■「ライバル不在」から一転、戦国時代へ
今年6月、F1のモナコGP、アメリカのインディ500と共に「世界3大レース」と呼ばれるル・マン24時間レースで破竹の5連覇を達成し、名実ともに耐久レースの頂点に君臨するTOYOTA GAZOO Racing。だが、ル・マン24時間を含むWEC(FIA世界耐久選手権)で圧倒的な強さを見せるトヨタが背負うのが「ライバルの不在」という声だ。
強豪アウディとポルシェが、それぞれ2016年と17年にWECからの撤退を表明。それまでル・マン24時間などで競い合ったライバルが次々と去り、文字通りの"ひとり横綱状態"となったトヨタは、「勝って当たり前」という視線やプレッシャーの中で孤独な戦いを強いられてきた。
しかし、そんなWECが大きな転機を迎えつつある。来年で100周年の節目を迎えるル・マン24時間に向けて、プジョー、ポルシェ、フェラーリといった強豪、古豪に加え、キャデラックが参戦を表明。また、再来年にはBMWやランボルギーニ、アキュラ(ホンダ)なども参戦を予定しており、WECはこれまでとは一転、来シーズンから多くの自動車メーカーがしのぎを削る戦国時代へと突入するのだ。
チャレンジャーの「一番手」はプジョーだ。1992年、93年にはプジョー905で、2009年にはディーゼルエンジン搭載の908HDiでル・マン優勝3回を誇るフランスの名門が、トヨタと同じ「ル・マン・ハイパーカー」(LMH)規定のニューマシン「プジョー9X8」を引っ提げて、今年7月のWEC第4戦モンツァで約10年ぶりにWECにカムバック! 9月9日から11日に富士スピードウェイ(静岡県駿東郡小山町)で行なわれた第5戦「富士6時間耐久レース」では、リアウイング・レスの個性的なスタイリングのプジョー9X8が日本で初披露された。
■トヨタに真っ向勝負を挑むプジョー
プジョーはなぜWECへの復帰を決断したのか? 富士スピードウェイで、プジョーのモータースポーツ活動を統括する「プジョー・スポール」のディレクター、ジャン・マルク・フィノ氏を直撃した。
「それには3つの理由があります。ひとつ目は、プジョーのモータースポーツ活動の歴史です。プジョーは過去にル・マンで3勝を挙げるなど、スポーツカー耐久レースでの長い経験や実績があり、ル・マンへのカムバックはある意味、必然といえるでしょう。ふたつ目は、現在、WECの最上位のカテゴリーである『ハイパーカークラス』の規定です。
環境技術への対応が重要さを増している今、ハイブリッドシステムやバッテリーの技術に関して独自の開発が可能な現行の『LMH規定』は、技術パートナーのトタル・エナジー社と研究開発を進めたいプジョーにとって非常に魅力的でした。
また、マシンのスタイリングやデザインで、市販車とのつながりをアピールすることもマーケティング的には重要で、その意味でも、より車体設計の自由度が高いLMHが最適だと判断しました」
WECの新規定では、最上位のハイパーカークラスの中に、前述のフィノ氏の発言にも出てきた開発面で自由度のあるLMH規定と、エンジン以外のハイブリッドシステムやバッテリーが共通で、車体の基本骨格も市販シャシー(オレカ、ダッラーラ、リジェ、マルチマチックの4社が供給)の使用が義務付けられた「LMDh(ル・マン・デイトナ・h)規定」の2種類が用意されている。
来年以降、参戦を予定しているポルシェやキャデラック、BMW、アキュラなどは、開発コストが安いLMDh規定を選択するという。一方、来年から50年ぶりにワークス体制で復帰するフェラーリは、トヨタやプジョーと同じくLMHでの参戦を予定していて、LMDh勢との間でどんな戦いを見せてくれるのかにも注目だ。
■問われるのは「人の力」
ライバル不在から一転、王者トヨタは次々と挑戦者が名乗りを上げている状況をどう見ているのか?
