷した右手薬指と小指が完治しておらず、「ブレーキングのパフォーマンスも悪かった」と、痛みを抱えながらのレースとなった。「地元ファンのために」と走り抜いた姿に、観客は温かい拍手を送っていたことを伝えておこう。
また、今年の鈴鹿8耐で優勝し、開催国のスポット参戦枠「ワイルドカード」で出場した長島哲太選手(HRC)は惜しくもリタイア。ホンダの開発テストライダーも務める長島はレース直前、アオキの直撃インタビューに対して「シングルフィニッシュを目指します」と意気込みを語ってくれたが、10周目のコーナーで転倒。
しかし、長島はレース後、「現場にいるからこそわかることがあった。マシンを開発していく上で、理解度が上がった」と前を向く言葉を口にした。
今季限りでMotoGPからの撤退が決まっているスズキは、ジョアン・ミルが負傷欠場。津田拓也選手が代役として出場したが、マシンが炎上するトラブルでリタイアを強いられた。
「走りきって、見てもらいたかった。完走できなかったのは残念」
津田はそう悔しさをあらわにした。アオキは決勝レース前、撤退を惜しむファンでにぎわうスズキのブースに足を運んだ。すると関係者が駆けつけ、「スズキ最後の日本グランプリです。応援してください」と涙をこらえながら強く手を握られた。そういうスズキの思いを背負って走ったからこそ、津田は真っすぐな言葉を口にしたのだ。
■欧州勢の強さはツノやハネ!?
MotoGPクラスの優勝はジャック・ミラー(ドゥカティ)。2位はブラッド・ビンダー(KTM)、3位にホルヘ・マルティン(ドゥカティ)と続き、上位を欧州メーカーが占めた。
この状況を1972年に創刊した老舗バイク専門誌『ヤングマシン』の松田大樹(ひろき)編集長は、フロントやテールに取りつけられた空力デバイスの威力があるのではないかと指摘する。
「フロントカウルの巨大なウイングはその象徴です。そのほか各部にも空力パーツが数多く装着されていますが、最新のトレンドはテールカウルのハネでしょうね」
今季第8戦イタリアでアプリリアがマシンのテールカウルにツノというかハネのようなウイングを備えて登場。ダウンフォースを生み出すF1のウイングやスポーツカーのスポイラーをほうふつとさせるものだが、バイクにもリアウイング(!)と、ファンの間に衝撃が走った。アプリリアは「ブレーキングからコーナー進入で車体を安定させる効果がある」と説明している。
「ただ、今回のレース直前、ジャック・ミラーへのインタビューでは『テールカウルのウイングの効果はない』と答えているんですよね」
そう話す松田編集長。だが、ジャック・ミラーは今回のレースでトップに立っており、「裏技的効果がひそかにあるのではないか?」と松田編集長とアオキはヒソヒソ話をしている。
最後に排気量250㏄の4ストローク単気筒マシンで、僅差のバトルを繰り広げるMoto3クラスにも触れたい。このクラスでも侍ライダーが躍動したからだ。佐々木歩夢(あゆむ/ハスクバーナ)が3位を飾り表彰台に立ったのだ。
また、予選が行なわれた9月24日に25歳の誕生日を迎えた鈴木竜生(たつき/ホンダ)はトップタイムをマークし、ポールポジションを獲得した。決勝はホールショットを奪って先行したものの、4番手を走行中の4周目に転倒。結果はともかく、確実に実力はつけてきている。
新型コロナウイルスの影響による中止を経て、3年ぶりの開催となったMotoGP日本グランプリ。予選日が悪天候だったにもかかわらず3日間で5万7482人(決勝日だけで3万2152人)の観客を動員した。今後もMotoGPと侍ライダーの動向に注目だ!
●青木タカオ(Takao AOKI)
モーターサイクルジャーナリスト。著書に『図解入門 よくわかる最新バイクの基本と仕組み』(秀和システム)など。『ウィズハーレー』(内外出版社)編集長。YouTubeチャンネル『バイクライター青木タカオ【~取材現場から】』
写真提供/ホンダ・レーシング(HRC) 本田技研工業 ホンダモーターサイクルジャパン スズキ二輪 Ducati Japan レッドブル・ジャパン