昨シーズンでレーシングドライバーを引退し、TOYOTA GAZOO Racingの副会長に就任した中嶋一貴氏は、「楽しみ半分、プレッシャー半分ですけど、どちらかといえば楽しみのほうが大きいですね」と語る。
「僕自身もひとりのレースファンですから、たくさんの自動車メーカーがコース上でしのぎを削るレースに魅力を感じますし、それによって、より多くの人がWECやル・マンのような耐久レースに興味を持ってほしいと考えています。
その上で、トヨタはここ数年、『ライバル不在』とか『勝って当たり前』と言われながらも、自分たちとしては常に進化し続けていて、いろいろな努力や改善を積み重ねてきたという自負があります。
もちろん、傍から見て『トヨタがぶっちぎってばかりでつまらない......』と、感じていた人はいたかもしれないけれど、今年のル・マンでもトヨタの2台は16時間目まで僅差で競り合っていたように、将来ライバルが戻ってくることを意識しながら、チーム内の2台が常に緊張感のある戦いをしてきました。
ですから、来年から多くのライバルが戻ってくることは、むしろライバル不在と言われ続けたこの5年の間に、自分たちが地道に積み重ねてきた成果を発揮するチャンスだと思っています。
プジョー、ポルシェ、フェラーリ、キャデラック......はいずれも手強いライバルだと思いますが、自分たちがやらなきゃいけないことは変わらないと思っています。今のハイパーカー規定では、各車の性能を一定の幅に納めるための『BOP』(バランス・オブ・パワー/性能調整)という制度もあるので、クルマの性能で大きな差をつけるのは難しい。そうなると、問われるのは『人の力』です。
ドライバーはもちろん、エンジニアやメカニックなど、チーム全体がいかにミスなく、状況に応じて適切な判断をできるか、という部分が勝負の鍵になるわけで、それはまさに、レースを通じて『人を育てる』というTOYOTA GAZOO Racingがこれまでもずっと磨き、追い求めてきたテーマとも重なるんだと思います」(中嶋氏)
■3年ぶりのWECはトヨタが圧勝!
今季からドライバー兼任でチーム代表を務める小林可夢偉選手も、二足のわらじは「メチャクチャ大変ですよ!」と笑いながら、「ドライバーとしての走りは全然遅くなってないので、俺、才能あるなあと(笑)。それにチーム代表として人を鍛え、チームをさらに良くしてゆく自分なりのアイディアもあるので、来年に向けてひとつひとつ実現していきたい」と来シーズンに向けた意気込みを語ってくれた。
新型コロナで、3年ぶりの開催となった今年の富士6時間耐久レースでは、トヨタ勢の2台が圧倒的な強さを見せ、今年のル・マン24時間も制した8号車のセバスチャン・ブエミ、ブレンドン・ハートレー、平川亮組が優勝。
予選でポールポジションを獲得しながら、決勝ではブレーキバランスの問題を抱えて苦戦した7号車のマイク・コンウェイ、小林可夢偉、ホセ・マリア・ロペス組が2位に入り、トヨタは日本のファンの前でワンツー・フィニッシュを達成し、7号車は最終戦のバーレーンに向けチャンピオン争いに王手をかけた。
今回がWEC復帰2戦目となるプジョーは、レース序盤はまずまずの速さを見せたものの、オイル漏れなどのマイナートラブルに見舞われ、93号車がトップから7周遅れの4位でフィニッシュ。
94号車はレース終盤に技術違反のペナルティを受けて20位という結果だったが、深刻なトラブルに見舞われた復帰デビュー戦のモンツァに比べれば、マシンの信頼性は大きく向上しており、フル参戦となる来季に向けて、一歩ずつ経験を積み重ねている段階といえる。
プジョー、ポルシェ、フェラーリ、キャデラック......と、来季からトヨタのライバルが次々と参戦し、一気に戦国時代に突入するWECとル・マンの新しい時代の幕開けに、今からワクワクが止まらない。